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三、孤児院への慰問

 お断りのお返事はいただいているので、何か別のお話でしょう。家令(かれい)のフィートは微笑みました。


「姫様がお菓子やお茶を楽しんでくださったことが嬉しかったとのことで、料理長が張り切ってしまい、食べきれないほどたくさん用意してしまったらしいのです。一度しかいらっしゃらないことを知り肩を落としてしまって仕事になっておらず、是非姫様にお召し上がり頂きたいとのことです」

「まぁ!あの美味しいお菓子を作った方が?」


 母はキラリと目を光らせました。えぇ、お土産は母や使用人達の分もあり、本当に辺境伯爵様は古きよき貴族であることがうかがえましたもの。使用人を家の者として大切に扱い、護ることは貴族階級として当然のことですので、家族分よりも過分にお渡しいただいたお菓子は使用人達の分を考慮してくださっていることが読み取れます。本日のお使いの方のお話も、料理長をご心配なさった辺境伯爵様のご配慮でしょう。


「料理長をお救いいただきたく奥さまも是非、姫様とご一緒にと」

「まぁ!まぁまぁ!」


 わたくしも嬉しくなってしまって、急いで母に確認します。


「わたくしは特に予定はございませんわ、母様はいかがです?」

「明日と明後日は駄目だわ……それ以降で調整してちょうだい」


 かしこまりました、と家令が下がっていきました。今からとても楽しみです。日程が決まりましたら今度こそ辺境伯爵様の料理長が張り切った結果を堪能いたしましょう。


「今日はもう、湯あみをいたしましょう、まとわりついた嫌な気分をさっぱりしたいもの!」


 母は控えている侍女達へ準備を促しました。まだまだ日は高いですけれど、ちょっとくらい贅沢をしても良いでしょう。気分転換には最適です。

 それにしても本日の第二王子には驚きました。


「いったいあれは何だったのでしょうか」


 国の中枢(ちゅうすう)()れうなどわたくし程度の小娘がおこがましいことですが、五歳上の王子とは到底思えない言動でした。国王陛下は第二王子についてどのような教育がなされているのか、ご存じなのでしょうか。


「あれでは立太子(りったいし)出来ないわねぇ、第一王子はどうなのかしら、頭が痛いわ」


 今回の打診(めいれい)に関わる王子はお二人、そのうちのお一人は今後わたくしには関わりのないところでお過ごしになるでしょう。我が家が退けばたちどころにさまざまな事柄が滞ることは目に見えていますから、父からの陛下へのご説明次第では病気の療養による王位継承権の破棄を命じられたり、最悪の想定では王家からの抹消となります。少なくとも、はべっていた女性は存在がなくなるでしょう。

 少なくとも、陛下への忠誠が父にあるとなると、なにかしらの思惑があっての第二王子の放置である可能性が捨てきれません。

 あぁ、どうやらわたくしは心のどこかで、王子さまという言葉に惑わされていたようです。物語のような、素敵な王子様を想像していたのかも知れません。実際はお顔は整っていらっしゃったけれども、会話にならない方でしたから王子様なんて物語の中にしかいらっしゃらないのでしょう。人間ですし、王子様とて色々でしょうね。

 がっかりしている自身に苦笑しつつ、第一王子はどうかしらと考えます。噂通りの第二王子と同じでしょうか。市井を飛び回る放蕩息子という噂が本当ならば、わたくしも街へと出かければお会いできるかも知れません。


「そういえば、今度の孤児院の慰問(いもん)はわたくしがお伺いしてもよろしいですか?」

「あら、大丈夫?」

「えぇ、院長先生から近況報告を受けて、子ども達の進み具合を見ながらお勉強と職業訓練でしょう?」

「そうね、最近お茶会が多くて慰問の時間をとりにくかったから助かるわ、お願いできる?」

「えぇ、あと、お願いがあるのですけれど……」


 母に難色を示されましたが、護衛をいつもよりたくさん連れていくことで了承をもらえました。


「ありがとうございます母様!大好きです!」

「まぁ、こんなときばかり!」


 呆れたような母と侍女たちの忍び笑いに、恥ずかしい思いをしましたが、それくらい嬉しかったのです。




 幼い五歳前後の子には基礎の算学を、将来には商人を希望している十歳以上の子には損得の計算の仕方を教えます。十三歳になれば、わたくしの父であるディアボス伯爵が後見人となり、王都の商店に見習いとして弟子入りします。孤児院からの通いとなり、成人の十六歳になるとそのまま採用されたり、他の店へ紹介されたりして孤児院を出ていくのです。

 これは、金工や木工の職人や服飾の針子、馬丁(ばてい)や御者、庭師や料理人、子守や侍女といったそれぞれの得意なことに関連した才能を伸ばせるように指導をしています。幼い頃には基礎の読み書き、算学、地理、歴史を学ばせるので、その過程で得意不得意を見極めます。もちろん、基礎は基礎なのである一定基準を満たさないならば専門的な勉強はさせません。子どもたちは生きていくためには勉強が武器になることを理解しているので多少(なま)けることはあっても、勉強を止めたりはしません。

 母やわたくしも教えますが、我が家で働いている使用人たちも教えていて、今日は御者のリースと手芸が得意な侍女のロール、庭師のカサッサが来ています。

 より深い知識が欲しいとき、つまり、特に優秀で貴族の従者となったり、研究者や城勤めの可能性がある者は、貴族の家に連なる者が学ぶ国立の学院があり、そこへ入学させたりします。

 わたくしは学院には試験を二回受けに行きましたが、合格点だったらしく、書類上入学して卒業しました。寮に入ってお友達を作りたいなとも思ったのですが、父に時間が勿体無いとお見合いに連れられて行っていたのでまったく学院の中身を知りません。本当につまらないことです。


「お嬢様」


 わたくしと歳の変わらない子がわたくしを呼び止めました。困ったような、緊張したような顔をしています。その後ろで小さな子どもたちがそわそわとしながらわたくしを伺っています。


「どうしたの?」

「あの、今日は何故綺麗なドレスではないんですか?」


 あぁ、とわたくしは頷きました。服装はいつも、できるだけ華美にはならないようにはしていますが、貴族の上等な物でした。それは針子希望の子の見本にもなるし、商人希望の子の良いものを見極める目を養うためにも必要なことです。

 しかし、今日のわたくしは町の平民が着るようなワンピースを着ています。花の刺繍が裾についたエプロン付きです。軽くスカートを持ち上げ、子どもたちに見せます。


「似合わないかしら」

「え!?いえ!そんな!」

「すごくかわいい!」

「うん!お嬢様かわいいです!」


 叫ぶように口々に誉めてくれて思わず笑ってしまいました。


「実はね、このあと、町を歩いて回るのよ!」


 はじめてのことです。いつも馬車で素通りして孤児院へ来ているし、窓を開けて顔をさらすのは恥ずかしいこととされているので、孤児院から見える範囲の町並みしか知らないのです。子どもたちから聞いている町の様子にいつも興味をひかれていて、気になっていました。

 そう、浮かれていました。

 侍女のロールとレースやリボンに夢中になっているうちに、二人して護衛から離れてしまっていることに気が付かないほどに。

 

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