金魚鉢の怪物
呼符星5、フィクションではなかったのか……
◆
「団子ね、大福?」
「羊羹で」
「いいね羊羹」
参った、本当に参った。いくら幕末が世紀末円卓に匹敵する魔境だからと言って……いや、ドロップ率の渋さから効率を求めた果ての円卓と違ってこっちは常識の汚染の結果だ、厳密にはカテゴリが違うか。
ともかく、だ。いくら幕末が幕末だからといって、さらに言えばデスゲーム風味のイベントだからと言って、いきなりラスボスに挑むつもりはないんだけどな。
その身もふたもない二つ名に相応しい強襲へ対応できたのは、偏にシャンフロで既に似たようなパターンを経験していたからに他ならない。
そしてその経験が、このクソ攻略難易度の高いプレイヤー……レイドボス「ユラ」と相対しながらも俺を活かす唯一の命綱となっていた。
「…………!」
「…………?」
「…………!!」
周囲の亡霊どもが静かだ。暫定一位と歴代一位制覇者が茶屋に並んで和風ティータイムと洒落込んでいるのだ、そりゃ誰だって気になるだろうさ。
だがそちらに気を回している暇がない、なんかさっきまで俺に取り憑いていた怨霊が見えた気がするが、すぐ隣にいる不発弾から意識を逸らせばその瞬間首が飛んでいそうな不安をどれだけ拭いても拭えない。
「抹茶……」
これだ、抹茶がなんだと言うのだ。だが逡巡は死に直結する、一時期プレイヤーの間で流通した「レイドボスさん攻略パターン虎の巻」ではレイドボスさんの奇妙な生態について検証班の考察が載っていた。
そもそもレイドボスさんは見るもの全てを無差別に襲撃するような単純な思考回路をしていない。というかむしろ受動的と言ってもいい。
偶然十字路でバッタリ遭遇したが普通に挨拶して別れた、という証言もある。
「緑茶でいいでしょ、そこまで気取ったティータイムでもあるまいし」
判定やいかに……よしセーフ、基準が全くもって意味不明だが首が飛んでないならセーフだ。
ただ、検証班曰くレイドボスさんは会話の中に大量のフラグが埋まっているようなもので、基準不明だがそのフラグに抵触すると攻撃判定が出る。少なくとも二秒以上返答に迷ったりどもったりすると攻撃判定だ、あと関係のない会話をしても高確率でアウト。
「スコア、すごいね」
「それほどでもない」
レイドボスさんとて無敵ではない、だが無双はする。基本的にイベ後には大抵レイドボスさんvsその他による大規模討伐が行われ、一位報酬が行方知れずになるのがお約束ではあるが、大量のプレイヤーに対応できる時点でレイドボスさんは色々と隔絶している。
あと見た目と中身の乖離が常のフルダイブゲーにおいて、声も立ち振る舞いも見た目と完全合致したベビーフェイスのレイドボスさんは結構な人気を誇る。
そのため、レイドボスさんの研究は日夜繰り広げられている。ソロとは言わない、仮に四人くらいでレイドボスさんを天誅できたならばそいつらの名は栄光と共に記憶されるだろう。
「ふぅん……一位、狙ってるの?」
不味い、思考速度を上げろ。
「……そりゃ、妥協は結果が出てからすればいいからな」
遠回しなジャイアントキリングを匂わせる言葉を発してしまった自分に歯噛みしつつ判定を待つ、いっそのことこちらから攻撃を仕掛けるか? いや、この狭い場所は互いの射程距離だ、確殺の保証がない以上は手を出すのは遠回しな自殺か。
「へぇ」
会話が途切れる、やばい危険な時間帯だ。一説によればレイドボスさんは独特の「リズム」を持っているのでは、と考えられている。
要するに即興で更新され続ける楽譜だ、音を外したり緩急が狂えば天誅される。おいおい、音感を問うとか攻略難易度高いぞレイドボス。
舞い散る桜吹雪の模様に染められた維新の羽織と、堂々たる「誠」の一文字を染めた新撰組の羽織が並んで和菓子をもしゃる。うーん雑に甘い、食感だけ割と頑張っているのが逆に虚しさを感じさせる。食感って要するに感触だからな、再現は割と簡単らしい。
「倒すの?」
レイドボス語とでも言うべきレイドボスさんの話し方は、基本的に名詞が抜け落ちている。だから混乱する、そして天誅される。
状況を固定しないといけないんだ、俺とレイドボスさん以外何者も存在しないのであればレイドボスさんの話す言葉は全て俺宛ということだ。
「妥協は無しと、そう言ったぜ?」
打てば響く、とでも言うべきか。親しい友人とファミレスに入って、閉店時間まで話していられるくらいの噛み合った対話をレイドボスさんは強要してくる。
殺意と友好が表裏一体に噛み合ったコミュニケーションを初対面の相手に強いるとか正直他ゲーだったら頭のおかしい奴扱いされて干される人間性だと思うが、あいにくここは幕末で彼はレイドボスさん。
もはやプレイヤーとして認識されてないよねこの人、意味深な台詞を話すボスキャラ扱いされているからこそこの人はこのゲームに受け入れられている。
だからこそか、金魚が海で生きることはできない。強かさを欠いた金魚は金魚鉢の中でしか生存を許されない。
どれだけ鋭い牙を、何者をも斬り伏せるプレイヤースキルを持っていたとしてもこの人はこのゲームにこそ安息を見出すのだろう。
ようし、思考がポエミィに染まってきた。見てるかレイドボスさん考察班、今虎の巻はバージョン3.1と聞いているが今この瞬間に大幅更新してやる。
「ユラさん、俺はあんたを討つぜ」
ざわり、と亡霊達に動揺が走る。レイドボスさん相手にこちらから話しかける、と言う行為はロシアンルーレットに近い無茶だ。
だが諸君、俺達は既に答えにたどり着いていたんだ。そう、リズムだよ諸君。
「俺の天がやれと言ってる、だから───っ!?」
殺気! レイドボスさんじゃない、これは……上か!!
「貰ったぁぁあ!!」
「紅蓮寧───」
奴は範囲攻撃の使い手だ、レイドボスを茶屋に留める俺と言う楔を見て動いたか。骨太の維新志士が鍬を器用に操り、火のついた大玉花火を屋根の上からこちらへとぶん投げる。
流石はランカー、着火タイミングが完璧だ。地面に着弾すると同時に起爆するように調整されている。避けられるか? いや、無理か………だが、奴は致命的なミスを犯した。
千載一遇のチャンスを前に気配を漏らしてしまったのが運の尽きって奴だ、俺ですら気付けたのなら当然───
「惜しい、ね? 惜しい、惜しい」
一閃。レイドボスさんが握る見窄らしい、刃が錆び切った刀が振るわれる。
その鋒には大玉花火の導火線が着火部分だけ綺麗に切り取られて載っており、起爆の火を失った大玉花火が虚しく地面に落ちる。
「錆光……横幅一センチあるかどうかの導火線にクリティカル入れるのかよ」
その気になれば誰でも手に入れることができる錆び切った刀は全てを切り裂くか自壊するかの極端な二択を常に使い手に求める、そしてレイドボスさんは常に同じ答えを選ぶことができる……こと彼相手に装甲のパラメータは無いに等しい。
怪物め、幕末の物理エンジンに完全適応していることを差し引いてもイかれてやがる。
俺が気付いた時には既に動き出していたレイドボスさんの左手が霞む。最短の動きと最速の操作で放たれた短刀が長屋の壁に突き刺さり、それを足場に華奢な少年の身体が屋根へと跳躍する。
惚れ惚れするようなウィンドウ操作だ、壁と空中という有り得ない筈の場所に最初から道があったかのような滑らかな動きで紅蓮寧土とレイドボスさんが相対する。
だがもう手遅れだ、オーディエンス達が状況を把握するよりも前に決着はついていた。
「天誅」
「ぐ、こ……!?」
錆びついた軌跡が上から下へと左右に振ること四閃。辞世の句すら許されることなく、雑に組み立てたダルマ落としが崩壊するように紅蓮寧土の身体が崩れ落ちた。
わぁ、と亡霊達が盛り上がる。まぁいつもなら自然な流れでオーディエンスの殺戮に繋がるからレイドボスさんの戦闘を落ち着いて観戦するのはほぼ不可能だしな。
問題は爆発バカがちょっかいをかけたせいでスイッチの入ったレイドボスさんの次なるターゲットは自動的に俺になるってことですよ。
「───」
あまりに速い。屋根から跳躍、滞空中にインベントリから槍を取り出し、地面に対して垂直に刺す。その柄尻を踏んで再跳躍、空中で三回転入れて大上段から俺を真っ二つに……
「……? すり抜けた?」
「最初から覚悟を決めてのティータイムだ、備えあれば憂いなしってな」
見様見真似の達人芸、風をも断つ閃き、全米一の流星、最速の狩人……あんたとの戦闘経験は乏しくとも、あんたに匹敵する理不尽との経験には欠かしていなくてな。
紙一重の最適化こそが竜宮院 富嶽の真骨頂。その真髄は思考のショートカットと足捌きにこそある。
本家本元と同性能、とはいかないがあらかじめどんな攻撃が来るか分かっていれば役割模倣と本家の隔たりを埋めることは可能だ。
「死ぬまで全速力だ」
レイドボスさんの頬が吊り上がった。
レイドボスさんはサヴァン症候群的な人、特定分野に関して天才的な才能を持つが「自身の中にある会話のリズムが崩れると強い不快感を感じる」という性格というか人間性が敵を作りやすい為にシルヴィアと同等かそれ以上の才能がありながらゲームは不得手だった。
ちなみにサンラクがやろうとしたのは会話の主導権を自分が握ること、つまり自分がリズムを作る側になろうとした。
だけど幕末なら大丈夫! みんな笑顔で袋叩きするし、爽やかな復讐報復制裁が横行してるからね!!




