二十八、まだ早い
身体が熱くて、どうしようもありません。かといって腕の中から抜け出すにも、その、もったいない、と思ってしまって動けません。
そんなわたくしの葛藤が伝わったのか、彼は力を抜きました。彼もずいぶん力が入っていたようで、わたくしは驚きました。これが夢ではないなんて思えません。
「はぁ……わかってくれただろうか?」
「あ、は、はい、わ、わか」
「……君は何に緊張してる?」
「え、あの、わたくしは」
「俺は君に触れていることに緊張してる。いや、か?」
彼の胸の中で必死に頷きます。あ、間違えてしまいました、と思ったら彼に力が入りました。
「いや、だったか、すまん」
「ちちち違います!間違えました!嫌ではありません!夢だと思いました!」
「夢?」
「わたくしは、あなたがわたくしのことを、その、あの」
なんて言えばいいのでしょう。言葉が浮かびません。俯くと背をさすってくださいました。
「まぁ、嫌じゃないなら良かった」
「わたくし、すみれの瞳の君に恋したのです。でも、世間知らずの、何も知らない小娘が物珍しいことを申し上げるから、だから」
「うん、その言い方が悪かったんだな。浮かれてたんだ、一から全部、俺が教えていって、俺にだけ恋をする娘になるだろうと嬉しくて。君がディアボスの智を受け継ぐのを忘れていた。知識量と回転の早さで俺の言葉が誤解の深みにはまっていったんだな」
「申し訳」
「いい、俺も悪かったごめん」
直接お顔を見ていないからでしょうか。だんだんわたくしは落ち着いてきました。
「わたくしが、婚約者でよろしいのですか?」
「むしろ俺の方が聞きたい。こんなに年が離れているのに、いいのか?」
「大切にしてくださる?」
「……もちろん」
最初が肝心だと小説にも書いてありましたし、結婚論や契約論の書物にも似たようなことが書いてあります。今までは家族の探すお見合い相手でよしとするつもりだったのが、わたくしは自分の考えを持ちました。
「わたくし以外の女性に心を移しませんか?」
「当然だ」
「はじめてのことですのでわたくしにはわからないことだらけです。笑わずに教えてくださいますか?」
「手取り足取りな」
「お手紙はお仕事の内容でもいいのですが、一度は恋文がいただきたいです」
「……ど、努力する」
「あと、竜や馬のお世話は続けたいです」
「うーん、それは厩務員たちと話し合ってくれ」
戸惑ったようなお答えに笑ってしまいました。お世話を止めろとはおっしゃらないのですね。
「わたくしをダリアとお呼びいただけますか?」
抱いていた腕が解かれて、わたくしは顔をあげました。離れていった身体がさみしく感じます。
「ダリア」
「はい、エドガー様」
すみれの色の瞳が揺れます。わたくしの肩に置かれた手が、きゅっと力をいれました。エドガー様の目が細まります。わたくしはこの後に起こることを知っています。近付いてくるエドガー様に期待しているだなんて、破廉恥なことを考えています。エドガー様に向かって腕を伸ばしました。
「……何?」
「わたくし、まだ未成年ですの」
わたくしはエドガー様の口元を両手でふさぎました。それ以上はわたくしに近づかせません。エドガー様の眉間にしわが刻まれます。
「それが?」
「成人もしていない娘にお手を出すだなんて、まさかそんな」
「婚約者だろう!?」
「本日こちらへ手引きをなさったのはどなたですか?きっとどちらかでご覧になっていますわよ」
わたくしの手を外しながらエドガー様は身を起こします。
「見せ付けてやればよいだろう?」
「わたくしは嫌です!わたくしはエドガー様としか嫌なのです!エドガー様にしかそんなわたくしを見られたくはありません!すべてのことがエドガー様のものだとおっしゃっておりましたわ!」
手引きをしたのが兄様方のどなたかなんてわかりません。いくら兄妹だとしてもはじめての口付け、だと思いますけれど、見られてしまうなんてお断りです!ただでさえ今のわたくしの顔は熱くなっています。真っ赤に違いありません。さらに口付けだなんて、どのような顔になるかわかりませんもの!
「それに!はじめては二人きりがいいです!」
言い放ったわたくしははぁはぁと肩で呼吸をしていました。呆然としていたエドガー様はがくんと膝を折りました。
「きゃっ!?」
「これは、くるな、だいぶ」
「どうなさいました!?」
わたくしも膝を折り、顔色をうかがいます。顔を片手で被い、深い呼吸を繰り返して肩が上下しています。
「いや、大丈夫だ、問題ない」
「でも」
「あんまり近付かないでくれ、納めるのに時間がかかる」
「え?は、い……」
立ち上がって一歩横へとずれて、見守ります。何かしてしまったでしょうか。いえ、言ってはいけないことでも言ってしまったのでしょうか。
エドガー様が何かを納めるまで待って、わたくしは部屋へと戻りました。まぶたに焼き付いていた馬はエドガー様へと塗りかえられて、わたくしは安心して眠りにつけました。




