親愛なる我が黎明へ 其の二十六
龍宮院流においては万全の対応をするための足運びを「引き波の型」と呼び、またその逆として一気呵成に攻め込む足運びを「打ち波の型」と呼ぶ。
津波の如くは不要、ただ穏やかな波のように静かに真っ直ぐに……そして海の揺らぎを誰も止めることができないように、前へと踏み込むのだ。
「さぁ、寄せては返すだよ!」
攻めの打ち波、守りの引き波。
同門の剣士が相対すれば自然とそうなる様を喩えた、龍宮院流を修めている者にしか通じない冗句と共に、京極が一気に前へと出る。
隙の大きい大振りではなく、刃を構えたまま突進して押しつけるようなコンパクトな攻め。
対するヨゾラは後退の構えを取りつつも、後ろに下げた足を支えに刃で京極と鍔迫り合う。
「どうも、ワタシをよくシっているようだが……どこかでアったか?」
「いいや? 僕と君は同じ道の……同じ門にいただけ。それだけ……さっ!」
「ナルホド?なにもワからないなっ!」
ヨゾラからすれば、我流の剣術に知らぬ因縁をふっかけられている状況だが……京極にそれを指摘するつもりはない。
用があるのはヨゾラの"影"であり、なによりもヨゾラ自身がユニークモンスターに挑む前座でしかないのだから。
(それに……)
なにかこう、気に食わないのだ。
ヨゾラというキャラクターに対して……祖父のデータが使われている、という点とは別枠でなにかモヤモヤとした苛つきのような感情を抱いているのだ。
退かぬ攻めと退かぬ守りの鍔迫り合いが十秒ほど続いたところで、京極の側から自らを弾くように距離を取る。
(膂力勝負はあんまり得策ではない、かな)
鍔迫り合いの最中、京極はヨゾラの語気が強まると同時に向こうからの押し込む力が明確に上がったのを刃から伝わる圧で読み取っていた。
「ゴルドゥニーネ」がその見た目通りに非力であるとは限らないことを京極は承知している。
モンスターにもレベルがあり、ステータスがある……そしてモンスターの1レベルとプレイヤーの1レベルは厳密には同じではないことも。
(近距離剣士の時点で怪力は覚悟してたとはいえ……下手に打ち合ったら刀ごとへし折られそうだ)
京極のステータス振りはその戦法からも分かる通り、力ではなく技に重きを置いたものだ。
堅牢な防御を捨てている、という意味ではサンラクに近く、機動力に秀でた魔法戦士という意味では秋津茜に近い。
だが京極独自の強みはやはり、対人戦……というよりも「2メートル以下の敵との戦闘」に特化したビルドであることだ。
「では、コンドはワタシからフみコませてもらおうか……!」
動かぬ京極を「攻めあぐねている」と判断したのか、三度目の相対はヨゾラが先手を取った。
黒曜石の如き刀身が怪しく輝き、大上段からの振り下ろしが京極の脳天を狙う。
サンラク三人分のHPを削り切る威力を秘めた斬撃に対し、京極は……軽く、羽虫でも払うかのように頭上へと至る軌道の直前へと刀を斬り上げた。
「ほうっ!」
たったそれだけで、人体を容易く両断せしめる刃が弾き飛ばされた。そのあまりにも異常な光景に、ヨゾラが驚愕の声を漏らす。
無論、京極の膂力が脅威的な覚醒によってヨゾラのそれを上回ったわけではない。
スキル「秘技要決」。
パリィスキルを磨き続けた京極が見出したスキルであり、サンラクの持つ「永劫の眼」がパリィの成功率を極限まで高めるために使い手の見る時間すらをも捻じ曲げるスキルであるとするならば、こちらは京極の戦いの歴史の中で「過去最高の一瞬を再現する」スキルである。
秘技要決を使っていない時に成功したパリィを、このスキルを発動することで完全再現する。
このスキルの最大の特徴は秘技要決さえ使っていなければ、他のスキルを使っていたとしても補正効果ごと「再現」に含まれる点だ。
すなわち、本来は五つのスキルを使わなければ再現できないパフォーマンスであっても、秘技要決のスキルひとつで再現することができる。
スキルの回転率に常に気を払わなければならないシャンフロにおいてその利点は言うまでもないだろう。
(とはいえ、リキャストタイムが長すぎるから二回目はこの戦闘中だと難しいかな……)
対モンスターであるならば、戦闘時間が一時間や二時間……場合によっては一晩かかることも、そう珍しくはない。
気疲れこそするが、フルダイブVRは夢を見ているようなもの。現実と比べればプレイヤーの継戦可能時間はかなり長い。
が、対人戦となるとまた話が変わる。
体躯に比例した生命力を持つモンスターと異なり、人間のHPは重点的に伸ばしでもしない限りはたかが知れた数値となる。
例えばサイガ-0の「最大火力」。
防御をせずにあの極大の絶技を受けたとしても、生命力のみで耐え切るモンスターは存在するだろう。
だが人間であるならば、防御の備えも無しにあれを受ければ「最大防御」の称号を持つ者であってもHPは全損し、消し飛ぶことになる。
尤も、「防ぐ」選択肢を解禁されたのならば「最大火力」の渾身の技ですら己の背後ごと守り切るが故の「最大防御」なのだが。
どれほど生命力を伸ばし続けても、プレイヤー……人類種の生命には種族としての限界がある。
そしてその「人類種範疇」にはゴルドゥニーネも含まれることを京極は知っていた。
が、懸念もある。
(僕の知るゴルドゥニーネは大半が非戦闘タイプ……というかゴルドゥニーネ自身が前に出て戦うのは相当に稀なんだろうね)
故に、眼前の個体……明らかに前衛剣士といったヨゾラのHPが一体いかほどのものなのか。
斬れば知れる、だが斬るためにそれを知りたいのだからジレンマというものだろう。
そこで、ふと京極は二つの気づきを得た。
一つは思考から気づきを得たもので、もう一つは……先程からずっと抱いていた感情から気づいたもの。
「…………ふふふ」
人ならざる妖魔の類と相対し、人の技をもって克ち勝たんとする。
冒険活劇のような、伝奇小説のような……そういえば、祖父の密かな趣味はそんな題材のレトロな映画を見ることだったなとふと思い出したのだ。
祖父がもう少し長く生きていたら、あるいは彼もまたシャンフロをしていたのだろうか?
今となっては分からない、だが京極が祖父の密かな楽しみの中に立っていることはまごうことなき事実なのだと……ふと、そう思ったのだ。
そしてもう一つ。
「やっと分かったよ……」
「ナニが、とキいておこうか」
ヨゾラに対して、ずっと抱いていた既視感。
何故か見ているだけでムカつきが己の心から湧いてくるその源泉。
なんてことはない、その正体は「見ているから」ではなく「聞いているから」湧き出ていた。
「従姉妹に似てるんだ、君」
「………?」
かつてみっともない敗北を喫する原因となった、遠縁の従姉妹。
強き剣士であり、この場所において剣聖である彼女とヨゾラは……どこか似ているのだ。
だからこんなむかっ腹が立つのかぁ……と、うんうんと頷く京極は改めて刀を握り直す。
より強く、より固く。
「斬り捨て御免、と言っておくよ」
叩き斬ってやる、と京極は強く意志を固めた。
似てるのは本当に偶然。
シャンフロにおいて特定プレイヤーのデータがモンスターに反映されていること自体はあるが、ヨゾラはユニークシナリオEXにおけるネームドのキャラクターなのでサービス開始「後」のデータは使わずに構築されている。
が、「剣聖」の動きの根底に龍宮院流の血脈があり、ヨゾラのデータにその極地が組み込まれているからこそ、口調が奇妙な一致を見せたことで京極からすると物凄く見覚え、聞き覚えのある感じになった。
一体それが誰で京極はどのように負けるのか?
私は知りませんが皆さん、コミカライズの方を読まれにいかれますね……?




