4
◇◇◇
ー王都をでて、1ヶ月程。
旅は、馬車を乗り継ぎ、馬を駆け、森の中を進んだ。森の中は、当然徒歩。旅慣れしていない私には、正直にきつかった。
ルドルフさんは、豆に声をかけ気遣ってくれた。あまり会話はないけれど、とても真面目で優しい人なんだと思う。
ヴォルフはというと、事あるごとに抱き上げようとする。その度に私は奇声をあげ、ヴォルフの顔を思いきり叩いてしまった。
多分 疲れた私を、運んでくれようとしたのだと思う……。しかし、こっちとら根っからの男性恐怖症なもんで、恐怖のあまり、パニックで暴言と暴力を奮ってしまうのだ。本当に構わないで欲しい。好きで暴言も暴力も吐いてるわけじゃないのに……
ぽかぽかと叩いて拒絶して怒っても「お嬢さんは、元気がいいな」と動じないヴォルフ。負けたような気持ちになり、心中複雑だ。
それに、しょっちゅう触れてくるから、 ヴォルフに対して免疫ができてしまった……。正直悔しい。男性恐怖症が無くなるのは、とても嬉しい事なんだけど……。
ルドルフさんにそれを打ち明けたら「む……荒療治か」と呟かれた。荒療治……そういえば私、こんな風に男の人に囲まれて過ごした事なんてなかった。しかも、1人は 隙あらば触れてくるし……荒療治……確かに荒療治の効果は、でてきてるのかもしれない。
──
「はぁ」
森の中、泉の畔で暫しの休憩をとる事になった。つかぬまのひととき。誰も居ないのを確認して、ブーツを脱ぎ足を伸ばす。
ふっわー!なにこの解放感!超気持ちいいー!!
今のうちに、疲労を軽減させとかなくちゃ。神子様って言ったって、普通の女子大生が単に異世界に召喚されただけなんだからね。魔力が多いって言っても 、私使えないから意味ないしね!
「いたた。やっぱ血豆できてる」
親指の爪の根元に血豆。足裏は、皮が何度も破れ 目を背けたくなる惨状。我ながら酷い足だな……と苦笑する。でも、こんな事で嘆いちゃだめだよね。ちゃんとケアをしながら歩けば 、固い皮になって強くなるはず。折角水場にきてるし、清潔にしようかな……。
そう思い顔をあげると、思わぬ人物と目が合った。
「あんた、恥ずかしくないわけ?足なんか晒して。痴女と呼ばれたいの?これだから人間の女は……」
そう刺々しく悪態を吐く彼の目は、大きく見開かれ、一点へと凝視されている。
「セシル君」
「淑女っていうのは、足を晒さないんだよ!それを堂々と脱いでるなんて……ほんと……呆れる」
顔を真っ赤にし怒るセシル君。苦々しく吐かれる言葉には呆れも混じっている。ううむ。この一ヶ月で多少絆されてくれたかと思ったが……やはり彼は私が嫌いなようだ。
嫌いな私でも、きちんと相手して色々と教えてくれるセシル君は、元来世話焼きで優しい性格なのかもしれない。
「私、こっちの世界の事まったく知らずに来たからなぁ。そっか。足を無闇に見せちゃ駄目なんだね。教えてくれてありがとう」
世界が変わると常識も変わるよね。うん。この1ヶ月、色々落ち込んで悩んだりもしたけど、この世界に来てしまった事は、変えようのない事実だもの。
郷に入れば郷に従え!
くよくよしたって始まらない。腐らず、前に進もう。その中で、何か希望が見えてくるかもしれないし。そう!ちゃんとお勤めを果たしたら、帰れるらしいもの!元の世界に!
「うん。頑張らなきゃね!気合いだー!気合いだー!気合いだー!」
パン!と頬を叩いて、気合いを入れる。その私の様子に、セシル君はぎょっとし目を丸くした。
「何、その変な呪文」
「ああ。これ? 私の世界の元気がでるおまじない。かな? へこたれそうになった時呟くと、勇気がでてくるんだよ」
にこっと笑い返すと、眉間に皺を寄せられた。あれ?また変な事言ったかな。
「……変な女」
うん。それは、自覚してるって。っと笑い返す。するとふいっと視線を反らされてしまった。ありゃ。本格的に嫌われてるな。これ。
「……足」
「ん?」
「足、見せて」
「え?」
「べっ……別に厭らしい意味じゃなくて! あっ……あんた怪我してるんでしょ!? その、あんたに怪我されたままだと、旅の荷物だし、だから、診てやるって言ってんだけど!」
顔を真っ赤にし、怒鳴ってくる。あっそうか、私が怪我したままだと確かに荷物だよね。うん。弱音吐きたくなくて黙ってたけど、甘えるところは、ちゃんと甘えるべきだったかも。意地張って、迷惑かけたら元も子もないし。
「うわっ。何これ。あんた酷すぎ。女の足じゃないよ。これ」
私の足に触れながら、セシル君は その綺麗な顔を歪める。うーん。こんな汚い物見せちゃってごめんよ。
「ヴォルフなり、ルドルフなりに相談すればよかったのに。……馬鹿じゃないの」
年下にため息つかれて、お説教されてる。うわっなんか情けないですね。私。
「……ウォーター」
セシル君の呟きとともに、水がさわわと沸き上がり 私の足をそっと拭っていく。心地よい冷たさが、足に広がる。
「ヒール」
今度は、柔らかな光の粒が ふわわと零れでて じんわりと傷や痛みをとっていく。
「これで大丈夫だと思う。馬鹿な我慢とかやめてよね。迷惑だから」
そのつっけんどな態度に、ふふっと口が緩む。
「何が、可笑しいわけ? ムカつくんだけど」
私の様子に気付き、セシル君は更に顔を顰める悪態をついた。
「ごめん。嬉しくて」
「は?」
うん。私を嫌ってる筈なのに、こうして気にかけてくれるセシル君の優しさが嬉しいんだ。
「ありがとう。セシル君」
きちんと、彼の瞳を見てお礼を告げる。
「何の事。僕は、あんたの為にしたんじゃない」
私の言葉に不貞腐れ、そっぽを向くセシル君。その耳は、ほんのり赤く染まってるように見えた。