龍よ、龍よ! 其の五
天覇のジークヴルムの登場、ノワルリンドの撃墜、スカルアヅチの天守閣半壊……文字として羅列すれば大きなイベントの数々も、現在進行形で進み続ける竜災大戦の中では激流に呑まれる枝葉の如く流れ消えていく。
『チィッ、タイミングが早すぎたか……だがまぁいい、まずはてめーだ老いぼれェ!!』
『ぐぉあぁあ!?』
赤竜ドゥーレッドハウル。赤いドラゴンという作品が作品なら主役級の椅子が与えられても不思議ではないそのドラゴンは、竜と呼ぶにはあまりに異質な姿をしていた。
最も近い例えを挙げるなら……「アメンボ」、もしくは「ドローン」だろうか。少なくとも爬虫類的な頭部がなければまずシルエットでこれがドラゴンであると気づける者はいないだろう。
「なんだあれ……ジェット噴射?」
「いや、っつーか手足長っ」
「くっ、ふふっ、やばい、なんか見てたらツボに……っ!」
まず何より目立つのは、やはりその手足だ。
ブライレイニェゴは少々特殊な形状ではあるが、色竜達の形状は基本的に獣の骨格に近い。
だがドゥーレッドハウルのそれは肩から肘、肘から手首、そして手首から指の先に至るまでが異様に長く、手足を折りたたんだ姿は手裏剣か何かが飛んでいるようにしか見えず、あまつさえ地に足ついてたった姿は竜の首と尻尾をくっつけたアメンボにしか見えない。
そして次に目を引くのは、身体の至る所から生えた突起だ。
それらは一つ一つが炎を吐き出す推進機関として機能しているのか、ドゥーレッドハウルは腹の下に生えた四つの突起で旋回し、背中と後ろ足そして肩から生えた突起で加速することでなんとも形容しがたい飛行を可能としていた。
総じてドラゴンと呼ぶのに多大な抵抗が生じる、奇天烈な姿をしたドラゴン(?)であるのだが……
奇妙な見た目であれば弱いかと言えばそういうわけではなく。
「ふっざ、ふざけんなあのアメンボヤロー!!」
『ぎゃはははは! 雑魚どもめ、この俺様に刃向かうにしちゃあ弱すぎんだよ!!』
ドゥーレッドハウルの戦法は単純明快、その異様に長い手足で近距離職の攻撃が届かない位置に胴体を伸ばしつつ、腹部の突起から炎を噴き出して下にいる者を軒並み焼いているだけだ。
「あああうっぜぇぇぇ!!」
「いや待て逸るな! あんなクソ挙動がいつまでも続くかよ! 隙を狙って袋叩きにしろ!!」
唯一近距離攻撃が当たる手足の先端は異様に硬く、また当然のように熱への耐性を備えている。言うなれば戦場へと無差別に降り注ぐ火炎のシャワー、さらに言えばひたすら小物臭いナレーション付きである。
そして、この場における脅威はドゥーレッドハウルだけではない。
『よくもぉぉぉ……許さんぞぉぉぉおお!!』
激昂のブロッケントリードが吼え、その巨体を後脚だけで支えて上半身を持ち上げる。
そうして、重力に従ってその巨躯を支える二つの前脚を地面に叩きつけた……瞬間、
『崩峯災砕!!!』
誇張でもなんでもなく、前線拠点の半ばからを隔てるように「山」が生み出された。
『ぶげぅ!?』
生物的なそれとは明確に異なる飛行方法で飛んでいたドゥーレッドハウルを真下から屹立した岩塊が捉える。
しかしその余波だけでもプレイヤーの体力を削り切るには相応の火力を内包しており、ブライレイニェゴの小竜に混じって何人かのプレイヤーが地面に叩きつけられると同時に死亡エフェクトを爆ぜるように撒き散らす。
「く……逃げ遅れてもペナルティ増加か……っ!」
「ダルい! コレダルいんだけど!!」
「ジークヴルムがそもそも降りて来ねーんだからどうしようもないんだよなぁ……なんだろう、条件達成で降りてくるんかな?」
死を前提としてゾンビアタックをしようにもジークヴルムの「龍法律」が邪魔、命を大事に戦おうにも四方八方の地獄絵図。
そんな中、ぽつりと誰かが呟いた。
「これ、色竜同士で潰し合わせるのが正解なんじゃ……」
その一言はある種の真理であり……そして同時に、ある種の敗北宣言でもあった。
戦術として脅威同士を潰し合わせる事は決して間違いではない。ただ、今この場においてその選択肢を選んでしまう事は二重の意味で悪手であった。
まず単純にモチベーションの低下、これが負けイベントであるという疑惑がプレイヤーに波及した時点でプレイヤー全体の戦意が下がった事実は否めない。
そしてなにより……
『いかん、いかんなぁ……強大な苦難を叡智で突破する事は悪くない。だがなァ、それは逃避と言うのだ……我が重力圏は臆病風を許容しない……!』
英雄譚に夢を見る英雄譚のボスじみた龍王がそれを許さないのだから。
「B.I.G.2……!?」
「おいっ! やばいぞ! リスポン後に状態異常が付与されるようになったぞ!」
「嘘だろ悪化すんの!?」
死へのペナルティ、死が終了ではなく過程であるからこそジークヴルムの重力圏は開拓者の来世に罰を課す。
だが、龍法律はただの理不尽ではない。
それは黄金の永きに渡る願いの結晶、人よ英雄たれと願うが故の力。
であれば彼は待っていた。
勇気ある人を。
不屈の闘志を持つものを。
己のみならず周りをも奮起させる偉大な光を。
「お嬢! ヤバイ! これ、ヤバイ!」
「そうですねオーロンさん! でも大丈夫! 誰かが困ったら助けて、自分が困ったら誰かに助けてもらうんです! だから、困ったら遠慮なく頼ってください!!」
「秋津茜殿ォ! 音信不通からエムルなどより話は聞いてたで御座るが、カッ飛ばし過ぎでは御座らんか!!」
「あっ! シークルゥさん!! えへへ、お手紙とかも出せませんし……ごめんなさいっ!」
「む、そんなあっさりと謝罪されるとは……ぬぅ!? ええい不埒な小竜め! 【タケミカヅチ】!!」
あるところでは竜人と蜥蜴人を連れ、刀を振るう兎と共に跳ねるように戦う忍者の少女が。
「ハーイエブリワン! これからちょっとブロッケントリードの顎をアッパーしてこようと思うんだけど、一緒に来てくれる人はいないかしら? ジャパニーズ……そう! ツレショーン!!」
全身を噛まれ、切り裂かれ、打ち据えられて尚倒れず。ここらで一旦リフレッシュと死を恐れる事なく緑竜への突貫を提案する女拳士。
「最終目標こそ違えているが、過程は同じ……指示の共有は構わんだろう?」
「えぇ、ノワルリンドと戦う上でも他の竜は邪魔ですから」
「よし……遠距離火力持ちはドゥーレッドハウルを叩き落とせ! マッシヴさん、落ちて来たところに一撃をお願いできますか?」
「えぇ、任せて? 0ちゃんからホルダー称号を獲っちゃうくらい頑張っちゃおうかしら、おほほ」
「頼もしい限りで……! よし、私も前へ出る!! ト……じゃない、ペンシルゴン! 何をするにせよお前達も他の色竜撃破に貢献しろ!」
「っつーか君の妹ちゃんが来ないんですけどー? やれやれ……」
満を持してと言わんばかりに聖剣が、聖槍が、常人が扱えるとは思えぬ鈍重な鈍大剣が戦場で振るわれる。
英雄とは、何をもってそう呼ばれるのか。
結局のところ、それは何を成したのかという一点に集約される。黄金の重力圏はそれをこそ人に問う。
人よ、死をも通過点とするならばこの程度で足を止めるはずなかろう?───と。
アメンボみたいな手足を折り畳んで乳首からジェット噴射して宙を滑るように飛ぶ様は完全に変態のそれ
ドゥーレッドハウル……なんて奴だ




