三十、兄弟の語らい
はじめて応接間での尋問へわたくしも参加できることになりました。とは言っても、すでにだいたいのお話は終わっているらしく、軍務大臣は少し前からいらっしゃっていません。つまり、最近ではエドガー様と第二王子のお二人でお話をしていたそうです。ただ、エドガー様の護衛でいらっしゃっていた近衛騎士の皆さまの反応は良くはなさそうでした。沈黙が耳に痛い、息ができない、会話にならない、など、どうもお話自体ができていないようです。噛み合わないというわけではなく、声がそもそも出ていないとみられます。
父は兄弟の仲を取り持とうと、婚約者であるわたくしの元へ通うという言い訳を作り、エドガー様を呼び続けていたそうですが、これ以上は無理だと判断したようです。そして、わたくしとお茶をしているとき第二王子は話をしていると侍女たちから聞いたために、兄弟の架け橋としての役目を与えたのです。それほど難しくなく、第二王子とのお茶の延長だろうとわたくしは考えておりました。
それも、甘い考えだとは良くわかりましたが。
「あの……もしかして、いつも、このような時間を過ごされているのですか?」
思わずそっと囁くように申し上げたのは、この静寂を壊すことがいけないことのように感じたからです。エドガー様も第二王子もわたくしをご覧になりました。しかし、お返事はありません。
「エドガー様、何故この場をもうけられているのかは……」
「……わかっている」
首をかしげてしまいます。わたくしの存じ上げている男性は、兄様が基準となっています。
言いたいことがあれば言わないとすべてが叶わない、ということを知っています。姉様やわたくしには譲りますけれど、兄様同士では主張した者勝ちなところがあるようです。言わない方が悪い、という状況で、どのように相手を納得、いえ、言いくるめるのかを競いあっているような感じです。一番は大兄様、二番は近衛騎士の兄様でしょうか。負けるのは次兄様か竜騎士の兄様でしょうか。
その様子をいつも見ているので、兄弟が話をしないという場面がとても奇妙です。側室様にお会いすることを禁止されていたのでしょうか。しかし、夜会や懇親会で会話力が必要ではないでしょうか。
「……エドガー様からおうかがいしたのですが、あの馬はお誕生日の贈り物だったと」
「あぁ、あれは……」
はじめて第二王子が口を開きました。そして、エドガー様へと顔を向けます。
「五歳の時に、子馬をもらったんだ。嬉しくて……大事にした。兄上からの最初で最後の贈り物だった」
ふと顔をあげたエドガー様は、目を丸めてます。
「最後じゃないぞ!毎年!毎年だ!」
「何をおっしゃってるんですか?あれ以来いただいていません」
「本当だ!俺の私財から出しているから財務部に記録が残っているはずだ!」
「直接はお渡しになっていないんですか?」
「会わせてもらえなかったんだ。誕生会もなかったし、病気が移ると言われて身体が弱いと思っていた」
「どなたへお渡しになりました?」
「……後宮の、マルームの女官か財務部の文官だ」
苦いものを噛み潰したかのようにエドガー様の顔は歪みました。
「それは横領ですか?」
「そんな……」
エドガー様の選んだものを横から持っていかれてしまっていたようです。第二王子に渡したくなかったのか、高級なものを自分のものにしたかったのか、それともお金に変えたかったのか、それはわかりません。第二王子は声が出ないようです。
「……昨年は馬の鞍だったが……今年は馬か。いや、一から贈り直せばいいか」
「あ、兄上……」
「それでしたら、ご一緒に厩舎へ参りませんかマルーム様!竜にも何頭か子馬がおりますから気に入られたら素敵ですわ!」
「……はい、はい行きます」
まぁ、どうしましょう。涙ぐんでしまいました。エドガー様がハンカチを差し出されました。あの、竜に奪われたハンカチです。マルーム様は受け取り、目を押さえます。あぁ、なんだかわたくしまで涙が出てきそうです。
「馬についてはダリアが詳しいから任せる。ただ、城へ入るのはまだ待ってくれ」
「えぇ、マルーム様もまだ体調が万全ではありませんもの」
「あぁ、すべて、終わらせる」
力強くエドガー様がおっしゃいました。馬の襲撃もマルーム様を保護してから起こっていません。たぶん、第二王子に罪をなすりつけることが失敗し、保護されたことはわかっているでしょう。第二王子が何を証言なさったのかわたくしにはわかりませんが、エドガー様も動くことになったのでしょう。
「あと、マルーム」
「はい」
涙目で、しかし、真剣な顔で第二王子はしっかりとエドガー様へ目を向けました。
「あー、最近、ダリアとよく会うそうだな?」
「えぇ、お茶の時間だけご一緒しています」
「……楽しいか?」
「はい。さすがはディアボスの智ですね。どんな話も広く深く、多岐に渡り、そして語り口調も滑らかでそのへんの学者よりもずっと興味深く聞くことができました」
「うふふ、嬉しいですわマルーム様!特に茶葉の産地と陶器の産地の関係についての考察はおもしろかったですわね」
「あぁ、香り付けの実の話も今度試してみたいな」
あぁ、第二王子は本当に柔らかく微笑まれるようになりました。こちらまで微笑んでしまいます。この微笑み方は財務大臣のものではありませんね、国王陛下のものです。エドガー様よりも似ていらっしゃいます。
「……そうか、楽しかったか」
「えぇ!とっても!」
「……すみません、兄上」
こんなに第二王子が楽しんでくださったのであれば、わたくしも次の話題を考えなければなりませんね。これはよい勉強になるでしょう。しばらくは王城に行くことはないですし、もう一度勉強をいたしましょう。
わたくしが計画を練っている間、兄弟の複雑な感情が交錯していることには気付いておりませんでしたが、後から侍女に叱られてしまいました。婚約者とは、難しいですわね。




