斜陽 其の七
───私の亡骸を辿り、穴を辿り、私は初めて空を見た。嗚呼なんて美しいのだろうか……それに比べて、私はなんて醜いのだろう。
飛び散った苦しみの感情、私より先に何人逃げた? 八、それとも九人? 私の中に残ったのは嫌悪と絶望、そして…………
◇
最善とは、当然ながら主の無事に他ならない。自分がその役目を全うできない以上、他の誰かにそれを託すしかない。
ではその役目を任せられるのは誰か…………きっとそれは、主の世界を広げてくれた者達しかいない。
白蛇のAIはモンスター用のものであり……同時に何割かNPCとしてのものが適用されている。人間NPC程の真に迫った感情表現や演算能力こそ備えないが、簡単な損得計算や脅威の認識程度ならば可能だ。
「ちょっ、サミーちゃんさん!? 何を……ちょっ、出せって!!」
白蛇は知っている。
この人間は確かに頼りになるが、すぐに死ぬと。
白蛇は知っている。
この人間に付き従う人のような石のような者こそが、主を生き延びさせるにふさわしいのだと。
白蛇は知っている。
この人間が死ぬと、あの石のような人間? も消えてしまうのだと。
「ていうかなんでここに………いや待て、ウィンプは? 口の中に俺しかいないってことはウィンプはどこかに置き去りということで…………」
ではどうすればいいのか。何をすればいいのか。何を成し遂げればいいのか。
「ああもうそういうことかよマジかよクソかよ!! 聞こえるかサイナ!! 想定外だ、ウィンプが離脱に失敗した!! インベントリア内の何使ってもいいからどっかに置いてきぼり食らってるウィンプも担いで離脱しろ!!!!」
───正解。
口の中で叫ぶ人間が己の望む「最善」に辿り着いたことに喜びを感じながら、白蛇はがむしゃらに突き進む。
「───何ヲ、するツもりかしラ?」
白蛇の尾に何かが食らいついた。力任せに振り払えば何かと一緒に尻尾の感覚も飛び散った。
生かさねばならない、この人間を生かせばそれだけ主が助かる。あの石のような人間が主を連れて人間達のいる場所までたどり着けるように。あの石のような人間が消えて、主がひとりぼっちになってしまわないように。
血を嗅ぎつけて主に似た主ではない姿をした毒が透明になった己の鱗へと食らいつく。振り払う度に肉が削げ、痛みが熱を奪っていく。だがそれでも、それでも前へと進む。木々を避け、少しでも長く口の中の人間を生き延びさせるために───!!
◇◇
「よくわかんないけど、逃げられると面倒だよね? ね?」
「知ラないわヨ」
「そうなんだよ? だから……ね? イスナちゃん……………撃って」
「はイハい…………頭、そこデショ?」
◇
───目が、見えなくなった。
直後、何かに頭から激突した。
◆
「うぉあっ!?」
がごん! と凄まじい衝撃で若干俺の体力が削れる。まさかサミーちゃんさんの口の中で死ぬわけにはいかないと回復していると、いきなり口の外へと吐き出された。
「一体何が………って、」
何がどうなってるんだ。
目の前のサミーちゃんさんはもう、絶句する程に無惨な姿に変わり果てていた。全身からダメージエフェクトが噴き出し、無傷な場所を探す方が難しい。
身体が縮んだのかと錯覚するが、事実は尻尾や身体の一部が物理的に無くなっているから。
何よりも、頭部が……なんなんだこれは、一体何をどうされたらこんな酷いダメージを受けるんだ。いっそ袋叩きにされた方がまだ綺麗さっぱりミンチになれる。
「くっ、待てサミーちゃん。回復アイテムならインベントリアの中に腐るほどある……!」
エリクサー、そうだエリクサーだって常にストックはあるんだ。クソだ、誰だよインベントリアにアホほどアイテム詰め込んだのは!!
「…………」
「待て待て待てまだ死ぬな食いしばれサミーちゃん、焦げた肉の塊になった"傷だらけ"だって全回復したんだから両目が抉れてたって誤差だよ誤差……!」
あった! ミスティックソーマ! 愛してるぜエリクサー!!
「よしサ───」
苛立つ程に出現が遅く感じるアイテムの瓶を握り潰さんばかりの力で掴んだのと、逆の手に冷たい鱗が触れたのはほぼ同じタイミングで。その感触が、ほんの僅かに俺の動きを止めてしまった。
「〜〜〜〜〜っ!」
もはや目線を動かすよりも先に回復アイテムを掴んだ右手をフルスイングでサミーちゃんの方へと投げつける。
だが、追いついた目線が見たものは地面にぼとりと落ちた牙二つと皮三枚……そして、地面に落ちて割れた回復アイテムだった。
「……………………」
……………意識加速スキルがリキャスト終わってたら間に合ったかな。
「あラ、もう終わリ?」
笑い声が重なって響く。毒乙女共が歪な笑みを浮かべ、刃の歯をガチンガチンと鳴らしながらこちらへと近づいてくる。それらを統べるように、一番後ろにいるはずのボスドゥニーネの声がやけにはっきりと聞き取れた。
「ああ……そうだな、逃げるのは終わりだ」
「そウ」
いやはや全く、NPCってのは死んだら替えが効かないってのにこんなはーほんとどうしようもねぇなクソクソクソ。何がクソってシステム以上に俺の事だよさっさと逆位置の攻略しときゃよかったんだ。
「何がボスだ、体力は幾つだ? 装甲は? 上等だよ三日三晩かけてでも全員体力ゼロまで削り切ってやるよ!!」
味方無し、敵は無尽、肝心な時に邪魔にしかならねぇアイテムは山のようにある。武器? 無くなったら素手で殴ればいい。よーし上々、最低目標殲滅!
煌蠍の籠手を装備、全員殴り倒してボスドゥニーネの顔面に超排撃を叩き込むだけの簡単なお仕事。龍蛇が対応する前に近づけば単なる動くステージギミックだ。
「さぁ行───」
「もらった、ね?」
この場所で、人の言葉を話せるのはもう俺とボスドゥニーネだけ……の筈だった。
だが、なんの気配もなく声だけが響いた背後を確かめるよりも早く……
何か、肉厚の刃が俺の首半ばまで突き刺さった。
・シャンフロ豆知識
NPC、及び特定の個体として登録されたモンスターは死亡判定が確定すると二度と復活することはない。




