二、王家の意向
「残念な報せがきた」
突如、姉様とその旦那様であり義理の兄様であるソロン伯爵まで我が家へいらっしゃって、どうしたのかと思えば、家族会議が始まりました。何故かたいへん重々しい空気です。
残念な、ということはユニラーク辺境伯爵よりお断りが来たのだろうが、素直に喜びたいけれども喜べないため、周りの家族同様神妙な顔をして母の隣に座っておりました。ここでも不思議なのですが、母がわたくしの肩を抱くようにして髪を撫で続けているのです。いつものお断りでないことは明白でした。
それに気が付いた瞬間、さぁっと血の気が引きました。まさか、辺境伯爵からわたくしの粗相があったとお叱りを受けたのではないでしょうか。家に迷惑がかからないようにとあれだけ注意していたのに、いったい何が駄目だったのでしょう。ぐるぐると考え始めるが、やはり、生意気にも茶葉を当ててしまったことでしょうか。それとも、複数の言語を覚えていることでしょうか。
「打診だ」
物々しく低い声で父が話始めました。
「王家より、姫に王子を、と……」
「王子とは、どなたです?」
第二子である外務大臣補佐官の大兄様が確認をしてくださいました。王家には三人の王子と一人の姫君がいらっしゃいます。末の王子と、その双子の姫君はまだ四歳になったばかりなので候補外なのでしょうが、問題は上のお二人です。
お二人とも何故か婚約者がいらっしゃいません。第一王子は正妃様のお子で、わたくしよりも七歳年上、そして市井の酒場を呑み歩く放蕩息子との評判です。第二王子は側室に向かえた財務大臣の伯爵家ご令嬢の血をひく、わたくしよりも五歳年上で、孤児の女性を囲っているという噂です。
どちらも、断りたいですね。
「どちらでも姫が決めて良いのだそうだ」
「お断りを!」
スパッと姉様がわたくしの代わりにおっしゃいました。しかし、それはできないということを姉様も含め、ここにいる全員がわかっておりました。とっさにソロン伯爵が妻である姉様の頭を抱え込んで、落ち着かせるように額に口付けます。姉様のお腹には新しい命が宿ったばかりだから興奮はよくありません。その興奮はわたくしのせいではありますが、どうしようもなくうつむいてしまいます。
「条件はそれだけですか?」
宮廷にて宰相様の部下をなさっている次兄様が慎重にたずねました。
「どちらを選ぶにしても三年間の妃教育を行うそうだ」
「はぁ?この子が?」
「ディアボス家を馬鹿にしているの?」
「三年も要らないでしょ?」
世にも珍しい三つ子の、そして文官家であるディアボス伯爵家にしては大変異色な近衛騎士隊副長、諜報部暗殺隊長、竜騎士隊副長の三人が首を傾げました。
「いいか、何が目的なのかがわからん。たぶん諜報部の情報も規制されるだろう」
第五子の兄様に視線が集中します。兄様はこくりと頷きました。同じ諜報部とはいえ、機密情報隊と暗殺隊で一線は引かれるでしょう。特に今回はわたくしの兄ということで神経質に規制されるはずです。
「早速だが、第二王子から後宮への参内命令が来ている」
「命令、ですと?」
ソロン伯爵が目を細めた。母もより強くわたくしを抱き締めます。
「何故この子が命令されて参内しなければならないのです?王家はディアボス伯爵家に何か含みでもあるかのような扱いではないですか!」
「あぁ、だからわからないと言っているのだよ」
「……確かに陛下というよりは第二王子のしつけの問題かも知れませんからね」
気持ちを落ち着かせるかのように大きく息を吐いたソロン伯爵は姉様の手を握って口を引き結びました。
結局、どう足掻いたとしても逆らうことは出来ないのです。それにまだ、打診であると言い逃れはできるから、頑張って嫌われたらよい、と決まりました。我が文官家としてはなんともお粗末な策でした。
えぇ、嫌われたらよい、と考えている頃もありました。
お茶どころか座ることも許可されず、後宮の片隅にて一方的にあれこれとがなりたてられているのは、わたくしのせいではなく、王家のせいでございましょう。いくらなんでも、心の中までは不敬だとはどなたもおっしゃることはないでしょう。
美しい花壇を拝見したいけれども、庭に設置されたテーブルと椅子から顔をそらせば、聞いているのか、と叱責が飛んできそうです。はじめてではないけれども、後宮の庭園の美しさを拝見しても何の問題もないはずですが、この方には通じないでしょう。付き添いの両親も笑顔で立ち続けておりますし、わたくしにできることは時が早く経つことを願うことのみです。
そもそもこの方にしなだれかかるそちらの女性をどなたも諌めないことが、常識を求めるだけ無駄だと諦めさせるには十分です。
本日を以て、我が家は第二王子を支援しない、いえ、敵対的立場を暗に表することになることでしょう。そして、第二王子に関する書類はほぼ何も通らなくなります。父や兄様ならそうします。つまり、第二王子の母である側室様のご実家である財務大臣家からの支援だけで生活していただくことになるのです。そう、第二王子と敵対することは、財務大臣とも側室様とも敵対するということです。
これは大きな決断でした。我が家にとっても、第二王子にとっても。
はぁはぁと肩で息を吐くのを確認し、父が決別、ではなく暇を告げさせていただきました。
「左様でございますな、陛下には一言一句漏らさず殿下のお言葉をお伝えいたしますし、わたしどもも第二王子殿下とは道を違うということを宣言いたします」
「うむ!」
うむ、ですって。どういうおつもりで満足そうにしていらっしゃるのでしょう。第二王子の周囲の方々はすべて財務大臣家の用意した、側室様と第二王子に都合の良い方ばかりでしょうが、わたくしたちをご案内くださった近衛の方々は遠くに視線を投げていらっしゃいます。というのも第二王子のご発言の件だけでなく、どうやら第二王子にしなだれかかる女性の視線が、近衛への憧れなどとは違い、娼婦のそれであることに不愉快であるからのようです。側室様であればこのような女性を近付けないような気もするのですが、どういうことなのでしょう。財務大臣とて、遊びの相手くらいはある程度考えて引き合わせるでしょうに。不思議です。
孤児への救済、教育、仕事の斡旋が出来ていないことの現れですわね。この女性の強かさは評価出来ますが、幾分欲張りですね。孤児に対する援助について、しかと心に留めておきましょう。
「うふふふふ」
母の笑い声は聞かなかったことといたしましょう。
今回の第二王子の呼び出しは、愛する人がいるのを理解していながら権力を振りかざし妃に成ろうとしたことを怒鳴られたということでしたね。要約しなければならないほど支離滅裂でした。ご教育は大丈夫なのでしょうか。
何はともあれ、これで義理は果たしたと喜びながら陛下への謁見を願い出た父を残して母と二人で帰宅しました。きっと父は文官家の意地を以て本当に一言一句違わずに国王陛下へとご報告することでしょう。恐ろしいことです。
「お帰り早々申し訳ございませんが奥さま」
「あら、どうしたの?」
長時間立ち続けていたため、足も痛いし喉もからからだったので、母と二人ソファーに並んでお茶をいただいていると、家令のフィートが頭を下げました。黒に近い茶に、最近は色が抜けはじめた白色が混ざり始めました。フィートの父も我が家で家令を、その父も家令をしていたという忠誠を誓ってくれた家の三代目だとのことです。私は忙しいフィートよりも、その父で家令を引退したフィッツナーに幼い頃に遊んでもらい、なついている。
「先日姫様とお見合いをなさった辺境伯爵様より使いの者が参りました」
今まで、お見合いの相手から、断りの連絡以外に何かあったでしょうか。私は急に不安になり身体を縮こまらせました。