親愛なる我が黎明へ 其の二十八
一人では、孤独ではどうしようもないほどに寂しいから。
だから彼女達は決して裏切らぬ友を生み出すのだ。
だが。
◇
ヨゾラの従える蛇「ウワバミ」は、蛇であって蛇ではない。
彼女の体内で生成される毒素を蛇の形として行使する……実体と定型を持たぬ毒の塊にして彼女自身の体内に巣食うもの。
孤独の中にこそ求道を見出したヨゾラは、自分と共にいる存在を……ねじれた感情を慰める者を重要視していなかった。
故に、体内から傷口へと這う意思持つ毒に名をつけたのだ。
そして本来は傷口を塞ぐ程度の気休めでしかなかったそれは、あのゴルドゥニーネに敗れその戦列に並ばされたことによって意図せぬシナジーを生み出した。
毒の身に刻まれた傷を、毒が埋める。不足を過不足無く埋めるならば、即ちプラスマイナスゼロ。
今のヨゾラは如何なるダメージに対しても完全なる回復を可能としている。
「こんなにダメージ通らないものなの……!?他の個体も……!?」
そんな事は知る由もない京極。
彼女の目から見たヨゾラは、斬っても斬ってもダメージを回復する恐るべき敵であった。
対プレイヤーであったならば、二人分は……あるいは対サンラクであったならば五人分は仕留められただろう斬撃が、壁のヒビを漆喰で埋めるかのように塞がれていく。
これがサンドバッグであるならば幾度となく斬りかかってもいいだろう。だがヨゾラはエネミーであり、攻撃を受ければ当然反撃をする。そしてその反撃は一撃で京極のHPを全損させうるだけの殺傷力をデフォルトで備えている。
更に彼女の知り得ない事実がもう一つある。
ヨゾラは自らが刀を振るい、死するその日まで生き延び続けた強者である。そんな彼女のステータスは、プレイヤーで言えばサイガ-0のような「被弾覚悟でダメージを稼ぐ前衛アタッカー」であり……即ち、そもそもの生命力が長い、ということである。
「どうした? イキギれか?」
「余計なお世話様、だ……っ!」
重厚な基礎スペック、ダメージを帳消しにする勢いの回復力、そしてそこに加算される剣豪の挙動。
端的に言えば、断じて一人で挑む相手ではない……毒分身の中でもとびっきりのジョーカー、それが「ヨゾラ」という個体だった。
斬馬刀の如き大きさの刀が振り回され、京極は身を屈めてそれを回避。さらに枝でも振り回すかのように戻ってきた返しの刃をジャンプで避ける。
だが枝を振り回すかのような……手首のスナップだけで振り回される黒い刃の乱舞は、近づくことはおろか弾くことすら難しい。
だがそんな絶望の中で、京極は僅かな勝機を見出していた。
(……多分、通る。これはあくまでも対モンスター……なら、通るはずだ)
フルダイブVRで「息が切れる」ということは本来起こり得ない。
だが、精神的な疲労は如何ともし難く……京極は熱の籠った息を荒く吐き出した。
(確かに強い、というか強すぎる。普通に斬馬刀振り回すお祖父様とか冗談にしてもきっつい………けど、どれだけ見た目が女の子だとしても、彼女はNPCで……モンスターだ。なら、通る……っ!!)
京極は刀を正眼で構え直しながら、ヨゾラの……その細い首を真っ直ぐに見据える。
(破壊属性。モンスター相手だとある程度の蓄積が必要だけど、通らないはずはない……そして、シャンフロは原則的に首を落とせば体力に関係なく即死する!!)
確かにヨゾラの体力は驚異的であり、その回復力はさらに驚異だ。
だが、ダメージそのものは確かに発生している。であるならば……
(破壊属性で首を脆くした上で、再生する前に斬り落とす……!!)
京極がこれまでの戦闘から立てた予想は「このゴルドゥニーネは厳密には生物ではない」というものだった。
その意思の所在や魂の有無といった話ではなく……単純に肉体を構築する物質がタンパク質ではない、という話でもなく……おそらく彼女達を分類するならばそのカテゴリにいるのは。
(スライムか、ゴーレム……!!)
肉体を単一の物質で構成する非生物型モンスター。
故にその肉体をオブジェクトとして見た場合、人体として見るべきではなく……人体「のような」一塊の毒と見るべきなのだ。
だから斬っても血が出ない、明らかに骨まで断ったはずなのに問題なく即時再生する。人体「のような」肉体だからこそ、人間離れした挙動もできる。
物理法則を無視した挙動に悲鳴を上げるのは人体という骨と血管、筋肉に腱。パズルのようなパーツの集合体を皮で包んだ物体だからこそであり、それが一塊の毒であるならば……それは生物ではなく、物体として見るべきなのだ。
そして破壊属性。
文字通り、ダメージエフェクトではなく損傷、破損、欠損というウィークポイントを生み出す……使うだけでカルマの増す稀有なる属性は、単一の物質に対しては極めて高い作用を引き起こす。
(意図してなかったけど、破壊属性を使わずにいたのは大きい……!!)
破壊属性は分類としては蓄積系の状態異常、すなわち麻痺や毒と同じカテゴリに分類される。
レベル100以下のモンスターならばともかく、それ以上のモンスターであれば同一の対象に何度も発揮するものではない……まして、それが遙か格上のモンスターであれば尚更に。
(二撃、二撃だ。破壊属性だけで首が断てるとは考えない……壊して、斬って、それで首を落とす!!)
もしそれでまだ動くようならば、もう逃げるしかないだろう。
「考えるのは終わりだ」
「そうか」
誰に向けたわけでもない、単なる独り言に律儀に返事をするヨゾラに……己を呼ぶ単語で始まらなければ、自分に向けられた言葉だったとしても無反応を貫き通していた祖父とは違うな、とどこかおかしさを感じながらも。
祖父の影を幻視させる、ヨゾラへと切先を向けて京極は起死回生を狙う………………その時だった。
「うん?」
ふと、記憶の中からポロリと。
こぼれ落ちるように、過去がフラッシュバックした。
なんて事のない、だからこそ宝石のように大切な祖父との日常。
なぜ今思い出したのだろうか。ヨゾラの振る舞いに記憶が揺さぶられたと言えばそこまでだが、京極は何故か「違う」と根拠のない確信を抱いていた。
そう、あれは、確か………祖父が亡くなる、本当に少し前。
ヨゾラのメイン戦法は「肉を斬らせても骨まで届かなければセーフ」「なんなら骨が”折れる”ならセーフ、砕けなければいい」でひたすら突っ込んで斬るノーガードアタッカー戦法。
思考に備わった達人の見切りを許容できるダメージの判断に使っている。京極の攻撃を避けないのはつまりそういうこと。粉砕骨折だとウワバミが這うのに時間がかかるため、避けるのが難しい斬撃は避けない傾向にある。




