三十三、はじまる
朝食時に家令のフィートとその父フィッツナーが二人そろって立ちました。あとで話したいことがあると。第二王子もお呼びとのことで、わたくしは何かが起こり始めたことを認識しました。今、この家の指揮はわたくしがとることとなっています。本来ならば成人している家族や、依頼された親戚が担うのでしょうが、きっと当主である父の命令のもと、色々とお仕事中なのでしょう。
「あぁ、最後か?待たせた」
「いいえ、わたくしも今参りました」
第二王子が大広間へと入ると、父の兵士たちは全員出ていきました。しかし、中にはすべての使用人が待っています。侍女も庭師も御者も料理人も、すべてです。用意された椅子へと腰かけます。第二王子の後ろには国王陛下から派遣されたと思われる男性がお二人立っておりました。
「先に紹介させてくれ。父上の私兵だ。他にもいるが顔を知られると困るから今は二人だけだ」
「警備を担当いたします兄のシュリと申します」
「伝言鳥を扱います妹のキュリと申します」
第二王子に促されてお二人はご挨拶してくださいました。男性かと思いましたら、お一人は女性でしたのね。確かに伝言鳥を扱うのならスカートでは足がもつれてしまうでしょう。
「よろしくお願いいたします」
頭を下げるとお二人も下げてくださいました。それを見てから家令のフィートへと頷きます。フィートは滑らかに話はじめました。
「お集まり、ありがとうございます。今回お集まりいただきましたのは、ただ今お屋敷にはダリアお嬢様、マルーム殿下のお二人のみがご滞在になっており、標的になりやすくなっていることはご理解いただけているかと思います」
「えぇ、そうね」
第二王子殿下もわたくしの言葉に頷きます。
「今回使用人にも現状をわかってもらうためにこの場をもうけました」
わたくしはそっとフィートの背後を見やりました。全員がわたくしの生まれる前にこの屋敷へ来た使用人です。中にはここで生まれた者もいます。
「昨日夜に侵入者がありました」
多かれ少なかれ、貴族家の常識と申しましょうか、ディアボス家を敵とみなす派閥から、情報を得ようと間諜が送られることがあります。それが昨夜ということは、今の事件に関わるような相手だったのでしょう。
「……お会いになりますか?」
「え?間諜に?」
「捕まえたんだろう?尋問は終わったのか?目と口と手足を潰す前か?」
「尋問前でございます。特に、マルーム様にご覧いただきたいのです」
「わたしに?」
確かに捕まえたのであれば当主が面会することもあるでしょう。それが第二王子にというのはおかしな話です。しかし、今の我が家に侵入するのであれば、やはり事件に関わることなのでしょう。
第二王子と顔を見合わせます。わざわざ尋問前に申し出てくるのです。顔を見た方が良いのでしょう。
「わかりましたフィート、つれてらっしゃい」
返事のあと、さっと大広間を出ていきます。その間に二人兵士が入ってきました。わたくしと第二王子のそばに控えます。
「歩け!」
引き立てる兵士の声と同時にドアが開き、フィートが戻ってきました。その後ろに、兵士と縄に縛られた間諜が続きます。間諜は俯き、長い髪で顔が見えませんが女性のように線が細いようです。
わたくしはそのくたびれた様子に眉をひそめます。乱れた髪、煤けて黒ずみ、擦り傷だらけの手足、破れたワンピース。まだ尋問もおこなっていない状態でこの様子です。父の兵士たちが捕縛でこのような状態にするとは思えません。
「……パルマ?」
凝視する第二王子から呟きが漏れました。どこかでお聞きしたお名前です。間諜が髪の間からね睨めつけました。
「役立たずの癖にあたしの名前を呼ぶんじゃないよ!」
噛みつくような叫び声は大広間によく響きます。わたくしにはこの女性が誰なのかわかりませんが、第二王子は言葉が出ないようです。それでも視線を外さないのは、良くご存じな方なのでしょう。
「はん!こんなことなら第一王子にしときゃよかった!」
「……ここで、何をしたのだ?」
「金になる仕事なんだよ!なぁ、そこのお姫様はお前の新しい女だろ?頼むよ、モール商会について書いてる書類くれよ!それを焼いたら大金なんだよ!」
わたくしまで言葉を失いました。久しぶりにモール商会の名を聞きました。わたくしが謹慎となるきっかけです。あれ以来モール商会だと思われる奴隷にするための人拐いは起きていませんでした。モール商会の書類がこの屋敷にあるとは思えません。今回の父や兄様方のお仕事に関わるのであれば持ち歩くでしょうね。
第二王子は首を横に振りました。
「それはできない。それに彼女は兄上の婚約者だ。失礼な口をきくな!つれていけ!尋問を開始しろ!」
「なんだと!どこまで役立たずなんだよ!」
ふざけるなと叫びながら大広間から出されていく女性を、第二王子はもう見ていませんでした。口を横へ引き結び、膝で握った拳に滴が落ちます。
ハンカチで涙を拭うのを見ながら、彼女は第二王子にしなだれかかっていた恋人だと、やっと思い出しました。




