十五、あらためて
何事も無かったかのように、楽隊が曲を奏でるものだから、さぞかしわたくしの顔はおもしろい表情をしていたことでしょう。誕生会の始めのダンスもそのまま行われました。しかしすべて予定通りとは言えず、国王陛下はご挨拶の中に第一王子とわたくしの婚約の話を盛り込みました。そのせいで、第一王子はこの場でプロポーズをわたくしにも正式に行わなければならず、どれだけわたくしが恥ずかしい思いをしたことか!兄様たちが仕事で、母は父が仕事なのでパートナーがおらず、姉は身重で参加できません。竜騎士の兄様だけが見守ってくださいました。ぼろぼろと涙を流し、お隣のリリー様からハンカチを受け取っているのを視界におさめ、兄様だけでよかったと安堵いたしました。これが家族全員かと思うと辛いものがあります。
二回目のダンスも身体は覚えた通りに動いていくのが本当に不思議です。
「なんか、あまり、驚いていないな」
つまらないとでも言うようにエドガー様は身体を揺らします。わたくしは暗殺隊の兄様を目だけで探していたので、エドガー様へ視線を戻しました。
「何に驚けばよろしかったのですか」
「俺が誰なのかだ」
口調が市井に居るときと同じです。たくさんの方が周りで踊っているので聞こえてしまったらどうするのでしょう。
「それならば驚きました。それ以上のことが起こってしまっただけのことですわ」
「あぁ……どう思う?」
「その前に、よろしいでしょうか」
「どうぞ」
軽い口調で応じてくださいますが、これでもわたくし、色々と納得しておりません。
「まず、婚約してくださってありがとうございます」
「千回記念、おめでとう」
にやりと笑われて、胸がもやもやと嫌な気分になりました。確かに千回目のお見合いです。お礼を言ったのはわたくしですけれど、言われたい言葉はそれではないのです。
「……お手紙もありがとうございます」
「さすがはディアボス家だな、大いに参考になった。君の二番目の兄上も誉めていらっしゃったよ」
次兄様、エドガー様と一緒だったのですね。わたくしに送られているお手紙の内容もよくご存じだったのですね。三つ子の兄様たちが恋文ではないとおっしゃった、あの手紙をご存じだったのですね。
「エドガー様、初めてのお手紙の内容を覚えていらっしゃいますか?」
「ん?何かあったかな……」
「わたくしに好いた相手が居るのかと」
「あぁ、あれだけ君を慰めたのだ、俺以外に居ないだろう?君は世間知らずだからね」
それを聞いた瞬間、震えが走りました。ふらりと足がよろけます。おっと、と彼は難なく抱き止めてくださいます。
「どうした?」
「……兄様のところへ」
兄、と呟くと踊る人の間を縫い始めました。どうやら近衛騎士の兄様のところのようです。立てなくなったわたくしを抱き締めて、抱き上げていると気付かれないように運んでくださっています。下からお顔をうかがうと、さすがに少し焦っているように見受けられます。
「どうなさいました?」
「震えている、兄のところへと言うからつれてきた」
上擦った声から兄様も驚いていることがわかります。申し訳なく思いながらもどうすることもできずに、エドガー様の腕の中から抜け出すと兄様へと飛び付きました。
「ダリア!どうしたんだ?こんなに震えて……」
「部屋を用意しよう」
「誰か、会場にいるはずの弟を連れてきてくれ、竜騎士の方の」
エドガー様の側仕えが部屋を作りに行き、近衛騎士の何名かが会場へと散らばっていきました。この場で騒ぐと、どんな理由かは様々でしょうが、婚約に対し異を唱える者を増長させるであろうことはわかります。それでも耐えられなかったのです。
第一王子が国を思っていることはよくわかりました。それだけです。国のためになるのであれば、小娘くらい簡単に籠絡するのです。国を、民を守るのであれば貴族は協力すべきでしょう。別に婚姻を結ぶことは悪いことではないですし、わたくしとてあれだけお見合いをしたのです、政略としての婚姻関係を覚悟していました。
ただ、覚悟が恋に負けたのです。
「ダリア嬢!」
「リリー様……」
竜騎士の兄様よりも早く、リリー様がわたくしの名を呼びました。嫌そうな声がします。
「おい、なんでこいつを連れてきた」
「わたしと踊っておりましたから。それに我らよりも女性の手があった方が何かと行き届きますゆえ」
不機嫌そうな第一王子に竜騎士の兄様はさらりと言い返しました。どうやら、兄様の方もご機嫌斜めのようです。近衛騎士の兄様はわたくしを抱き締めて耳打ちしました。
「体調不良じゃないね?」
そっと頷くと、兄様はリリー様へとわたくしを託しました。爽やかな森の空気のような香りがリリー様に移っています。竜騎士の兄様はどれほどリリー様に近付いた、いえ、抱き締めて踊っていらっしゃったのでしょうか。そう考えると少し落ち着きました。戻ってきた第一王子の側仕えから案内されて、竜騎士の兄様とリリー様とともに休憩用の部屋へと下がることになりました。
第一王子へと頭を下げてから、二歩進み、振り返りました。すでに第一王子は近衛騎士たちとわたくしが一度退出する理由について口裏を合わせています。優秀な方です。呑み歩く放蕩者はどこにもいません。噂など信じてはいけません。そして、目で見て、耳で聞いて、肌で感じたことも信じてはいけません。この方のおかげで学びました。
「第一王子殿下」
「なんだ」
わたくしはできるだけ幸せそうに見えると良いな、と思いながら微笑みました。すみれ色の瞳は大きく開いてわたくしを見ています。わたくしだけを見ています、たぶん。
「しばらくお会いいたしません。お手紙も結構です。よろしいでしょう?婚約者ではございますが、恋人ではありませんもの」
「……何を言ってる?」
「わたくしの初恋は叶うことなく散りました。ご安心くださいませ、婚約者として義務は果たしますわ」
「待て、お前の初恋は」
「あらためまして、よろしくお願いいたします、婚約者様」
くるりと背を向けて歩き始めます。呆然としている兄様とリリー様が慌てて追いかけて来ます。部屋へ入ったら、冷やすための手拭いを用意していただきましょう。そろそろ涙が落ちそうです。やはり、素敵な王子様はそうそういらっしゃらないのです。
わたくしは、成人前ではありますが、一つ大人になりました。




