12
「お嬢さん……ごめん。俺……あんたになんて事を」
ヴォルフが、何か言ってる。謝ってる?謝るって……何を……あぁ。キス。キスをした事?無理やり……あんな風に。酷いキスを……。
……謝るくらいなら。謝るくらいなら、はじめからしないでよ!!
ふつふつと沸き上がる怒り。気付いた時には、ヴォルフの頬に向けて、思い切り手を振り上げていた。ゴンドラが大きく揺れる。背中を向けていた、船頭のおじさんが、目を見開いてこちらを振り返える。
スローモーション。
ゆっくりと瞳に空がうつり。水飛沫が虚空を舞う。
ーザッパーン!!
「うわっ」
「きゃあ!」
「ひえぇっ!」
三者三用の声をあげ。私達は、水に投げ出された。
◇◇◇
「ごめん」
「ほんとごめん」
「ごめんなさい」
「すみませんでした」
目の前には、頭を垂れ しょんぼりとしたヴォルフの姿。
「お嬢さんが本気で嫌がる事は、するつもりなかったのに」
びしょ濡れのまま、道の端で頭を下げ続ける姿に、周りの視線が痛い程突き刺さってくる。
「はぁ」
項垂れる姿が、なんだか捨てられた仔犬みたい……。
「犬に噛まれたとでも思って忘れる」
「犬!?」
「なに?」
「いや……。別に……。なんでもないです」
「とにかく! 今回は許すけど、二度めはないからね! 二度とこんな事しないで!」
指を立てて、怒りを告げる。された事は許したくない。けれど、何時までも怒っていても仕方ないし。こんな姿で、人目に晒され続けるのもきつい。
「ああ。わかったよ。許してくれてありがとう」
ほっとした表情で、こちらを見るヴォルフ。まだ怒ってるんですけど?でも、仕方ないか。許すしかないよね。
「くしゅん」
くしゃみがでた。私も濡れたままだからか。
「ああ。お嬢さん、大変。早く着替えなきゃ!」
そういうなり、ヴォルフは私の腕をとり、歩き出す。
「着替えるって言っても……何に……」
「ちゃんとお詫びさせて」
そういって私をひょいと抱き上げ、足早に街の中を進みはじめた。
「ちょっと! ヴォルフ!」
いった側からこんな事して……ねぇ。ほんとにちゃんと反省してる?
羞恥と高鳴る胸で、真っ赤に染まる顔を隠すように、私はソレをヴォルフの逞しい胸元に埋め誤魔化した。
◇◇◇
ヴォルフに連れられ、とあるお店に入った。
「これとこれとそれ。あとこれも彼女に」
慣れた手つきで、ヴォルフは服を選んでいく。
街の中にある、質素でそれでいて高級感漂う佇まいのお店。置かれている調度品は、目利きなんかできない私でも、お高い物だと判断できる。
なんだか場違いなんじゃ……。
不安げな表情の私に、ヴォルフは 心配しなくていい。と視線を向ける。
「それと、シャワーを借りれるか?ラッセヌで落ちた」
「ええ。ご用意できますよ。どうぞこちらへ」
え?シャワー?
「ラッセヌ川に落ちただろ?海水も混ざっているから、ベタベタしてるはず。ちゃんと洗い流した方がいい」
ヴォルフに言われて、ベタつく肌に気付く。 確かにこのまま過ごすのは、気持ち悪いかも。
「それじゃ、また後で。何も心配しなくて大丈夫だから」
くしゃっと頭を撫でられる。なんていうか、色々慣れてるよね。ほんと。きっとこうやって色んな女性を口説き落としてきたんでしょうね。なぜだろう。なんだか面白くない……。
「そんな顔しなさんなって」
困った表情を浮かべ、笑うヴォルフ。
なら、こんな顔させないでよ。
そう不満を口にしそうになり、私は慌てて顔を背けた。
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