六、宝探し
上下に動く胸に集中して呼吸を調えます。
「……君、本当にディアボス伯爵のお嬢様?」
「あら、お迎えに来てくださったのね、助かりました」
顔をひきつらせているのは、先ほど騎士隊と父への伝言を頼んだ、従者とみられる赤い髪の男性でした。針を退くと、彼も剣をおろします。彼の後ろには確かに隊服を着た男性が三人いました。彼らには何もしていないのに、何故か顔をひきつらせています。あぁ、潜入の緊張からでしょうね。
「この階段の一番奥です。敵は見張りさえ一人も配置されておりませんでしたわ。騎士隊が来ると子どもたちには伝えてありますので救出をお願いいたします」
「ありがとう、行くぞ」
赤い髪の従者と騎士隊三人は階段を静かに上がっていきました。わたくしをこの場へ置いたままだなんて、誉められた態度ではございませんわね。ですが、助かりました。
彼らには話していませんが、侍女のロールには話したことがあります。ロールも緊張からか聞き逃してしまっていたようですが、わたくしはまだ逃げられません。
この屋敷が人拐いの根城であること、屋敷の所有者が人拐いの仲間であるという証拠が必要なのです。
「宝探しと参りましょうか」
スカートの裾を持ち上げると、もう一度使用人用の入り口から入り、そのまま一階を走り抜けます。この棟はどうやら住み込みの使用人用ですから、一階にしか別棟への道はないでしょう。思った通り、最奥にドアがありました。ノブを回すと鍵はかかっていないようですんなりと回ってくれました。
書斎や金庫であれば、二階でしょう。少し先に玄関ホールが見えます。二階へと上がるには玄関ホールの階段しかありませんが、何も正面から乗り込む必要はございませんわね。
不自然に突き出た柱がすぐそこにあるのです。壁を触っていきますと、指がすっぽり入り込む穴が開きました。これはわたくしが開けたのではなく、触ると開くように出来ているのです。その穴へ指を差し、がたがた揺らすと右へ動きました。動く方向がわかれば力を入れずに右へ滑らせるだけです。開いた壁の中へとわたくしは入り、戸を元へと戻しました。開いた指の穴は、裏から栓のように木の欠片をねじ込むだけでした。
ここは、使用人用の通り道です。お客様や主人の前を洗濯物などを持って横切るのは見苦しいので、このような秘密の抜け道が作られています。非常時には避難通路にもなりますが、その逆もあり得るのです。
今のわたくしのように彼らにとっては良からぬ者が利用すれば、まず見付けられないでしょう。通路で使用人に出会ったとしても、通路内で倒してしまえば再び誰かが通るまでは気付かれません。
手探りで階段を上っていきます。通路は灯りがつけられておらず、普段は使われていない屋敷なのか、使用人を雇い入れていないのかでしょう。手が壁に当たりました。左右も壁です。つまり、どこかの部屋か廊下の柱に着いたということでしょう。両手を使い、壁を撫でていきます。ずり、と通路に音が響きました。どうやら回転扉のようです。また針を持ち直します。
出きるだけずれる音が鳴らないようにそっと押していきます。光が漏れて、すき間が開きました。外の様子をうかがいますが、よくわかりません。少しずつ開けていくと、本棚の並ぶ部屋の中だとわかりました。しかし、書籍はすかすかでほとんど入っていないようです。シーツのかかっていないベッドもあります。警戒しながら出ていきますと、大きな窓のずいぶん立派な寝室だとわかりました。
それならば、続きの部屋が居間になっているはずです。そこから廊下へ出て今使用していると思われる部屋を探しましょう。回転扉を閉じると、一つだけあるドアへ向かって歩き始めました。
「……違うわ、出入りがある」
光に透けて、埃の上に足跡が見えました。大きな靴跡です。足を止めて身を屈めます。何度も出入りしているのでしょう。入ってきて、出ていく足跡が重なっています。それに、大きさは同じくらいなのですが、靴底の模様がいくつかあるようです。一人が何足も靴を変えているのか、複数人が出入りしているのかはわかりません。ドアから続く足跡は、すべてベッドへと向かいます。わたくしは足跡の先へ歩き、膝をつきました。ベッドの下を覗き込みます。
「わざわざこんなものを……」
ベッドの裏に、袋が釣り下がっていました。その袋からは紙が何枚か出ています。その中の一枚を引き抜きました。身を起こして読んでみます。
誰が、どこで、どんな女の子を拐ってきたのか。これは拐われた女の子が一覧になっていました。手をベッドの下へ伸ばしてもう一枚引き抜きます。こちらは、三週前の拐われた女の子の取り引き証書のようです。我が国の何名を誰から誰へと、いくらで取り引きしたのかサインと拇印付きの割り印だなんて、最重要書類です。女の子を引き取ったのはモール商会のチューニング・レシスというサインです。では、女の子を引き渡したのは一体誰なのか。
がちゃがちゃとドアノブが動きました。書類を折り畳みながら立ち上がります。宝を見付けて警戒が薄れていたせいで、気が付くのが遅れました。エプロンのポケットにしまい込んで針を持ち直し、ドアの横へと背を預けました。
かちゃりと開いたドアからなだれ込んできたのは、騎士隊です。そして一番最後にドアをくぐったのは、すみれ色の瞳の男性でした。ふと目が合い、彼はびくっと肩を震わせました。
「こ、こんばんは」
「何してるんだ!子どもたちと逃げたんじゃ」
大声で怒鳴られて、騎士たちも振り返り、驚いた顔でわたくしを見ていました。それに気がついた彼は咳払いで誤魔化そうとし、続けろ、と騎士たちへと指示を出しました。お若い方なのに、どうやら騎士よりも上の立場の方のようです。
「せっかくですもの、お宝探しをしたくて」
「お宝探し……どこに?」
折り畳まれた二枚の紙をエプロンのポケットから差し出すと、ざっと目を通した彼は眉間にしわを寄せてしまった。
「ベッドの下ですわ」
騎士たちは頷くと下を見てありましたと報告しました。それにしても、もう少し気を使って部屋へ入ってきていただきたかったものですわ。
「そうそう、このドアの前に三種類の大きな靴の跡がありましてそれがベッドへと続いていたものですから見付けましたの。ですが、これだけの人数がドアを抜けてしまいましたからもう誰の足跡なのかわからなくなってしまいましたわ」
頬に手を当てて、困ったわと首を傾げると、騎士たちは目を反らしてしまいました。もちろんこれは突然わたくしを怒鳴り付けた彼の責任です。えぇ、わたくしを怒鳴り付けたのも最悪の手です。
「怒鳴られてしまって萎縮してしまいましたし敵に見付かるかもしれないと震えましたがなんとか書類の場所をお教えできてようございましたわ、ねぇ?」
すみれ色の目は怯えたように揺れて、すまない、と小さな呟きが聞こえました。
女性に怒鳴り付けるだなんて、最低ですわ!