林檎に集う蛇
◇
東の大陸に法を敷くエインヴルス。二人の王が今、ただ一つの玉座を巡って対峙する。
だがそんなものはたかが人間同士のいざこざでしかない。始源の眷共は蠢き、進む世界は人知れず脅威を産み落とす。そんな中で、誰が王になるかなど……実にくだらない事ではなかろうか。
「……で? ここニ何がアルって言うのカシら?」
「お嬢様、どれだけ僕等が力をつけたとしても二人と一体しかいない事に変わりはありません。やっぱり「戦力」を増やすべきです」
「いつ裏切ルとも分からナイ人間を? わざワザ増やスと?」
「だから裏切らない人間を味方につけるんです」
ここは新大陸前線拠点、新大陸に挑むプレイヤー達の本拠地である。
そんな人混みの中を歩く二人の人物……一人はダメージデザインだとしても随分とみすぼらしい襤褸のシャツとズボンを着たアクションゲームのキャラとは思えない格好の青年。
そしてもう一人、「そういうデザインなんです」とギリギリ言い張れる程度にはファッションとしての最低限のデザインを残したフード付きのマントで頭を殆ど覆い隠した人物。
時折フードの端から恐ろしく白い髪が歩みに合わせてこぼれ揺れる顔……厳密には髪と目を隠す女は、不機嫌と呼ぶには少々トゲのありすぎる赤い眼差しで周囲を睨め付けていた。
もし彼女と視線を交わす事があれば、さながら捕食者にターゲッティングされたカエルの気分を味わえるだろう。
「裏切らナイ? 随分と都合ノいい人間がいタものネ」
「彼らは……その、少々特殊な感じに賑やかな人達なんですけど、だからこそお嬢様であれば恐らく敵対する事はないかと」
「回りくドい」
「ぬっっっ!! ……くぉっ」
ぐりぃ! と女が履く木のハイヒールが男の足の甲を捻りをつけて踏みつける。如何に国家の法に基づいたダメージフィードバックとはいえ、人体強度的に弱い箇所にいきなり電流が流れれば呻きの一つは漏れる。
しかし足の甲を捻り踏まれたにも関わらず、どこか嬉しそうに一割ほど減ったHPを回復する男は「シユー」の名を頭上に表示しながら目的地……とあるプレイヤー達が拠点としている場所を目指しながら端的に説明する。
「美少女に興奮する人達なんです」
「……………」
だからこそ、仲間ではなく傭兵として信用できる。お嬢様……もとい、ゴルドゥニーネの見た目はアルビノの美少女だ。それもプレイヤーメイキングでは再現できない非生物的な……言うなれば魔性の雰囲気を漂わせている。
彼女を守って欲しい、という頼みであれば聞いてくれるのではないか。賞金狩人に熱中する彼らであればあるいは。
そう考えて、シユーは「お嬢様」と呼ぶゴルドゥニーネを連れてきたのだ。彼女が従える双頭の大蛇はここにはいない。姿を消せるならともかく、あの巨体を引き連れていてはカモフラージュも何もあったものではない。
「その、無礼は承知なのですが……どうか彼らに対して、こう……先に危害を加えないよう……」
「私ヲ何だト思っテイるのカしらね? ん?」
つつ、と白く細い指がシユーの顎を撫で、先端の鋭い爪が皮膚を割いてシユーにスリップダメージを与える。
「まァ、イイわ。使い物ニならナケれば潰シテしまエばいいダケのコト……」
先に入ろうとするシユーを制し、女……ユニークモンスターが一つ、無尽のゴルドゥニーネ「お嬢」はとある喫茶店の扉を勢いよく開く。そして中に一歩踏み込んで───
「聞きなサ……」
「───」
ずるり、と何もない空間から上半身を顕にした自分じゃない自分と目が合った。
◇◇
「乗り込むわ! だぜ!」
「馬鹿ナノ?」
「馬鹿っていう方が馬鹿なのよ! ジョーシキなんだから!」
ところ変わって喫茶店の「蛇の林檎」新大陸支店前。そこには堂々たる仁王立ちで喫茶店の扉を見据える男がいた。
美男美女、老若男女を問わず様々なアバターを作る事が可能なシャングリラ・フロンティアにおいても一際目立つ筋骨隆々の大男は、その筋肉を誇示するかのように胸を張りながら一歩踏み出し……すぐ背後にいた小さな白髪の少女の飛び蹴りによって歩みをキャンセルされる。
「おバカ! なんたッテそウ、無計画に突っ込ムの!」
「知らないの? マッチョは迷わない!」
「血迷ってルでショうが!!」
そもそもの発端は「何か美味しいものを食べに行こう!」と男が引きこもりがちな少女を引っ張り出した事に端を発する。
そもそも少女が引き篭もっていた理由は自己の安全という非常に切実な理由であったのだが、「ハリウッドスターであるオーガスタ・オルティスのようなマッチョである自分ならばどんな危険にも対処できる!」というロールプレイですらない主義で押し切られた上で引き摺り出されたのだ。
そして押し切り引き摺り出した側であるスキンヘッドの大男……「王我星」と無尽のゴルドゥニーネが一人「ニーネ」が歩いていた時、喫茶店へと入っていくフードの女を見かけ……ニーネが気づいたのである。
───あれは、自分ではない自分なのだと。
そして迷う事なくこの場を立ち去ろうとしたニーネの腕を掴んで引き留めた王我星は、退避ではなく突撃を提案したのだった………回想終わり。
「あのネェ……乗り込ンでドウするの? 奇襲しテ仕留メようッテ?」
「違うわよ! あのね、オー様が「ランペイジ・タクティクス」で言った言葉があるの……」
「ダからオーサマって誰なノヨ……」
「いい、ニーネちゃん……「筋肉は、ナイスに使えば100万倍」!!」
「………? ………??」
言葉を理解しようとして理解できず、もう一度理解しようとしてさらに混乱したニーネを余所に王我星は見た目とは真逆と言っていい甲高い声でハリウッドスター譲りの持論を熱弁する。
「すぐに殴るなんて良くないことよ、まずは話し合ってそれでもダメだったらパンチするの!」
その映画内での意味合いとしては「賢く力を使え」という意味なのだが、「まず段階を踏んだ後に殴れ」と曲解した小学五年生はニーネの腕を掴みながらズンズンと喫茶店の扉へと近づいていく。
「ちょっ……バカっ! バカ! 考エ直し……あァモウ! オピオン、準備シテおキナさい!」
ハリウッドスターとはまた別に憧れる人物と同じ脳筋ステータスを誇る王我星の力に対抗できないニーネは掴まれていない左腕の小さな膨らみへと呼びかけ、話しかける。
王我星イチオシの服、その袖から頭を覗かせた小さな蛇がちろりと舌を出したと同時……
「さぁ! お前達の悪夢が来たぜ! ウィスキーをロックで貰おうか!!」
拳銃を構えながらドアを蹴破って突入するという、どう考えても初手宣戦布告な映画の台詞と共に王我星が喫茶店「蛇の林檎」へとニーネごと飛び込んでいく───!!
「…………」
「…………」
そしてニーネは見た。
喫茶店の屋内をたった一匹で占領してしまわんばかりの白い大蛇が、警戒の眼差しでこちらを見据えたのを。
一呼吸ごとにまるで最初からそこに何もなかったかのように姿を消してはまた現れる、恐ろしいまでに力を注ぎ込まれた大蛇を従える自分ではない自分を。
「ギャあああーーーーーっ!!」
万が一のチャンスがあれば、と僅かに燃え上がっていた闘志は一瞬で掻き消えた。
◆
で、一連の流れをサラダを食いながら見ていたのが俺である。
「……なんだこれ」
夜明けも近いのでレイ氏やイムロン、火酒夏とのパーティを解散して前線拠点に「無装備状態でマグマにダイブしたら何メートル泳げるのか」の実験をしつつ死に戻り、ちょっと頭が冴えてたのでサバイバアルと駄弁る為に「蛇の林檎」に来ていたのだが……
(助けて……助けて……っ!)
一発芸「なにもないところからあらわれるわたし」をしていた最中、恐らくゴルドゥニーネ姉妹と思われる珍客達の登場にドヤ顔のままフリーズしていたウィンプの方から怪電波が飛んできた気がするが……きっと気のせいだろう。
マスター、この獲れたて新鮮エラスティカーリスのサラダもう一個貰える?
なお「お嬢」や「ニーネ」から見ると人里で待ち構えていた不気味なほど力量が読めない一桁ナンバーが恐ろしく凶悪な気配を自在に出し消しできる大蛇と共に待ち構えていた」構図となっております




