斜陽 其の八
───私が私で有る限り、私は私でしかないという諦観。
私のような私は、この美しい世界から悉く死に去らねばならない。私は水面に映る私にそう誓った。
◇
最上位職業「隠の大地」。
レンジャーから派生する自然環境における潜伏、奇襲に特化した職業である。
固有スキルとして「大地讃頌」を備え、使用することで戦闘中の地形に応じた強化効果を得ることができる……が、この職業の本命は就職する事で多様なステルススキル、及び魔法を習得できる点にこそある。
その中の一つがスキル「ステルスアサルト」、戦闘開始時から最初の一回目の攻撃はあらゆるヘイトを受け付けない。シャングリラ・フロンティアにおいてモンスターからの注目を意味する「ヘイト」は、厳密にはプレイヤーにもある種の気配として認識される。
それを受け付けない、ということは視界に入らない限りは絶対に気付かれないということだ。
だが、逆に言えば視界に入ってしまえばプレイヤーには認識される。
そこで彼女が持つ不世出の奥義「隠閉巧索」である。
エクゾーディナリー・モンスター「ステルテラー・カメレオン"隠蔽工作"」の撃破で獲得可能なスキル、「隠閉巧索」は発動してから一度目の攻撃を命中させるまでプレイヤーの姿を物理的に透明化させる。
気配を消し、姿を消す。これこそがプレイヤーキラー「ヒイラギ」を無敗のPKerたらしめる初見殺しコンボである。
新大陸大樹海、正式名称「ペンヘドラント大樹海地帯」は単なる樹海ではない。この樹海には大樹の根本から地下の小空洞に行くことができる穴が各所に点在する。
王我星を唆してあらかじめ指定したこの場所には、ヒイラギだけが知っている隠しエリアがある。
そこにゴルドゥニーネ「イスナ」と共に潜伏していたヒイラギは、ユニークモンスター「無尽のゴルドゥニーネ」の乱入という想定外の事態に陥りつつも、穴の入り口からイスナに狙撃させるなどのちょっかいをかけつつ、ついに行動を開始した。
スキルによって完全なステルスを実現し、サンラクを後ろから急襲する。普段は奇襲を仕掛けてから即座に次の行動へと移るのがいつもの手口であった。
だが今回はボス戦の最中に行うプレイヤーキルだ、無尽のゴルドゥニーネに襲われる前にサンラクが落とすアイテムを回収しなければならない。
幸い、サンラクというプレイヤーは何をとち狂ったか半裸に覆面しか装備していない正気を疑う変態野郎だ。首にクリティカルを入れてやれば即座に死ぬだろう。
「ふふふふふ……」
通報しないでやる自分はなんて優しいのだろう、とサンラクの首に叩き込んだ手斧を引き抜いたヒイラギは……
「誰だてめー」
一切の躊躇いなく腹に叩き込まれた鉄拳によって勢いよく吹き飛ばされた。
「うぎっ………げほっ!」
「なんなんだ? 今のは……てめー、プレイヤーキラーか?」
(なんで、生き……幸運!?)
ステータスに存在する幸運パラメータは一定数値を超えるとパッシブで発動する恩恵がある。
例えば自傷ダメージでの死亡防止、そして死亡するダメージを受けた際に確定でHP1で持ち堪える食いしばり効果である。
「外から入ってきた……? いや違うな、てめー……ずっと潜伏、して……やがった、な?」
「ひっ」
ふざけた鳥の覆面の下から、ギラギラとした眼差しがヒイラギに突き刺さる。尋常な目ではない、ヒイラギはこのプレイヤーが頭のおかしいやつだと判断した。
(殺しきれなかった! 死にきれなかった! イ、イスナちゃんは何してるの!? また芋ってるの!? もぉーっ! 役立たず! 役立たず! 芋頭!)
どうして自分が追い詰められなければならないのか。
それはヒイラギが背後から不意打ちで首に手斧を叩き込んだからに他ならないのだが、ヒイラギの人生哲学においてはヒイラギの行動は全てが「善」として肯定されるべきものであり、否定するすべては「悪」である。
怒っているわけでも錯乱しているわけでもない、ただ真っ直ぐにヒイラギを見つめている眼差しはヒイラギの全てを否定している。
「誰だか知らんがとりあえず殺す」
「ひぃ……! 最低! 鬼! 悪魔! ゲームだからって最低限のモラルもないの!?」
「………、………? …………???」
その瞬間、サンラクの動きが止まった。
それはあの頃に近いメンタリティになっていたサンラクをして「えっ、この人どの口で今のセリフ言ったの?」というあまりに常識的な疑問に自分なりの解決を見出せなかったからである。
あるいは、本当にあの頃であったのならば人の命乞いなど豚の鳴き声と同義、と止まることはなかったかもしれない。だが陽務楽郎はあの頃から成長し、大人に近づいた。そして分別をより強固なものとし……孤島で生き延びるには、あまりにも錆び付いていた。
だからこそ、
「命乞イは無くテいいノネ?」
「ご、ぁ………っ!?」
既に射程距離まで近づいていた無尽のゴルドゥニーネが放った毒の剣がサンラクの胴を貫いていた。
「クソ…………」
奇跡は二度起きない。もしそれを起こせる者がいたとしたらそれは「勇者」しかいない。
今度こそ砕け散ったサンラクの姿を見て安堵しつつ……ヒイラギは既に自分が絶対の安全からはかけ離れた状況にあることを思い出す。
「…………?」
「あ、あのぉ……わ、私は何もしないしすぐ帰るから………ね?」
「駄ぁー目、ネ?」
何か言うよりも先に、ヒイラギの顔面に毒の爆弾が叩きつけられた。
───そうして、プレイヤーは皆殺しにされた。
「私に逃げラれちゃったワネ? ふふフ……嗚呼、不愉快だワ」
……
…………
………………
……………………
無尽のゴルドゥニーネが去り、未だ獣達は無尽の蛇による暴虐に怯え近づかない場所がある。
木々は無惨に薙ぎ倒され、大地は度重なる毒の炸裂によって汚染されている。そんな中……半ばからへし折れた白い大樹の根本から、二つの影が這い出した。
「ふ、ふふふふ……あははははっ! だーいせーいこー!! やったね! ね! イスナちゃあん!!」
「そウネ」
「あははは、イスナちゃんは無駄に怖がってたけど無尽のゴルドゥニーネも……大したことない、ね?」
這い出した二つの影、一人は死んだはずのヒイラギ。そしてもう一人は姿を消す白い蛇の目を狙撃したゴルドゥニーネ「イスナ」だ。
「もぉ、あの変態鳥頭に【笑えるような死を!】を不発された時はどうなるかと思ったけどぉ……結果オーライだねっ! ねっ!」
ヒイラギは「隠の大地」のジョブに就いているが、それはあくまでもサブジョブである。
彼女のメインジョブは………「殺戮の鬼札」。上位職業「暗殺者」から一定以上のカルマ値とレッドネーム中に十人以上のプレイヤーをキルする事を条件に派生する隠し職業である。
その最大の特徴は固有魔法【笑えるような死を!】。効果適用中に限り、プレイヤーによってHPをゼロにされた場合、直前にセーブしたセーブポイントに体力が半分の状態で復活する、というものだ。
スキルが適用される時間が十秒と極めて短いものの……シャングリラ・フロンティアで唯一、プレイヤーにキルされるペナルティを回避できる手段である。
尤も、今回はその効果が発動される事なく不発という形で終わったものの、モンスターである無尽のゴルドゥニーネにキルされた事でヒイラギはプレイヤーキラー・キルされる事なく小空洞のテントからリスポーンしたのであった。
「あはははっ! PKはできなかったけどアイテム回収〜♪」
インベントリの中身をぶちまけられなかったのは残念だが、何故かサンラクが装備していた武器ならともかく落ちないはずの防具、アクセサリーはその場に落ちている。
「あれぇ? なんでだろう……ま、いいやっ。ラッキー!」
ホクホク顔で琥珀が埋め込まれた手袋や、鈍く黒く輝く巨大な籠手を回収してホクホクとしていたヒイラギは……ぺしゃりと中身が空洞ゆえに萎んで落ちているハシビロコウの覆面を見つける。
しばらくそれを見つめていたヒイラギだったが……
「気持ち悪っ」
例えゲームだとしても変態が被っていた覆面など金を貰っても欲しくなんてない。
落ちた覆面を拾い上げる事なく踏み躙り、ヒイラギはイスナと共に楽しくて仕方がないと言わんばかりの軽い足取りでその場を去っていった……
そして太陽は沈み、夜が来る。
夜は長い、それでも───
ちなみにキリングジョーカーは二種類ある「ジョーカー」ジョブの片割れ。
もう片方は「怪盗」ジョブから派生する「華麗なる鬼札」




