いきり蜂
基本的にシャンフロのエリアは熟語で形容されている。跳梁跋扈の森のようにそのまんま文字を使っていたり栄古斉衰の死火口湖のように若干文字が違っていたりするが、このエリアに関しては文字違いが文字通り、とでも言うべきだろうか。
「雲上流編……雲の上で流れて編む、まさにその通りだな」
雲上流編の雲海地、俺のアバターで腰程まである濃密な白雲が、大地一面を覆っている。それらは大気の流れによってまるで毛糸を編むかのような流れを形成しており、誰もが一度は夢見る雲の上に立っているかのような錯覚すら抱く。
これが地平線の果てまで続いているなら文句なしに絶景なのだが、所々に岩やら木やらが雲から突き出しているのも……まぁこれはこれで神秘的か。
「少なくとも地面は普通、これ転倒と不意打ちが怖いなぁ……」
実質的に視界の下半分が封鎖されているようなものだ、この雲海以下の背丈のモンスターが息を潜めて襲いかかってきたら厄介極まりないだろう。
と言うかこんな場所に本当にいるのかドミネイオン・ホーネット。聞いた話では他モンスターを調教するとかいう中々独特な生態のモンスターらしいので、蜂以外のモンスターにも警戒する必要があるか。
「エムル」
「はいなっ! むむむ……【アクティブソナー】!」
かつては使い捨て魔術媒体で使用した【アクティブソナー】の魔法も、エムルに覚えさせれば使い放題。大規模強化を施したことでますますオプションパーツ適性が高まったエムルを探知機代わりに、俺は雲流の地を進んでいく。
バリィッ!
「エムル、なんか敵いる?」
「サンラ子サンに恐れなして、みーんな逃げてるですわ!」
「まぁ適正レベル的にもイジメにしかならんからなぁ……」
「でもでも、ドミネイオン・ホーネットも多分逃げるですわ? どうするんですわ?」
「逃げてもどうしようもない状況に追い込んで根伐りにする」
「お、鬼ですわ! この人鬼ですわ!」
もはや俺の装備が腰のベルトを残して弾け飛んだ事など話題にすら登らない。雲の中を泳ぐ……いや飛ぶ? トビウオっぽいモンスターやらの雑魚モンスターが俺から逃げているらしく、全くと言っていいほどエンカウントしない道のりの中、目当ての蜂が何処にいるのかと辺りを見回しながら進んでいく。
「ううむ……下半身が雲のせいで濡れるのが困りものだ」
「アタシは濡れてないから問題ないですわー」
「………」
どぼん、と雲海の中に全身を沈め、三十メートルくらい身をかがめたままでシャカシャカ走り抜ける。
浮上すればあら不思議、水も滴る良い女と濡れ鼠ならぬ濡れ兎。
「…………まぁ、やるとは思ったですわ」
「俺の行動が予測できるくらい絆が深まっているようで何より」
やはりというか、雲海内部はほとんど何も見えない。可視範囲は一メートルを切っていると考えていいだろう。というか伸ばした自分の指先が見えなくなる、五里霧中とはこの事か……まぁナビゲーターが頭に乗ってるので問題はないか。
「サンラ子サン、なんかブンブン飛んでる反応をいくつも感じるですわ!」
「でかした!」
刻傷の適用範囲はこれまで何度か行ってきた検証でおおよそ十メートルくらいから適用される、と結論を出している。アクティブソナーの範囲が半径三十メートルである以上、約二十メートルのアドバンテージは大きい。
一度雲の中に全身を沈めた状態で頭だけを出し、よく目を凝らしてみれば確かに遠くの方になにやらこの純白の絨毯とはかけ離れた黒い粒が見える。鳥にしては滞空が妙であるし、これは本命を引き当てたと言っていいのでは?
「よしエムル……一旦お前はここで待ってろ」
「奇襲、ですわ?」
「あぁ、全力で走れば間に合うと思う。エムル、反応の所までに障害物は?」
「ないですわ! 真っ直ぐ平坦ですわ!」
「上々、それじゃあ蜂駆除と行こうか……!」
封雷の撃鉄・災を装備し、胸をノックして発動。バヂリと黒いスパークを纏った状態で雲に全身を沈め……ゴー!
「っ!」
視界制限くらいで俺を止められると思うなよ!? フルダイブRTAに挑戦する走者は目隠ししてもスタートからゴールまで走り抜けられる猛者もいる、この程度の五里霧中など敵ではない!
過剰伝達状態時は距離感が大きく切り替わる。油断してると何もない場所でバナナの皮を踏んだみたいな挙動になるし、モーションが過剰になっているのに加えて加速もしているので二回転半くらいして死ぬ。
だが逆に言えば普段はバランスの関係で継続が困難な動きも慣性で無理やり安定させることができる、鉄の塊である飛行機が莫大な推進力で空を飛ぶようにな。
もはやほぼ転倒一秒前としか思えない限界までの前傾姿勢のまま雲の中を真っ直ぐ突っ切り、おおよそのアタリをつけた場所で跳躍。
そして跳躍と同時に封雷の撃鉄・災を解除! 十秒以下なら体力は減らない、連続でやるにはオンオフのモーションがネックだが一回きりなら有効な戦法だ。
「モンスターパニック的奇襲術だオラァ!」
気分は海面からいきなり飛び出してジョックを海に引きずり込むサメだな、だが俺はチェーンソーを喰らうほどヤワな挙動はしてねーぜ。
シャンフロでの蜂と言えば帝蜂双剣の素材元たるエンパイア・ビーを想起するが、あれはどちらかと言えばミツバチがモチーフだった。だが運海面から浮上した俺の射程範囲に捉えられたドミネイオン・ホーネットは真っ黒なスズメバチ系……あきらかに種族繁栄の手段が襲撃と捕食で成り立っている手合いだ。
まぁスペックが違うのでそう大して脅威を感じることはないのだが。
「不意討ちってやつだぁ!」
真下から真上へと弧を描いて振り抜いた傑剣への憧刃がドミネイオン・ホーネットの腹を切り裂き、既に発動していた縷々閃舞の効果によって三倍になったヒットエフェクトが黒蜂の体力を喰らい尽くす。
「まずは一匹!」
レア素材を要求されるかもしれないからな、とりあえずこの場にいる蜂は全て狩り尽くす!!
乱暴で雑に扱っても割と大丈夫、的な風潮が俺の中で確固たる存在感を放ち始めた傑剣への憧刃君をぶん投げ、命中して怯んだドミネイオン・ホーネットをもう片方の傑剣への憧刃で斬り伏せる。
蜂が空中で爆散し、素材と突き刺さっていた傑剣への憧刃をキャッチしつつ次の蜂へ。と、ここでドミネイオン・ホーネットの妙な動きに気づく。
ビィィィィィィィィ………!!!
「いやお前らはビー、じゃなくてホーネットだろ……じゃなくて」
俺はこのエリア、さらにはこいつらについてある程度の事前情報を持っている。だからこそこいつらが単なる蜂でないことを知っているし、逃走せずに反撃を試みるという意味が何を指すのか、薄々だが感づくことができた。
例えば、だ。自分よりも強い相手に喧嘩を売られたとして。自分の力が足りない以上は普通逃げ出すだろう。
だが逆に、そんな力の劣った者が逃げないシチュエーションとは何か……簡単な話だ、対抗できるだけの「手駒」がいるって事だろ……!
「下僕を呼ぶためのホイッスルってか……!」
揺れる地面、後ろからエムルの声が聞こえる。どうやらエムルの探知範囲に何か大物が入り込んだらしい……分かるさ、あんなにあからさまにデカい雲の塊がこちらに近づいてきてりゃあな……!
「パォォォォォォォォォオオオン!!」
「でっか……!」
大型車、いや下手をすればそれより巨大な雲の塊から灰色の「鼻」がにゅっと突き出され、それがのたうつ蛇のように暴れ狂いながらその身にまとわりつく雲を吹き散らす。
こいつが雲上流編の雲海地におけるレアエネミー、クラウダイブ・エレファントか………!
というかてめー、俺への対応的にレベル100超えてんのに何ドミネイオン・ホーネットの子飼いになってんだよコラァ!!
ドミネイオン・ホーネット「勝ったなガハハ」
なお流石に成体のクラウダイブ・エレファントを捕獲調教することはドミネイオン・ホーネットであっても不可能なので親から逸れた個体を子供の頃からみっちり調教したのがこの個体。光源氏計画……!




