十八、お菓子のゆくえ
あのクッキー強盗によって、さらにわたくしの謹慎が期限未定となってしまいました。犯人が捕まらないからに他なりません。
わたくしが針で突き刺したところを近衛騎士たちは見ていましたから、手を怪我した人というわかりやすい特徴がありますが、それでも捕まっていません。
黙っていました。もしかしたら気のせいかも知れませんし、何よりそんなことをする必要が無いはずなのです。小娘が作った程度のチーズのクッキーなど、王族が欲しがるとは思いません。
そう、王族は欲しがらないのです。
「お断りいたします」
「この通り!」
わたくしはぷい、と横を向きました。何が嫌かと申しますと、この方のお願いだからです。
「何してんの次兄」
「お前!軍部だけなんでクッキーをもらってるんだ!」
「はぁ?次兄はお相手に作ってもらいなよ」
「そうですね、次兄様にはきちんとお相手がいらっしゃるではありませんか」
あれから、近衛騎士だけずるいとの声があがり、手渡すことはできないと断った上で残りの竜騎士隊や諜報部暗殺隊、警ら隊などにも順番に同じクッキーを焼いて三つ子の兄様たちに持っていっていただいたのです。第一王子の近くにいる近衛騎士隊だけでなく、どうやら他の騎士様たちも女性が軒並み第一王子に流れていらっしゃるそうで、わたくしの態度はたいへん好ましいものであったらしく人気となっているそうです。兄様方には、腐らないうちに食すようにと一言そえてお渡しいただくように申し上げました。近衛騎士たちのクッキーが飾られていると聞いて、わたくしには困惑が隠せなかったのです。たくさんクッキーを作れるのであればいいのですが、わたくしの手作りでなくてはいけないようで、料理長に手伝ってもらうことができず、数は限られてしまいます。
この、わたくしに対する流行はいつになったら終わるのでしょうか。なにより心が痛むのが、何故こうなったのか、です。わたくしとてすみれ色の瞳の男性に恋をしたのです。彼らの周りの女性たちと同じなのです。ただ恋が終わるとき、その一部始終を彼らがご覧になっただけなのです。婚約発表があったために他の女性たちも同じように恋を終わらせていることでしょう。いえ、逆に燃えている方もいらっしゃるかも知れませんわね。わたくしみたいな小娘など、リリー様のような大人の女性に敵うわけがありませんもの。
「……お前じゃないと駄目なんだそうだ」
「少なくとも、お手紙の内容をご存じだった次兄様にはご協力はいたしません!」
「途中からだろう!?」
「へぇ、次兄って、父上に途中から知ってましたって言えるんだ?」
「んぐ!?」
そう、はじめこそお手紙は個人的な恋文だと思っていらっしゃったそうですが、第一王子が出してくる施策案が良くでき過ぎていることが気になって理由を探ったところ、あっさりわたくしに出しているお手紙が恋文ではないことがわかったそうです。それをそのままにしていたのは、わたくしの意見が採用されていくのが誇らしかったということでした。そういうことは恥ずかしいのでやめていただきたいです。
「何を揉めてるんだ?」
「あ、兄上……」
大兄様が入っていらっしゃいました。もともと次兄様はとても大兄様を尊敬なさっていましたが、最近はどこか距離を取っていらっしゃる気がします。
その大兄様ですが、わたくしが外出出来るくらいに落ち着くまでは王城でのお仕事だそうです。申し訳無くて外務大臣や秘書、部下の方へとお礼状とともにあまり甘くない無花果のケーキを二つ焼いてお届けしました。好評だったようでお花のお礼をいただいてしまい、お礼状をしたためようとしたところ大兄様からお礼の切りがないからとやんわりと止められてしまいました。
そういえば、大兄様は何故か軍部へのクッキーは是非そうした方がいいと推奨なさっていましたが、次兄様のお願いもそうなってしまうのでしょうか。
「やめた方がいいね」
「そんな!」
ほっとしたわたくしとは反対に次兄様は悲鳴のような声をあげました。近衛騎士の兄様はにやりと笑って大兄様に確認します。
「あ、もしかして大兄もあの可能性、考えてる?」
「うん、そうだよ」
笑顔で答える大兄様は次兄様の隣へ座って、肩に腕を回しました。それを真似るように、近衛騎士の兄様も反対側の次兄様の隣へ座ると同じく肩に腕を回します。これでは次兄様は動けません。いえ、次兄様はお顔を伏せられて身動きしていませんね。
「だよねぇ?例えばさ、婚約者の手作りクッキーを食べたいからって刃物突き付けるなんてあり得ないよね?次兄」
ぼそぼそと近衛騎士の兄様が話しかけています。わたくしに聞かせたくないのであれば聞きませんし、他で話をしてくださればよろしいのに。
「失敗してますます警護が厳しくなって、しかも軍部へのクッキー配布だなんて悔しいだろうねぇ?」
大兄様も同じように何を話しているのかわかりません。これは昔から我がディアボス伯爵家で見られる嫌がらせの一種ですわね。わたくしにはわかりませんが、男性同士ではおこなってもよいのだと兄様たちにお聞きしました。
「頭を下げに来なさいと言われたのに来ないで知り合いにもらってこさせるってどう思う?次兄?」
「何もわかっていないと思わないか?トロ?」
縮こまっていく次兄様を前に、クッキー作りは大兄様と近衛騎士の兄様のおかげで終わりを迎えたと確信し、お茶で喉を潤しました。お茶菓子はわたくしの手作りではなく、料理長のショコラでした。




