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「はぁ!? なんなの! あんた馬鹿なの! 馬鹿だろ!? まじ意味わかんない!」
森の中。セシル君の絶叫が響く。
「ふっふっふ。セシル君。逃げないと押し倒しちゃうぞぉ」
「嫌、意味わかんないから! ばっかじゃないの! もう!」
目の前には、綺麗な湖。完治した私の足。とくれば、何をするかって?そんなの決まってますよね?
そう!水遊び!
ひとりで水遊びするのは、あれなんで……巻き込みました。
湖の端でぼーっと佇むセシル君を。
惚けるように気を抜いた様子で水辺を見つめる彼……その背後を取り、そーっと近づき背中を押したら、そのまま倒れ込んで湖に……。
あの時の セシル君の驚いた顔といったら……。
「ふふふ……ふぎゃ!」
気を抜いた所を、思いっきり水をかけられた。冷たい。酷いじゃないか!
「その顔。ムカつく」
しまった。思いだし笑いしてたのバレた。やるな、セシル君……私に水を浴びせるとは……宜しい。戦争だ。
「って! なんでそんな嬉しそうな顔してんの!? ちょっと! うわっ! 遣り過ぎ! 遣り過ぎだってば! もう! 二人してこんなにびしょ濡れになって……どうすんの!? ヴォルフとルドルフが帰ってきたら……なんて言い訳すんの!?」
「それは、セシル君にさささと魔法で乾かしてもらって」
「はぁ? あんた、魔法をそんな事に使う気? あんたが思ってる程、簡単に使える物じゃないんだからね?」
えっ?そうなの?魔法ってばんばん使えないの?私、たくさん魔力持ってる(らしい)から、魔法ってお手軽なモノなんだと思ってた。
目を丸くし、驚く私。その様子を見て、セシル君はため息をつく。
「魔力は有限なんだよ。回復させるにも体力必要だし。枯渇すれば最悪死ぬの」
その言葉に、先ほどの事が過る。それじゃさっきの魔法は……
「……ウォーターとか、ヒールとか 低級魔法は、……別にそこまで体力……使わない」
私の表情を見て、すぐに彼はすぐに訂正した。
「ただ……魔力はできるだけ、節約したいの。いざというときに 魔力が足りなくて 役に立たなかったら 洒落にならないでしょ」
しっかりした言葉に、自分の考えの足りなさを実感する。
「ごめん。セシル君」
「別に……あんたに謝って欲しいわけじゃないし。……どうせ何も知らせてもらってないんでしょ」
セシル君の言う通りだ。私は、何も知らされなかった。知らなかった。だから仕方ない。ううん。そんな事ない。この1ヶ月、機会はあった。知ろうとしなかったのは、私だ。
「ねぇ。セシル君」
「なに?」
「あのさ、私が間違ってたら またこうやって指摘してくれないかな? 質問したら教えて欲しい」
知らないまま、流されるままでいるのはとても楽だ。 でも、それじゃ駄目だと思う。自分自身でちゃんと知って考えて、そ道を選びたい。
召喚された私に、選べる道なんて、そもそもないのかもしれないけれど……それでも、知るべき事はたくさんあると思う。知らなかった……じゃダメなんだ。
「だめっ……かな?」
暫しの沈黙のあと、セシル君が 答える。
「……別に。いいけど」
「ほんとに!? ありがとう!」
その言葉に、顔が綻ぶ。やっぱりセシル君は優しいいい子だ。
「いいけど……その代わり、あんた。たまに僕に魔力分けてくれる?」
少しの巡考の後、セシル君はそう告げてきた。
「あんたにあっても、宝の持ち腐れでしょ? 僕に分けてよ。あんたの魔力。そうしたら、服乾かすのもすぐにできるし。いいでしょ?」
少し意地の悪い笑顔を浮かべ、上目遣いで告げるセシル君。
えっ?魔力って分けれるの!?すごい!なら、私も少しは役に立つね!っというかこれが本来の役目だったりして!有り余る魔力を必要な人に分ける。それが神子の役目なのかも
「うん! いいよ! 魔力って分けれるんだね! 今すぐしよ!」
よかった。自分で使えない魔力なんて、意味ないし。セシル君に使ってもらえるなら、嬉しい!
良かった良かったと笑いかける私に、セシル君は酷く動揺している。なんで?
「えっ……あんたいいの? 本気で僕に……魔力分ける気なの?」
「うん。いい。セシル君なら全然いい!」
あっまた変な顔してる。百面相みたい。表情豊かだなぁ。
「魔力を分けれるなんて、便利だね!これなら、魔力がない人でも、魔法を使う事できるし……枯渇して危なくなる事もないね」
輸血みたいなモノかな?やっぱり、異世界の常識ってわからない。でも、私が呼ばれた意味も何となくわかったような気がする。
「……」
「魔力を分け与えられるのは、神子だけだよ」
喜ぶ私に、セシル君はポツリと呟いた。
「え? そうなの?」
「……やっぱり……知らないんだ」
「うん。ごめんね。良ければ教えてくれないかな」
そっか、神子だけが分け与える事ができるんだ。なら尚更教えてもらわなくちゃ。やり方覚えなきゃ、何の役にも立てないものね。
「いいけど……ほんとに僕でいいの?」
「うん」
何より、キミに教えてもらわないとにっちもさっちもいかないしね。それに、魔力回復してもらって、早く服を乾かしてもらわなきゃ。
「いいの?あんたの初めてが……僕で」
んん?セシル君。さっきから、何か様子が変だな。 大丈夫。何があっても驚かないよ。ひとつひとつ学んで行って。自分で考えていくって決めたし。
これはその一歩だもの。
「セシル君が、いいよ」
そう笑いかけると、彼は息を飲み、真剣な目でこちらを見た。
「そ。なら、もっとこっちにきて」
言われるがまま、セシル君に近づく。
彼は、私の頬を両手で包むと、背伸びをし顔を近づけてきた。
間近で見るセシル君の瞳は、赤く揺らいでいて…とても神秘的で……
女の子のように綺麗な顔は、よく見ると少年の顔を覗かせていて、一瞬ドキリとした。それに気付き、胸の奥で早鐘が鳴る。
見つめ合い、思わず息を飲む。ナニ……意識してるんだろ。相手はこどもで、私の事嫌ってるセシル君なのに……そう思って目を反らした
その瞬間、身体がぐっと引き寄せられて……
ーちゅ。
水の波紋が拡がるように……
小さな音が 静けさの中、落とされる。
その日、私とセシル君は
湖の中で……
─キスをした。