最速の星
◇
やべぇ、と思ったのは誰であったのか。
あるいは新大陸の大自然の中に暮らしていれば、誰しもがその威容を心に深く刻み付けられる夜の帝王たる狼に刻まれた傷を誇る事への畏怖か。
あるいは始まりに近き蛇の側に在って堂々たる立ち振る舞いを見逃されている事への驚愕か。
否、偶然にも「蛇の林檎」を訪れた二人の「契約者」の中で知っていたのは彼女一人だけだった。
(サンラク……! サンラクってあれよね、オルケストラの動画の!)
アルコール抜きカルーアミルク、要するにコーヒー牛乳を飲んでいた王我星は突如服を破裂させた鮭頭の奇人を驚愕と歓喜と興奮を混ぜた眼差しで見つめる。
サンラク。
今やその名はシャングリラ・フロンティアをプレイするゲーマーではない者達にも知られつつある有名人。
ボンバーバニー、ネイキッドマスクマン、ジェット侍、サイナちゃんのP、ツチノコさん。
様々な呼ばれ方をするプレイヤーだが、ある一大レイドバトルでの活躍と彼の存在を世界に示したとある動画から今一番ホットな呼び名は……
「最大速度、世界最速のプレイヤー……」
「ん?」
「っ!!」
思わず呟いた言葉が耳に届いたのか、振り向いたサンラクに王我星は慌てて視線をコーヒー牛乳へと向ける。王我星はロールプレイを恥じらわない有望株だが年相応のシャイな一面も持っているのだ。
空耳だと判断したのか、鮭の頭が再び王我星達よりも先に喫茶店に入った二人へと向いたのをチラ見しながら王我星は小声で隣に座っているニーナへと興奮気味に話しかける。
「ねぇどうしようニーネちゃん!サンラクよサンラク! すっごい有名人!!」
「ソウ、ヨカッタワネ」
「サ、サインとか貰えないかな……一緒にスクショとか!!」
「ヨカッタワネ」
だが、ニーネからすればそれどころではない。始まりの蛇、始まりのゴルドゥニーネから分岐していった多くの「ゴルドゥニーネ」達の中でも最初に生まれた二番目から九番目までの八体のゴルドゥニーネは別格の実力を備えている(当然始まりのゴルドゥニーネも別格に含まれる)。それは純然たる事実であり、数百に及ぶ「ゴルドゥニーネ」の殆どを鏖殺したのは一桁に生まれたゴルドゥニーネ達だ。彼女達は互いに殺し合い、そして消えていったが……それでもその全てが消え去ったわけではない。
現に、その一桁ナンバーのゴルドゥニーネが目の前にいるのだ。ニーネからすれば地獄のような、というか地獄そのものであるこの場所から一刻も早く逃げ出したい。ニーネは積極的に戦いに身を投じるタイプではなく、さりとて(ニーネ本人は知る由もないが)ウィンプほどプライドを捨て切れるタイプでもない。
己の生存にすら「不安」を抱くニーネにとって、たった一人で逃げ出すという選択肢はあり得ない。喫茶店の外が本当に安全なのか? あるいはあの見え隠れする白蛇が外に回り込んでいたら? 白蛇が姿を隠すたびに頭を掻き毟りたくなるような不安に苛まれ続けるニーネは唯一味方として信用できる王我星の側から離れることができない。
「逃ゲたい逃げタい逃げたイニげたい……」
「ニーネちゃんも一緒にスクショする?」
だがこの場におけるイレギュラーはもう一人いる。サンラクなる一桁台のゴルドゥニーネと隷属ではない関係を築いた夜の気配を纏う奇人。この世界で、夜に怯えぬ者は存在しない。それはゴルドゥニーネ達であっても例外ではなく、間抜けな魚頭であるにも関わらず視線がこちらへと向くたびに恐しく冷ややかな威圧感を浴びせかけられる。
だが、逆に言えばあの奇人は白蛇を従えるゴルドゥニーネに対して対等、またはそれに近い立場にある。あるいはこの人物の心象を良くすれば生存の可能性も高まるというもの……だからニーネは縋るようにもう一人のゴルドゥニーネへと視線を向ける。どうか、間違っても手を出すような真似はやめてくれと。
そして王我星もまたサンラクへと視線を向ける。一緒にスクショを撮ってくれないかなぁ、と。
◆
ゴルドゥニーネが三体、彼女達に与するプレイヤーもまた三人。そして無関係ながらもこの場でもっともハッスルしているアホどもが多数。
さてどうしたものかと考える。内容は無尽のゴルドゥニーネのユニークシナリオEX「果て亡き我が闘争」についてだ。
そもそもこのシナリオの構造が未だにはっきりしていない。あのゴルドゥニーネを倒さなければならないというなら他のゴルドゥニーネ同士が争い合う仕組みは何のメリットもない。
では自身が擁立したゴルドゥニーネを勝者とすればいいのか? それならばあのゴルドゥニーネの存在が違和感だ。あれどう考えても複数攻略前提だろう、当時のレベルとはいえ俺、レイ氏、秋津茜の三人で殆ど歯が立たなかった相手だ。龍蛇四体に加えてあの本体……下手をすればジークヴルムと同じ超大規模レイドバトルなんじゃないのか? そんな状況でゴルドゥニーネ同士の殺し合い……ゲーム的クエストの構造として前提と目的が合致しないのだ。
「………うーむ」
もしかして、これプレイヤーの努力でゴルドゥニーネを説得して協力するのが正解ルートなんじゃないのか?
そもそもユニークシナリオEXはただでさえフレーバー重視でクリア条件がぼやけてるユニークシナリオの中でも輪をかけてクリア条件が不透明だ。何この「想いの果てに蛇が見る夢に寄り添え」って、寝ればいいの?
「さて、なんの奇縁か宿命かここに三人のゴルドゥニーネが集まった。乾杯でもしとくか?」
「毒でモ仕込むつモりかシラ?」
「それ入れて飲み物が美味くなるなら考えてもいいけどな」
死んでも死なないならフグだって生で丸呑みしてやるぜ、いやあいつら地味に恐ろしい顎持ってるからやっぱ捌いた方がいいな。胃を食い破られそうだ。
「で、だ…………正直、そろそろ朝なんでログアウトしたいんだが流石にこの状況ではいさよならってわけにはいかない。だからここで決めてしまおう」
「なにをきめるってのよ」
そりゃ決まってるだろウィンプよ。
「ここで死ぬか、それともお友達になるかだよ」
その時、「蛇の林檎」の扉が開かれた───
シャンフロ世界はニートに優しいゲームの地位がスポーツレベルまで向上した世界なのでサンラクは実質ケイスケ・ホンダだった……?(流石にそこまでの知名度ではない)




