曇天の夜空:灼熱の死闘
◆
戦闘開始から……多分、五時間。いや、もしかしたら六時間。未だ決着はついていない。
「だぁぁぁぁっ!! 現状カンストステータスで殴っていつまで生きてんだクソがァ!!」
"緋色の傷"はとにもかくにもタフだった、スタミナ的な意味でもVIT的な意味でもだ。もう何本も破損寸前まで行った武器がインベントリアの中にはあり、今はひたすらに泥試合を続けている状況だ。
「ふっ!!」
振り下ろした傑剣への憧焉終刃が奴の鱗を何枚か削るが、次の攻撃を繰り出す前に離脱。直後、爆発的に膨れ上がった筋肉による身震いが俺のいた場所へと襲いかかる。
何時間も戦っていれば……あるいは、既に何十何百という挑戦者に勝ち続けていれば爬虫類用AIでも対人間の戦法を学習するってか。なるほど確かにシンプル極まりない体格差の押し付けこそが人間にとっては笑える程に有効だ。
「くっ」
"緋色の傷"の中央ヘッドが粘液塊を自身の足元に吐き出した。外した? いいや違う、あの「極悪戦法」……回避っ!!
"緋色の傷"の筋肉が盛り上がり、全身を軋ませるようなその場での一回転。地を抉るように回る尻尾がベチャッとしながらも1メートル近く積み上がっている粘液塊を尻尾で吹き飛ばすことで粘液が飛び跳ねる……!!
ガヂン!!
「だぁぁぁぁっ!!」
これだ、"緋色の傷"が貪る大赤依の時には使っていなかったナパームのぶっ飛ばし着火。飛び散る粘液が連鎖的に消えない炎として襲いかかるクソ極悪戦法だ。
着火された粘液が炎へと変換され、生み出された炎が付近の粘液をさらに燃やすことでナパームの「散弾」が周囲に撒き散らされる。俺が一番苦手な面制圧の全体攻撃。これをされると俺は思考加速の手札を強制的に切らされる。
思考だけが加速した世界に身体を追いつかせるための黒い雷電は失われた、兇嵐帝痕・極でいけるか!? ぶっつけ本番!!
このじゃじゃ馬竜巻回転装置は効果は同じでも加速が二種類ある。
踏み出した足に対応した円周軌道の加速というなかなか類を見ない加速方法は、自身の身体が一回転する前に逆の足を踏み出すスカートのような加速と逆に回転する事を主軸とした加速の二種類だ。
少なくともスキル「永劫の眼」の効果で判断ミスで誤爆する可能性は低いが、スローモーションでも人間が歩く速度程度の速さで迫るナパーム散弾の回避を悠長に考える暇は無い。
「ぐ、ぉぉおお! 肩燃えたぁ!!」
だがそれだけだ、回復ポーションを肩に叩きつけて砕く。
ガラス片が刺さる痛みはまるで足ツボマッサージの痛みを二割くらいにして肩に移したような感じだ、これはこれで違和感というかなんとも言えない気持ち悪さがあるものの、感傷は数秒前に置き去りにされた。
ギャリギャリと地面を削りながら殆どうつ伏せに近い姿勢から加速回転を利用したブレイクダンスの要領で立ち上がる。
「っ!!」
エアリアルPDを構えて発砲。しかし野性の勘なのか偶然か、"緋色の傷"は肉体で最も硬い部分……即ち頭蓋を有する頭部で弾丸を受け止め弾く。
「…………」
「ガロロロロロロロロ……」
千日手、とまではいかないがひたすらに泥試合だ。
俺は未だ三桁近くある回復アイテムによる回復連打で死なないし、向こうは俺の攻撃全てをカスダメと断じるだけのタフネスを備えている。
だが、
「へっ………兄弟、息が荒いぜ?」
ここは新大陸東方の樹海ではあるが同時に北の凍土に近い樹海北部。プレイヤーはちょっとクーラー効きすぎてない? 程度の認識だが世界観としては息が白くなる程度には寒いようで。
"緋色の傷".の顔が隠れんばかりに吐き出される白い呼気は、体力ではなく体力の消耗を如実に表していた。
「何時間戦い通しだ? ハイロウはあってもオンオフは無かったもんなぁ……その巨体を維持するのに何万カロリー必要なんだ?」
悪いな、こちとら夜通しの戦闘ならお手の物なんだ。水晶群蠍であればそこら中に餌があるから問題ない、シグモニアのビッグモンスター共はそもそも食事の必要があるのかすら怪しい(口まで戦闘特化してるからなあいつら)。
ではお前はどうだドラクラス・ディノサーベラス"緋色の傷"? その巨体は低燃費か? 一時間林檎何個でフルパワーを出せる?
「絶食! 絶命! 絶滅しやがれ突然変異!!」
その時だった。
◇
───シンプルに嫌がらせだった。
そのプレイヤーは息を潜めて覗き見ていた視線の先にいる覆面のプレイヤーと面識はない。
そのプレイヤーは息を潜めて覗き見ていた視線の先にいる恐るべき緋色の三頭竜との因縁はない。
ただ、聞いていた話とは違って魚の頭をしたプレイヤーが何者であるかは知っていたし、その上で彼は助勢ではなく妨害を選んだ。
「へっ……こういう「偶然」もあり得ますよねってね」
別に恨みがあるわけではない。ただ、彼自身私事で嫌なことがあったからその憂さ晴らしのターゲットにしただけ。
新大陸の攻略に乗り出したプレイヤーなら知らない者の方が少ない緋色のレアエネミー。それをたった一人で撃破しようとしているプレイヤーに「なんでもかんでも一人でできると思ったら大間違いだ」と現実を突きつけたい……そんな身勝手で、そしてゲームだからこそ許される無責任で無遠慮な嫌がらせ。
とはいえ無責任で無遠慮であるからこそ、我が身可愛さにペナルティがつくプレイヤーキルに手を染めることはない。
自分の経歴に傷がつかず、しかして嫌がらせとしてはある種プレイヤーキル以上に悪質な無作法。
「ああっ! ごーめーーーん!!」
彼の行った事は至極シンプル。周囲にいたモンスターのヘイトを集め、別のプレイヤーに押し付ける……即ち、さながら車両が連結しているようにモンスターを引き連れていく電車と呼ばれる行為だ。
ただでさえギリギリな戦局に多数のモンスターを持ち込めばどんなプレイヤーとてひとたまりもない。
ざまぁみろ、こっちは好きだった会社の後輩が控えめに言って死んで欲しい年下の上司に告白していたのを目撃してイライラしているのだ。何でもかんでも思い通りに行くと思ったら大間違いだ………
彼は気づかなかった。
この場で戦っていた一人と一体は体格も身体構造も種族も……そしてリアルとゲームという点でも全く異なる存在同士でありながら、共通の不満を抱いていたという事を。
即ち……どちらとも、酷く飢えていた。
それを己が腹を貫く横槍か?
肉と野菜がたらふく刺さったバーベキューの鉄串じゃないかな




