四、二組の追跡者
父の私兵は全員で六名だったはずです。彼らは今ごろ居なくなったわたくしと侍女のロールを探していることでしょう。ただ、見付かりっこないでしょうね。ここは外ではなく、部屋の中です。しかも、残念なことに平民の屋敷ではなく、それなりに高位の貴族の屋敷だと思われます。
周りでは泣き疲れた小さな子どもたち、それも女の子ばかりが居ました。わたくしと、成人済みのロールが年長です。
この場にたどり着いたのは偶然でした。
わたくしとロールは二人で、町の広場に立つ市場へとやって来ました。もちろん、少し離れて護衛はついていました。父の私兵です。
そんな中、かわいらしいレースやリボンを売っているお店に足を止めてはしゃいでいました。わたくしたちの他にも、たくさんの女の子で賑わっていました。ですから、誰も気が付かなかったのです。その中から、ふと居なくなる女の子が居るだなんて、想像できません。
しかし、わたくしは気が付いてしまいました。視界の隅の女の子が消えたことに驚いて顔を向けると、スカートだけが見えました。旅人がよく纏っている茶色の足首まである長いマントの中です。男が、女の子を抱えて、マントで隠して連れていったのです。わたくしはロールを促し、後を追いかけました。近付き過ぎないように気を付けながら、平民の住む地区から、明らかに大きな屋敷の建ち並ぶ地区へと流れていきます。大きな屋敷の向こう側には王城が見えているので、貴族の住む地区でしょう。
その頃には、すでに男はマントで女の子を隠すことなく脇に抱えて足早に道を行きます。ロールもわたくしも、ここまで長い時間歩き続けることは無かったので、くたくたでした。はじめのうちは帰りましょうと促していたロールも女の子の手足がだらんと垂れ下がっているのを気にして、何があってもお守りしますと言ってくれました。人拐いを目の前にして諦めるなどできませんが、わたくしのせいで父からロールにお咎めがあったら、わたくしは家を出ましょう。この時にはすでに護衛から離れてしまったことに気がついていました。彼らは父の私兵ですから、それもお咎めがあるかもしれません。ディアボス伯爵家の名を汚すような真似はできません。
歩いていた男が少しきょろきょろと辺りを見回しました。慌てて生け垣の影へと身を潜ませます。しばらくうろうろと行ったり来たりを繰り返していましたが、ひょいと中へと入りました。出てこないかとしばらく見ていましたがその気配はないため、ロールと頷きあって入っていった場所を確かめようとしました。
「はーい、待ってねー」
「ひゃ!」
ロールが悲鳴をあげました。はっと振り返ると、若い男が二人で立っていました。素早く全身を確認すると、帯剣していますが騎士服は着ていません。ブラウスにスラックス、ブーツという普段着のような感じです。赤い髪の人はにこにこと微笑んでいますが、薄い金色の髪の人はすみれ色の目でじっと見ています。なんだか、居心地が悪くて視線をそらしてしまいました。
「アイツを追いかけてたらどうやら君たちも追いかけてたみたいだねぇ」
「アイツとはどなたのことです?」
人拐いの一味かも知れないと思ってとぼけてみました。赤い髪の人が、くい、と顎をしゃくって、マントの女の子拐ったやつ、と言いました。
「市井で出歩くのなら言葉遣いを直した方がいい、俺たちもそうしてるから」
「……ご忠告痛み入りますわ」
「さて、屋敷はわかったから騎士へと通報しておくから君たちは帰りなよ」
ロールはほっとしたように力を抜きました。しかし、わたくしはそれでは遅いことを知っています。人拐いは最近よく聞く組織でしょう。
顔をあげ、じっと見つめたままだったすみれ色の目の人を見つめました。普通は主ではなく、従者が話をするものです。ロールは息が切れていたのでわたくしが話をしただけで、本来ならばロールがやり取りをすることになります。つまり、先ほどから話をしながら微笑んでいる赤い髪の人が従者で、わたくしたちを観察しているすみれ色の目の人が主でしょう。
「あの人拐いは『モール商会』の者たちでしょう。モール商会は奴隷商です。特に女性を奴隷が認可されている国へと売っています。我が国では奴隷の売買と使用が禁止されておりますから、モール商会の表向きの取引許可は雑貨売買となっています。しかし、どうやら我が国で女性を拐い、他国へと売りさばいているらしいのです」
そこまで一気に言うと、すみれ色の目は丸くなっていました。
「それをどこで?」
「我が家では誰も教えてはくれませんが、たくさんの暗示が散りばめられておりまして、それらを解き明かした結果です」
はじめて口を開いた彼は、低くお腹に響くような声をしていました。とっさに力をいれてしまいます。わたくしが伝えたいことはこれだけではありません。
「このモール商会は奴隷とする人を、拐ったその日のうちに他国へと連れていくと言われています。すでに向こうの空が紫になっていることを考えると先ほどの女の子が本日の最後の人拐いでしょう」
「つまり、騎士隊を待っている暇はない、か」
彼は口を引き結び、人拐いが入っていったであろう屋敷を見上げました。こほん、と咳払いをして彼の注意をわたくしに引き戻します。
「よい考えがあるのです」
笑ったわたくしに、彼らは怪訝そうな顔をしました。
わたくしとロールは妹がここに連れ去られたと入り口で騒ぎ、出てきた二人の男に引きずられて同じく拐われることとなりました。
彼らには騎士隊と、父への伝言を頼みましたので、そのうちどなたかがやって来てくれるでしょう。
問題は、いかにして時間を稼ぎ、国から出ないかということです。ふふ、と思わず声が漏れてしまいました。これからが、今まで培ったお勉強の成果をお見せするときです。世のため人のため、貴族としてあるべき姿を体現するのです。
さぁ、勝負いたしましょう、モール商会さん。