鏡面に響け、摩天より吼えろ 其の十七
『………!!』
「くたばれコラァ!!」
二振りのハルバードが激突し、僅かな拮抗の後に俺の身体を吹き飛ばす。だが致命的なほどのノックバックではなく、何歩か踏鞴を踏むものの大量のデコトラの上から落ちるようなことはなかった。
「やっぱりな……まだ戦える」
金晶戦衣は月光を受けて魔力をチャージする、ここはそもそも厳密には屋内の筈でさらに言えば外の時間はおそらく夜が終わってる筈で……だが、黄金の一張羅は今もなお月の光を受けて魔力を蓄積させ続けている。
それはつまり外はどうであれこの世界においては「夜」で環境が固定されているということ……出力で劣る? それがどうした、指す手を間違えたな「俺」! そうら来たぞ三十秒! ところでノルマは達成できましたかぁぁぁ?!!?!
『………っ! …………っ!!!』
「人を捨てたか……具体的にどうなるのか体験したことなかったからぜひ見せてくれ」
べぎょ、と発泡スチロールでも貫くかのような気軽さで「サンラク」がハルバードを地面に突き立てる。武器を捨てたのか、いいや違う。
『Goooaaaaaaaawww………!!』
肥大化した前脚、骨格ごとねじ曲がって獣のそれとなった後脚。人が四つん這いになったのではなく、獣が獣として当たり前とする姿勢。
もはやPvPとは言えない様相、人と獣が相対し……先に動き出したのは「サンラク」だ。
スキルの光を帯びた赤い獣はもはやただの突進ですら一撃必殺たり得る。頭を覆うように獣の上顎と下顎が形成される性質上、そもそも食事する必要もその能力もない筈だが襲い来る獣はその大顎で俺を噛み砕く気マンマンだ。
「来い!!」
奴が変貌している内にデコトラ二台分の距離を離していたが獣の後脚が撓んだと視認した瞬間、一瞬でレンジを詰めてきた「サンラク」の爪が俺へと襲いかかる。
防御? 防具込みでも死ぬわ、回避? 下手に跳ぶとデコトラから落ちる、じゃあどうする? 受けて流す!!
百足式の石突きを地面に当て、ハルバードの先端を真っ直ぐ敵へと向ける。そして獣と穂先とがぶつかる瞬間に……思い切り引き上げて後ろへと投げ飛ばす! これぞてこの原理と相手の勢いも利用した槍式巴投げ!!
「まだまだァ!!」
獣に成り果てた事でここまで組み上げてきた対「サンラク」戦用のチャートを八割破却。そこまで多くない暴血赤依骸冠使用時の動きを早急に記憶の海からサルベージしつつ、片手を空けてウィンドウを操作。僅かに視線を向けてアイテム欄を……これは! まだ残ってたのかゴブリンの石斧! 最高だぜ!!
【ライブラリ】は例の埴輪……もとい手投げ爆弾のようなアイテムも用意していたが向こうも使うことを考慮して持ち込んでいない。
それ故に俺が投擲という手段を使うには「投擲することもできるが普通に使った方が、あるいはそもそも使わない方がアドバンテージ」という形で奴が同じ手段を使わないパターンに持ち込ませるしかない。
「楽しさと時間は比例する!!」
たとえ時間を縮めることに楽しさがあったとしても、楽しさと時間が反比例する事だけは絶対にない! 非効率を愛せ! 楽しい思い出は一瞬でもプレイ時間だけが真実だ! うおお自分でももう何考えてるのか分かんねぇ! このまま燃え尽きた灰も燃料にして突っ走る!!
全力でぶん投げた石斧であるが当然こんなものがダメージになるはずもなく。まぁ普段の半裸俺ならカスダメ程度にはなるかもしれないが防具をつけた俺と暴走状態の「俺」ではどちらであっても1ダメージになるかも怪しい。
だが石斧の役目はダメージソースではない、激闘を繰り広げてきた相手が突如ぶん投げてきた「何か」を完全に無視することなどできない、一秒あればいいのだ。
「リキャストを縫い合わせる……!!」
二つの琥珀から生み出された二つのアクセサリー。片や黒雷、片や殲嵐。
この二つのアクセサリーはアクティブなオンオフをトリガーとして発動する、だが一度オフにすれば次に起動するまでに若干のリキャストタイムが生じる。まぁそれがないと封雷の撃鉄がノーリスクになるしな。もしくはそれが本来の使用法だったりするのか……?
故に片方のリキャスト中にもう片方を使う。身体の動かし方が変わりまくるから壁シミ率が上がる危険性もあるがリスクを飲むだけの価値はある……! いくぞ疾風迅雷!!
「よっしゃあ!!」
「サンラク」が獣の爪で石斧を弾き飛ばすわずか一秒、胸を叩いて黒雷を纏った俺は一気にデコトラの上を駆け抜ける。多重的円周運動及びヘルメスブート起動、奴の視覚情報をさらに混乱させる瞬間的な情報の切り替え! 石斧に向いた注意は目の前に迫る俺へと向かい、しかし俺の姿は円周運動によって背後へと消える!!
「さらにさらにさらにィ!!」
奴の背後に回った時点で【ウツロウミカガミ】起動! 幻影と気配をその場に残して円周運動を続行、再び奴の正面へと回り込む。
パラパラ漫画の一コマ一コマが全て別の場面であるかのような情報の往復ビンタ、奴の動きは今完全に止まった。これいいな、今度カッツォと10先やることあったらこれ試そう、ついに四勝できそうな気がする。
「っ!!!」
現在と未来が頭の中でぐちゃぐちゃに混ざっている。今俺の目は何を見ている? 現在進行形の的な姿か? それとも数秒後に起きる想定の光景か? わからない、そんなものに割く思考すらもったいない。
少なくとも俺の身体は多重的円周運動を始めた時点で既にウィンドウ操作と身の振りを完了させていた。スキルは思考だけで動かせる、指先は武器とウィンドウの操作だけに特化させればいい。
千載一遇のタイミングとポジショニング、上へと投げられた百足式が落ちてくるまでの三秒間。両腕を覆う煌蠍の籠手はこの一瞬の為、裏向きに温存し続けた切り札を表向きに晒す。
「【超過機構】………!!」
振り抜かれる拳に奴が気付くよりも早く、籠手に隠された必殺の針が奴の下顎に突き刺さる。
「超!!!」
注ぎ込まれるは水晶の毒、万物を美しい鉱石に変える残酷な美。
「排!!!」
衝撃。砕かなくていい、ただデコトラから落としてやるだけの衝撃を───
「撃ォ!!!!」
炸裂する。赤い獣の下顎を粉砕しながら叩き込まれたアッパーの衝撃が「サンラク」の長身の成人男性+表面を覆う赤い粘液の総量を容易く浮かび上がらせる。
今になって自分が何をやったのか、その理解が追いついてきた。
過剰伝達による豪腕ではなく殲嵐のメビウスがもたらす螺旋の打ち抜き。回転力の込められたアッパーを喰らった「サンラク」もまた軽く切り揉み回転しながらデコトラの群れが形成するフィールドから外れ、空中に組み上げられるロード……即ちデコトラの大質量が踏みつけていく道路の上へ。
「そのままミンチに……………………」
視線の先、先頭を走っていたデコトラが急加速した。
ただそれだけのシンプルな変化、ただそれだけのシンプルな動きが……道路に落ちようとしていた「サンラク」を荷台で受け止めた。
「はぁぁぁぁーーーー…………」
身体から抜ける力の理由は百足式の強化が途切れたことだけではないだろう。ここまで忖度されるといい加減萎える程生き生きした感情も無くなってくる。
「分かった、分かったよ俺の負けだ」
テコ入れされましたわぁやったぁ、じゃねぇんだよなこういうのは。
難易度を緩和します、と言われると意地でも修正前にクリアしたくなるのはゲーマーの意地だ。だから……ああそうだ、だから俺だけで勝ちたかったんだが。
シャンフロのAIは時々理不尽になる、そしてそれはユニークシナリオだと特に顕著になる。後からルールを書き換えるというか……なんだろうな、ゲームの側から「全力を出せ」とせっつかれる感じに近い。
それはクソゲーの片鱗かもしれない、あるいはただのゲームという枠組みに押し込めきれないリアルなのかもしれない。だがそれでもこの結果は悔しくもあり……
「お望みどおり、全身全霊を見せてやるよクソAI」
ここから先を、俺はオルケストラ戦の全体を通して最も楽しみにしていた。
SS6「それが必須というわけではないが、借りた以上は温存するなんてとんでもない!!」




