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金魚揺らぐ街  作者: Suck
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金魚揺らぐ街【1】

その駅に着いたのは高校3年生の春。

私は電車通学で、いつも10分ほど鉄の塊に揺らされていました。


ど田舎のため、車両には同じ制服がちらほら見える程度。それと数人の中年サラリーマンが死んだ魚の目で外の景色を眺めます。いいえ、視点を適当に合わせているだけでしょう。


(はぁ...友達できなかったなぁ...)


2年間もいれば顔馴染みくらいにはなるだろうと思う人が多いかもしれませんが、顔馴染みだからこそ相手との距離間が取りづらいのです。


特に、私のようなノミの心臓を備えた者にとっては。


流れてゆく色褪せた灰色のマンション。烏の群れ。青空に浮かぶ雲。



私は「よく揺れるな」などとどうでもよいことを思いながら重たい瞼を閉じました。


昨夜は緊張して眠れませんでしたが、失敗すると高を括っていたら良かったかもしれません。


それに昨夜は両親と進路のことで揉めました。芸術系の大学に行くか、地方の国公立に進学するか。


私は私のやりたいことをしたいと訴えかけましたが、今時芸術で食えるのはほんの一握りだと丸め込まれてしまいました。


私は小学校以来、涙を流して両親を罵倒しました。えぇ分かっていますとも。学費を払ってくれるのは両親ですし、ここまで育ててくれたのも両親です。だから両親に逆らう権利はないと?私だって今まで慎ましく生きてきたつもりです。一度の我儘くらい赦してくれてもいいではありませんか。



脳内で演説を開き、両親を目の前に座らせます。私は力の限り彼らに力説します。頭の中では、こんなにハキハキ話せるのに...。


もしも家にカメラが設置されていて、昨夜の騒動を録画していたら。

私は酷く滑稽に映っているでしょう。

言葉もチグハグで、凡そ高校生とは思えないほど幼稚な言い争いをしました。



そんなくすんだことを思い返していると次第に、私はうつらうつらと睡魔に誘われ眠ってしまいました。


私の意識は10分間の旅に出かけました。






__

____

______


目が覚めると、其処は光と闇でした。

座席は木製に変わっていて、窓には電車内の照明で私の間抜けな顔が映っていました。


黒い髪に気怠そうな眼。いや、そんな事はどうでも良い。

問題は窓に私が映っているということです。完全な夜。


「寝過ごしたッッ!!!」


私は思わず声をあげて立ち上がりました。しかし不思議な事に、車両の内装が100年ほどタイムスリップしたかのようなノスタルジック溢れる有様になっています。


乗客はいない。天井からぶら下がるガスランタンの揺れる音がやけに大きく聞こえました。


「えっ、もしかして回送?」


脳が混乱しているため頓珍漢な事を口走ります。少ししてその発言に赤面してから、急いで車掌の姿を探しました。


先頭車両から運転席を確認するも、黒く靄がかかって見えません。


自然と冷や汗が全身に溢れ出します。

寝起きということもあって喉が水を欲していました。


外はもう黒の画用紙が貼られたかのような闇。


途方に暮れていると、電車の速度が緩まり、素朴な外見の駅に停車しました。


「止まった...どこ?」


扉が開くと、駅の淡いオレンジの光が私を包みました。人の笑い声と夜の溶けた香り。


私は蛍光灯に群がる蛾のように、意思に反してその声の方向へ歩みを進めました。


降りると同時に電車の扉は閉まり、暗闇の彼方へと姿を消した。


何故だか、私はあの電車が二度と戻ってこないような気がして、心細くなりました。


「お腹空いた...ここどこだろ」


駅の表札は錆びれてて読みにくい。

この時代、こんな秘境駅あるのだろうか。


私はスマホを取り出して位置情報を確認しようとしたが、「圏外」という文字を見て全てのやる気を無くしました。


家族に連絡を取りたいという気持ちは、昨夜のこともあって完全に消えていました。


「ところで...この灯りは...」


改札の横にはラーメン屋台のようなものがあり、今にも壊れそうな古びた木造の店。赤い暖簾は年季が入って赤黒くなっている。


腹で鳴いている虫がここに入れと促します。私は迷い無く店の戸を開けました。



目の前にはカウンター席、壁との幅は1mもない。非常に狭い店内でした。

どういうことか、笑い声の主がいない。


「ワハハッ!!客ダッ!!」


隣から耳を劈くような大声に驚き、私は飛び跳ねました。


「なっ、何ッ!?」


なんと、天井まである大きな鳥籠に、同じく大きな鸚鵡がいるではありませんか。


「久ジブリ!!!はぐれ者!!はぐれ者!!」


体長は私の160cmをゆうに超えています。全身黄色のその鸚鵡はギョロッとした目で私を凝視し


「椅子!!座って!!」


と叫びました。


暫く硬直していた私でしたが、今にも籠を破壊して啄ばんできそうな彼を見て、やむなく席に腰を下ろしました。


「テンチョッ!!テンチョッ!!」


鸚鵡がそう叫ぶと、厨房からぬぅっと黒い影が現れます。


まるで影が具現化したような。

彼が店長でしょうか。



いえいえ、そんなことより何ですかこのファンタジックな生き物達は。

もしや私の脳が構築した呑気な夢なんでしょうか。


きっとそうです。

店長が出してくれたラーメンを目の前に、私はそんなことを考えていました。タダで食べられるならお得かな。



一口啜ると、その味は無類でした。


口に広がる背脂と何かと何かのハーモニー。そして何か。


「なんだろ、何かわからないのに何でこんな美味しいの...!!」


「ハハッ!!ヤッパリこの子コッチの世界の者ジャナイッ!!」


「こっちの世界...?」


「まーいいやッ!!外から聞こえた笑い声は俺が出してたんだッ!!」


やけに元気な鳥だ。私はラーメンを啜る傍、彼の雑談に耳を傾けていました。


「ここに来るってことはッ!!悩みがあるんじゃないかッ!?」


悩みか。確かに、友達関係や家族関係、進路関係。悩みは山積みだ。吐き出してしまえば三日三晩話すことになるので、鸚鵡の質問には答えませんでした。


鸚鵡はギョロリとした目で私を見つめます。


「お嬢さん。外へ出てみなさい。今日は多分、見れる日だよ」


「?」


私は言われるがまま、店の外に出ました。頬を撫でる夜風に誘われて空を見上げます。



すると、そこには宇宙の星を全て集めたかのような満天の星が広がっていました。


世界中の青を重ねたみたいな深い空。そこに散らばる白い宝石。


私はぽかんと口を開け、その絶景に魅了されていました。



こんな世界があったのか。

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