十二、夜会の前に
竜騎士の兄様は素敵な紳士ぶりでした。母にあれだけ注文されていましたから、チーフの形一つとっても隙などありません。そうですわね、三つ子の兄様もいい加減にお相手が必要なのです。わたくしばかりかまっていては兄様たちも婚期が遅れてしまいます。兄様たちは成人してからすでに三年が経っているのです。お仕事ばかりしておりますから出世もだいぶと早いのですが、色恋のお話は聞いたことがありません。
「なんだ?」
「兄様、もしかしてどなたかお待ちなの?」
「え、いや別に」
「こちらで立っていても……」
目に見えてうろたえる兄様を見ていて気の毒になってきてしまい、中へ入るよう促せません。本当はわたくしのお守りではなく、お目当ての女性と入場したかったのでしょう。受付が終わったのにその近くで立ち続けるわたくしたちは目立ってしまっています。
特にわたくしは未成年なので髪をおろしたままなのです。本来ならば夜会には来られないはずなのに会場入り口に立っているので視線が痛いです。中には兄様をご存じで、わたくしがお見合い相手を探しに来たのだと憶測で説明している方もいます。
「やぁ、やはり招待されていたんだね」
こそこそと噂話をしている間を縫うようにして、辺境伯爵様がいらっしゃいました。ずいぶんと大きな声でお声掛けいただいたのは恐らくわたくしどもを気遣ってのことでしょう。この場で兄様が動けないのであれば、周りの方に移動していただくほかありません。兄様は頭を下げました。
「辺境伯、ご無沙汰しております」
「先日は欠席など勝手を申しました」
「あぁ、お母上にはご満足いただけたようでよかったよ」
例のお茶会にはわたくしは欠席しました。今日が久しぶりの外なのです。辺境伯爵様もある程度の情報はつかんでいらっしゃるでしょう。恥ずかしながら、わたくしの謹慎についてもご理解していることでしょうね。
「初めてお会いした時にはずいぶんとおっとりしていると思っていたが……ふふ、エドガーと気が合いそうでよかったよ。推薦した甲斐があった」
わたくしはぴくりと肩を震わせました。なるほど、この方は第一王子と年齢が同じです。微笑みを崩さないように兄様を見てみると、苦笑を浮かべています。
王家と縁を結ぶことなどまったく考えていなかったというのがディアボス伯爵家の感想でした。仕えるべき相手と血を交ぜることが弱味になりかねないというのが前提としてあったからです。王族というのはそれだけで欲を呼び込み、悪事に対して寛容になってしまうのです。自らを律することで周囲に畏れを抱かせることができる、それが必要な気質であるのならば出来るだけ親しい者との婚姻が望ましいと思っております。
気質の面で言うのであれば、ディアボス家は多産になることが多いですね。様々な縁を結び、それらが知識として蓄えられていくのです。もちろん子がなくともどこかで血が繋がっている家の子を貰ったり、孤児でも才能を持つ者であれば養子として迎えますので縁さえあれば多産でなくとも問題はありません。それほど智に貪欲なのです。極度の知りたがりですが、知ったことを何かに活用することは特になく、自己満足で終わらせてしまいます。得た知識を意識的に使わないように押さえているのです。悪意を持って近付く者に利用されないよう子どものころからいい聞かせられています。
「期待しているよ」
「そえれば良いですが」
「さて、中に入ろうか。君たちはまだ入らないのかい?」
兄様次第ですが、すんなりと頷きました。
「はい、ご一緒しましょう」
「あぁ」
女性を待っているというのは、わたくしの勘違いだったようです。辺境伯爵様を待っていたのでしょうか。確かに二人で入るのには少し敷居が高いです。ただでさえわたくしが未成年ですし、父であるディアボス伯爵ではなく、大兄様でもなく、副長とはいえ竜騎士でしかない兄様と二人きりでは肩身が狭く、辺境伯爵様のお申し出はたいへんありがたいものでした。
「嬉しいねぇ、優秀な竜騎士に従われて入場できるなんて」
「代わりに騒動の起点を教えていただきましたから」
「はは!いずれは同じことになっただろうよ、彼女ならね」
やはり辺境伯爵様をお待ちしていたようです。打診が今ごろになってやってくるなんて、よく考えればおかしいですもの。お見合いの数が噂になっているはずなのに、わたくしがとのような人物なのか調査していないはずがありません。それなのに、今になってのお見合いです。辺境伯爵様がどのような推薦をなさったのか、気になってしまいます。
「お見合い姫、兄上の腕を離してはいけないよ、エドガーが迎えに来るまではね」
「……その呼び方はお止めいただけませんか?」
「いや、エドガーより先に名を呼んだら何を言われるかわかったものじゃないからね」
「え!?名を呼んでいただいてないのか!?」
「そういえば、名前を聞かれたことも、呼ばれたことも、お手紙にも宛名はございませんでした」
「何をやってるんだエドガー……」
辺境伯爵様も兄様もため息をついてしまわれました。わたくしは気まずさに肩をすくめながら、お二人に守られ入場できました。




