十三、巻き込まれた余興
今まさに佳境を迎えたとでも言うように、大きく腕を広げたかと思うと、一人の女性へと指を向け、睨み付けます。
「王妃となるパルマに嫌がらせを行い、辺境伯爵家の名を使い孤児を卑しめる女などわたしには相応しくない!皆の者、引っ捕らえろ!」
辺りは静けさに包まれました。叫んだのは第二王子です。指を差されているのは美しい女性でした。凛と前を向いたまま、無表情に第二王子とそれにへばりついている女性を見ています。あの方、招待されているのかしら。
行くよ、と兄様が呟きました。消す、と辺境伯爵様から聞こえたのは空耳でしょうか。わたくしは引きずられるようにお二人と指を差されている女性へと向かいました。何があったのか、など考えたくもありません。第二王子ですもの、わたくしも人となりを存じております。嫌がらせや卑しめるなど、そちらの女性はどうみてもなさらないと思います。すらりとした身体はとても鍛えていることがわかります。豊かな深い青の髪は背に波打ち輝いています。
「リリー」
「お兄様、あら」
辺境伯爵様が名を呼んだ方は妹様みたいですね。兄様を見て微笑んだので、お知り合いだったのでしょう。辺境伯爵様の妹様といえば、社交界の女性の人気を一身に集める、女性騎士です。美しさは当然のこと、剣技はダンスのようで微笑みながら相手を倒すという麗しの騎士様だと有名です。第二王子たちへと向ける無表情は辺境伯爵様と兄様のおかげで微笑みが戻りましたね。
「やぁ、そちらは有名な妹姫かい?」
「あぁ、特別に招待を受けた」
「お見知りおきを」
「よろしくね」
あんまり美しく微笑むので、ぼうっとしてしまい、兄様から頬をつつかれてしまいました。むっと兄様を睨もうとすると、真面目な顔付きで向こうを見ていました。第二王子と孤児の女性です。
「第二王子、リリーが嫌がらせをおこなったとおっしゃいましたか?」
「あぁ辺境伯、妹だからと許されたりはせんぞ」
「いつでございます?」
「いつもだ!」
「いつでしょう?」
「三週間ほど前です!後宮の西の棟の階段から突き落とされて……怖かったわ……」
「大丈夫だ、わたしがついている」
第二王子に話を聞いているのにあの女性は話へ割って入ってきました。何故許されているのでしょうか。兄様はくすりと笑いました。
「彼女は三年ほど隣国へと留学しておりましたから、三週間ほど前ならば別人ですね」
「え?」
「わ、わたしのことが妬ましくて誰かに頼んだのよ!」
妹様は首を傾げました。
「何故わたしがあなたを妬むのですか?」
「わたしが王子の愛を独り占めしているから……」
「それで何故妬むのですか?」
「白々しいぞ!お前はわたしの婚約者だろう!」
「いいえ、違います」
「陛下から打診があった時点でわたしが断りました。陛下にご確認になりましたか?」
「そんなはずは!」
辺境伯爵様がお断りになったのであれば、妹様はどなたか他の方に決まっていそうです。こんなに美しいのですもの、引く手あまたでしょう。
「そもそも西の棟の階段とは、どれくらいの高さから落ちたのでしょう」
兄様がにっこりと、それはもう綺麗な仮面を被りました。それに頬を染めるなんて、この女性は見る目がない方のようですわ。ふと妹様と目が合いました。ちろ、と兄様を見やったあと、肩をすくめました。あら、この方とは気が合いそうです。後で兄様について売り込みしてみましょう。こんな姉様ができたら兄様よりわたくしの方がくっついて離れなさそうです。
「十段くらいだったかしら……」
「え?パルマ、怪我は?」
「幸い無かったのです」
「怪我がなかった?……西の棟の階段で?十段の高さで?」
その意味に気が付き、第二王子は焦ったように彼女の両肩を掴みました。痛いと顔をしかめた彼女などお構いなしに問い詰めます。
「パ、パルマ、怪我は本当に無かったのか!?」
「そんなに心配しなくてもぴんぴんしているわ!」
心配ではなく、信じようと必死なのだと思います。訝しげにしているところを見ると、彼女は知らないのでしょう。
後宮の西の棟はかつて、死刑の一つが行われていました。手足を縛り逃げられなくし、轡をはめて声を出せなくし、階段の上から落とすのです。階段は一段が膝丈ほどもあり、轡がはまっているので舌を噛みきることはできません。意識がなくなっても、頭が破裂していても、呼吸が確認されるのであれば何度も上へ吊り上げるのです。罪の重さによって高さが違います。むしろ、罪が軽ければすぐ死ねるように階段の高いところから滑車を使って引っ張りあげ、縄を放して落とします。罪が重ければ死ぬまで時間のかかる下の段から落とされます。
今、この国にはそのような死刑はありません。薬のみです。知らない人の方が多いのかもしれませんが、城の関係者であれば知っていて当然のことでしょう。
「虚偽で王子を謀り、無実の者を陥れるとは恐ろしい」
はっと顔をあげると、王族が側近たちと並んでいます。その中から一人の男性が出てきました。
「そなたを招待した覚えはない。衛兵!放り出せ!」
短く返事をした近衛たちが彼女を文字通り放り出そうと髪や腕を乱暴に掴んで引きずっていきました。喚いている彼女を取り戻そうと第二王子が走りよりますが、近衛たちは無視して出ていきました。
「兄上!なんてことを!」
「マルーム、あのような不埒者をよくぞ捕まえた!よくやったな!」
あぁ、どこからか風が吹いた気がします。王族があのような女性に入れ込むわけがないと、第二王子はわざと恋人のふりをしていたと、この場の人たちにそう思い込みなさいとのご命令ですわね。辺境伯爵様が腰を折りました。
「御意に、エドガー様」
それを皮切りに、おおげさに第二王子を誉める声がそこかしこからあがります。その内に王族がそれぞれ席に着いていきます。第二王子も悔しそうに近衛騎士につれられていきます。もうちょっと騒ぐかとも思いましたが、周りの反応に屈したのでしょう。その横には側室様、その反対に王妃陛下、そして、誕生会の主役がいらっしゃいます。
「……痛いんだけど」
「兄様、帰りたいです」
わたくしの握力では兄様の腕に支障はありません。安心して握られていてください。




