竜よ、竜よ! 其の六
青竜エルドランザは水棲生物としての特徴を多く持つドラゴンだ。前脚は肘の先から鯨の鰭に似た形状になっており、その鰭からは刃物のような鱗が生えている。
だが今その前脚は今や奴の胴体よりも巨大に肥大化し、だと言うのに肥大化前と何ら遜色ない速度で俺たちへと襲いかかる。
「あっぶ……デカい看板が風で飛んで来たみたいな……!?」
「まぁドラゴンだしねぇ……迸るパトスを吐き出したくなっても仕方ないのかな?」
「六連パトスは勘弁して欲しいんだがぁ!?」
「パパパパパパトス」
ちょっと面白かった。いやそれよりも増えた首が全てブレスを吐き出し始めたのがヤバい。いや、息吹っていうか只の嘔吐なのだが……要するに吐き出してるのは奴の身体の一部な訳で。
裂けた喉からも漏れる赤色がもう何度目かも分からぬほどにエルフの里の地を汚染していく、只先程までと違う点があるとするなら……
「よく分身の術とか使って一人でリンカーン条件満たす系のやつあるけどさ、あれって虚しくならないのかな? 自分の顔に囲まれながら致すわけなんだけど」
「セクハラしないと死ぬの?」
「死ぬね、ライフワークだもの」
「なら死ね!」
「やっぱりネクロ趣味なんですかぁー?!」
赤溜まりから生えた竜骸の七本目の首による噛み付き攻撃を互いに回避しつつ駆け出す。
見渡せばそこら中に尻尾が、鰭が、頭が……見境なく、いいやむしろ身境なく乱立していた。
胃の中身を吐き出し切ったら今度は自分を増やすってどういう事なんだよチクショー!!
「おい大丈夫なのかディープスローター!」
俺はまだいい、赤溜まりは潰れて空気が抜けた布団みたいな感触なので気を抜かなければ足を取られることもないし、それを差し引いても回避行動を続けられるだけのステータスがある。
だが奴は魔法職、それも魔法戦士とかでもない最上位職業「賢者」だ。それ即ち純魔の最高位、打てば潰れる後衛職ってことに他ならない。
もはやフィールドそのものが敵性と言ってもいい、ヘイトを単独で集めきることは不可能だ。仮に大暴れして注目を集めに集めたとしても絶対にディープスローターにもヘイトは向く。
そして今、貪る大赤依の出力器官は無尽蔵に思えるほど増殖している。正直今すぐにでも死んでいただきたいのだが、奴が欠ければ俺もジリ貧から詰みに移行するしかない。
だが、奴から返ってきた答えは弱音や諦めではなかった。
「オイオイ……確かに私は魔法職だけどさぁ……こいつはただの純魔じゃない、それは君が一番知ってるはずだろサンラクくぅぅん?」
「はぁ? ……ちょっと待て」
まさかそれ見てくれだけを模倣したんじゃなくて、まさか……
「小杖二丁流……んで、このゲームにも存在するんだよぉ? 魔法由来の近接攻撃手段がさあ……! 【二重詠唱】 【マギテリアル・ブレード】!!」
奴の持つ小杖が魔法のエフェクトを放ち、そしてそれは杖から離れることなく持ち手と垂直に……まさしく刃の如く固定された状態で発動する。
フォン、と空気を裂いて魔力の刀身を備えた小杖二本を構える姿は、激しい既視感と戦士の気配を同時に俺へと感じさせた。
「そしてぇ……強化魔法と近接職で鍛えたスキルを組み合わせればぁ……! スペクリ版サンラクくんリスペクト「近接格闘魔術師」の役割模倣ってわけさぁ!」
振るわれた魔力の剣がディープスローターに襲いかからんとする貪る大赤依の増殖首に叩きつけられる。
その足取りは後衛職とは思えない程に軽やかで、それはまさしくスペル・クリエイション・オンライン時代に作った俺のアバターの動きそのものであった。
「え、お前他ゲーで俺の模倣ビルド作ってたの……?」
「あれ普通に感心されると思ったんだけどなぁ!?」
いや、これが秋津茜とかがやったんなら照れ臭くもなったりするけどさ……お前じゃん? なんか個人情報抜き取られてそうで怖いっつーか……いや普通に引いてる。
「……おかしい………のテクが通用しないなんて……」
「そのテクを向ける相手は俺じゃないんだが、なぁっ!」
イエス、アラドヴァル。今がなんであれ、素体の相性をそのまま引き継いでいる貪る大赤依にはアラドヴァルの炎が極めて効果的だ。
流石に一太刀にて両断、とはいかないが単独で三十回斬れば首を落とせるなら上等だろう。問題は先ほどの……現在も含めて便宜上第一、第二形態と呼ぶが……第一形態時とは異なり第二形態時は貪る大赤依本体が普通に動ける、という点だ。
「VaaaaaaaoooOOOOOOOOO!!!」
「くっ……セルフで水場を作りましたってか!? ふざけんな水深10センチもない赤溜まりで潜ってんじゃねーよ!」
見た目上は泳いでるだけでこれ単に力瘤を動かしてるのと大差ないだろ。だがこちらも水中から奇襲するモンスターのように対処しなければならないのが厄介だ、いつだってプレイヤーが干渉できない領域に逃げ込むモンスターはクソの冠を戴く宿命なのだから。
まるで水中から跳ね上がるかのように足元から貪る大赤依が現れる。だが先程とは異なり、テーブルクロス引きの如く足場を吸い込むモーションではない。
地に足ついて対処できるなら逃走以外の択も見えてくる。アラドヴァル・リビルドを両手でがっちりと強く握り、屈んだ俺の真上を通過する貪る大赤依の腹部……胸部同様に何らかの攻撃で酷く破損した腹部に渾身の力を込めてアラドヴァル・リビルドを突き刺す!!
「ぬ、くぉぉお!!?」
深く突き刺したわけではない、だがそれでも身体ごと後ろに引っ張られそうな力に全力で抗って灼熱の黒剣を前へと振り抜く。
櫂で激流を縦に割いたような、抵抗自体はあるのだがヌルッと進むような……そんな形容のしがたい感触と共にアラドヴァルの刃が貪る大赤依の股間辺りから外へと逃れ出る。
傷自体は浅いが、確かに一太刀を本体へと浴びせかける事に成功した。後ろの方で「ああっ! 多分エルドランザのチンが単品ツーセットに!」とかアホな怪文が聞こえてきたが、見た限りこいつ生殖器が見当たらないんだが……メス?
「まぁ、たった一撃で決定打になるとは思っちゃいないが……!」
真後ろで赤溜まりへと飛び込んだ貪る大赤依が派手な真紅の飛沫を立てて再び潜航する。原理的には再融合、が正しいんだろうが見た目重点だ。
「さぁーて……今度はどうすりゃいいんだ……?」
斬っても焼いても、次々と増えていく訳だが……これストック無限ではないかという疑惑が大きくなっているのだけども。そこんとこどうなんです?
「「「Verrraralalalalalalalalalalaaaaa!!!!」」」
すまん、日本語がダメならせめて英語で頼む。
二十分くらいして、再び廃屋に避難した俺とディープスローターは共通見解として一つの答えを導き出した。
「これ耐久だな?」
「同意するよぉ……流石に、四方八方から赤黒くて太くて大っきな剛直に囲まれるのはつらいねぇ……ところで関係ない話だけどドラゴンって爬虫類的存在だから実質あれは亀の頭と言ってもいいんじゃないかなぁ……?」
「魚類だろアレ」
「……いや、亀と」
「魚類だよアレ」
「……海老反ってる! 逞しいのが海老反ってるよサンラクくぅん!」
「魚類っつってんだろーが甲殻類じゃねーか!!」
「んあああバァァァァベキュゥゥゥゥ!!」
傷口にチリペッパーでもねじ込んでやろうか……
「それはそれとしてぇ……ちょっとまずいかもしれないよサンラクくぅん……」
「全部お前が投げてきた豪速球じゃねーか……あン?」
ディープスローターが指差した先を見れば、そこには廃屋故に壁にも床にも存在する隙間からじゅるじゅると浸水するかのように溢れ出す真っ赤な……
「……っ!!」
朽ちかけの扉を蹴り飛ばし、外へと飛び出せば先ほどまでは赤溜まりの圏外であったはずの、かつて森人族達が住んでいた居住区にまで真っ赤な溜まりが広がっている光景が。
「範囲が拡大してる……?」
「サンラクくぅん……良い知らせと、悪い知らせと、さらに悪い知らせ……どれから聞きたいかなぁ?」
「当ててやるよ。良い知らせは恐らく時間耐久であること、悪い知らせは現在進行形で赤溜まりが拡大してる事、さらに悪い知らせは……」
見りゃ分かるさ。
「増殖体が目測だけでも三倍になったってことか」
「それが悪い知らせだねぇ。一番悪い知らせはぁ……このままだと、覚醒の祭壇にまで届きかねないって事さぁ……」
「嗚呼……それは……」
最悪の知らせだ。
ディプスロさんはスキル系統を充実させた後に例のクスリをガブ飲みしてレベル1から純魔をやり直した狂気の近接魔法職




