三十二、二人きり
ぎゅっとエドガー様にしがみついたまま、以前来た噴水へとやってきました。変わらず静かな場所です。噴水の縁へと腰をかけて落ち着きます。
わたくしは運ばれている間に、お会いしたら謝ろうと思っていたことを思い出しました。
「エドガー様、先日は申し訳のないことでございました」
なんのことかわからないようで、じっとわたくしを見ています。
「あの、応接間でマルーム様と楽しくお茶をしていると……エドガー様とはお茶をしたことがないことを忘れておりました」
「あぁ、そんなことか!」
楽しそうに目を細めて微笑まれます。なんて素敵なお顔なのでしょう。胸が苦しいくらいに早く動いています。
「いや、気にさせたかすまない。ちょっと悔しかっただけだ。マルームに君も味方だと理解してもらうにはお茶の時間をすごすことも必要だとわかっているから」
「そうですか、よかった」
「君とお茶をする時間がないかわりにこの時間もあるしね」
「次にお越しになったら家令にお茶を用意するように申し付けますわ」
「あぁ、それはいいな」
思ったよりも怒ってはいらっしゃらず、わたくしはほっといたしました。侍女たちに責められて、第二王子への態度までおかしくなってしまって体調を心配されてしまいましたもの。第二王子に侍女が耳打ちしてしまい、どれだけ恥ずかしかったことか。兄上はお優しいから安心するようにと苦笑にとどめてくださったことも申し訳のないことです。
「ところでそろそろいいだろうか、だいぶ辛いんだ」
「お辛い?何がですの?」
「ここなら誰もいない。二人きりだ」
何をおっしゃっているのか、わかりませんでした。首をかしげると、困ったように微笑んで、顔を近付けてきました。その表情はわがままを申し上げたときに大兄様がするようなお顔でした。
「エドガー様?」
こっそりと何かお話になるのかと思ったのです。ですから、逃げることなど考えていませんでした。
「ディアボスの智の末姫、かわいらしいわたしのダリア」
息を飲みます。エドガー様の声は、囁くようなかすれた声で、わたくしの身体がきゅっと縮こまります。あぁ、どうして目を開けていたのでしょうか。いつもは優しいすみれの色が、闇に霞む月のようにあやしい色をしています。どんなにその色が危ないのかわかっていても、拒むことなどできやしないのです。
「ダリア、その目にわたしだけを映して」
目尻に口付けを受けて、やっと目をつむることができました。しかし、今度は耳から聞こえるエドガー様の吐息に集中してしまい、どんどん身体が熱くなってきます。これでは目を開けていた方がましだったかもしれません。
「わたしだけを感じて」
「ひゃっ!」
耳に熱い息がかかって、わたくしは身体を震わせました。
「愛してるよダリア」
くちびるに触れる口付けの合間に何度もお言葉をいただきます。愛していると、好きだと、かわいいと、それがわたくしの熱へと変わっていきます。その熱はわたくしを欲深い者へと誘うのです。
「……いいよ、好きなようにして」
触れたあとに離れていってしまうのがさみしくて、離れたくなくて、エドガー様のくちびるを追いかけます。離れないようにエドガー様の首へと腕を回すなんて、なんて失礼なのでしょう。離れないようにと考えたら、くちびるでは物足りなくて、口で呼吸をするように大きく開きました。
「そのまま……もう少ししようか」
わたくしは自然と目を開けていました。俯いたエドガー様の額に髪が崩れているのをはじめて見ました。見つめあったままに深く口付けを続けます。何度も位置を直しながら気の向くままに口付けていると、ふわふわとベッドで寝転がるような気持ちよさに頭がぼんやりしてきました。
「……気持ち良さそうだな」
息なのか声なのかわかりません。エドガー様の顔が笑いました。その瞬間、目の前に火花が散ったかのように身体が痺れました。その痺れは嫌なものではなく、快感となって身体を駆け抜けていきます。
肩で息をしながらただわけもわからずエドガー様を見返しました。
「感じやすいのか、わたしだからか。どちらにしても素晴らしい」
エドガー様の腕が動いているのを目で追って、愕然としてしまいました。何故今までまったく気付いていなかったのでしょう!
本日で三回目です。ほとんど裸のような一枚の薄いワンピース姿をエドガー様にさらしていたなんて!
それに、胸の前のボタンが半分ほども外されて片方の乳房がこぼれているではないですか!それをやわやわと揉んでいる手に気が付いていなかったなんて!
「キッんっ!」
なだめるように口付けされて、悲鳴を飲み込みました。なんてこと、なんてこと、なんてこと!
「ダリア、騒がないで」
「なんてことを!」
「気持ち良さそうだったけど」
そう、気持ちよかったのです。今も胸の突起が触れられるたびに身体が跳ねてしまいます。
「今夜はこれくらいにしておこう。今度は君から愛の言葉を聞けるのを楽しみにしておくよ、ダリア」
力なくエドガー様の胸を叩くことしか、今のわたくしには出来ませんでした。家令のフィッツナーにはエドガー様をお出迎えした時には先に報せてもらうことにしましょう。寝る間際に着替え直すのは面倒ですけれど、このようなことになるのならきちんと着替えておきましょう。絶対に。




