一、伯爵家のお見合い姫
わたくしがお見合いをはじめたのは二歳の頃になります。
簡単にわかりやすく説明すると、わたくしの父、ディアボス伯爵とわたくしの兄様方五名の計六名が第七子であるわたくしを溺愛していらっしゃって、母と第一子の姉様が止めるのも聞かずに暴走した結果が二歳児のお見合いなのでした。男性陣は年離れて産まれた女児に対し並々ならぬ想いをお持ちらしく、婚姻相手に対し霊峰コルツゥよりも高い理想を掲げているようだと今では理解しています。
そして―――家令が毎回記してくれているお陰で正確なお見合い数がわかっていますが、九百九十八回目のお見合いをしている最中です。
「ほぅ、そうなると後二回で千回記念ですか」
えぇ、と微笑みながら面倒な相手に内心苦い顔をしてしまいました。
年の頃合のいい貴族など限られているのはお分かりかと思います。評判の良い男爵家や子爵家、同じ伯爵家からは釣り合う年頃の子息が、特に問題が見当たらないのにも関わらず、父達の高望みによって破談となっていくのです。釣り合う年頃の子息の兄弟達ともお見合いをしていくので、こんな回数になってしまっています。最近では数少ない辺境伯爵家ともお見合いをしていますが、ディアボス伯爵家の末姫のお見合いは有名になりすぎており、断られる前提でお見合いをさせていただいていました。もちろん、母やすでにとある伯爵家に嫁いでいる姉様の繋がりと、父や兄様の仕事ぶりが評価されているために無下に扱われないというだけです。
今回のユニラーク辺境伯爵家の七歳年上の若きご当主、レトール様もすでに意中の方がいらっしゃるのはよく存じ上げております。それだけに、いたたまれない想いを押しころして、わたくしは笑顔を作らなければならなかったことはご想像いただけるかと思います。
「お父上も、お兄様方も優秀な方々ばかりなのでね、一度、あなたを拝見したかったのですよ」
「左様ですか、父や兄を誉めてくださってありがとうございます」
家族を誉められるのは素直に嬉しい。はじめてわたくしはきちんと微笑みました。
「ですが、わたくしは平凡でございましょう?驚かれたのではございませんか?」
「……いやそんなことはないのでは?」
呟くようにわたくしに気を使ってくださった後、顎に指を添えて、眉間に皺を刻んで何やら考え込んでしまったので、出されたお茶に手を付けます。期待を抱いたお見合い相手が、がっかりした様を隠さなかったり、罵倒してきたりと、それはもう何度も何度も経験しましたので、そこまで
あら美味しい、ともう少しで声に出すところでした。さすがは辺境伯爵。国境に接する土地をお持ちなだけあって、稀少な茶葉を使っていらっしゃいます。わたくしなどに出すには少々勿体無く思われます。
「……正直に答えてもらえるか?」
「はい」
「このお茶はどこの物かな?」
じっと見つめられて戸惑ってしまいました。もしも答えてしまえば、生意気だと思われてしまうでしょう。しかし、正直に、と先に応じてしまいました。
「大丈夫だ、君に不利になるような話にはならない」
「え、えぇ、かしこまりました」
まぁ、どうせもうこの国にはわたくしの結婚できる相手などいないのだから、答えてもかまわないでしょうね。
「ふたつ隣のキューズ国で採れるアッシュという茶木に隣国プリケー国のリンの実をスライスし、香り付けたものかと思われます」
「君は何ヵ国語話せるのだ?」
「サリュー語、プリケー語、キューズ語、ニコアン語、シンヒャカ語、あとはコノハナ族とヌリヌリ族でしょうか」
「なるほど」
辺境伯爵は頷くと、とん、と指をテーブルに打ち付けました。右の木の上の気配が消えたので、つい視線を送ってしまいました。きっと、辺境伯爵家の者でしょう。どこかへ繋ぎを取りに行ったようです。視線を辺境伯爵に戻すと、相変わらずじっと見ていたが、少しだけ上体を反らしました。
「どう思う?イシニ」
「この方であれば、さぞやご立派にご教育を修めなさるかと存じます」
「流石は文官家だな、高望みしなければならなかったのがよくわかる、選ばなければ良いように使い捨てられるだけだ、よくぞ手がつかなかったものよ」
「成人前でようございました、あと三年ございます」
あまりよく聞こえないが、後ろに控えていた家令に何かを確認していらっしゃいます。お断りの文句でも打ち合わせているのでしょうか。辺境伯爵家の侍女が持ってきてくれたお菓子を咀嚼しながら、九百九十八回目のお見合いはどうやら恙無くお断りしていただけそうだ、と安心しておりました。
「さて、わたしは仕事があるのでこれで失礼するよ、またすぐにでもこちらへ招待することになるので今日はゆっくりして行ってもらえるか?イシニ、無礼の無いようにな」
「辺境伯爵、お時間を割いていただきありがとうございました」
家令が頭を下げる隣で、わたくしも腰を折ると、片手をあげてこたえてくださいました。家令のすすめるままに、楽しいお茶を頂き、お土産まで手にして迎えの馬車へと乗り込みました。
さすがは辺境伯爵家、と何度も反芻しながら帰宅しましたが、ディアボス伯爵家はユニラーク辺境伯爵とのお見合いを後々まで後悔することとなりました。それはもう、わたくしのせいに他なりません。