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そうして数ヶ月の旅のうち、私達は大きな港街に着いた。此処を超えれば、魔王城も近いらしい。
─港街─ベネゼレイラ
足元には、不規則に敷き詰められた細石。先ほどまで雨で濡れていたそれは、太陽の光を受け止め、反射し キラキラと輝いている。
白を基調とした漆喰で調和されたこの街は、空の青と相まって、とても美しく映えている。見上げた空には虹がかかり、人々はその下で、朗らかな笑みを浮かべ笑い合う。
目の前にある、アーチ状の石橋の下では、人を乗せた船が、ゆっくりと川を進んでいく。
客船に乗った猫耳の幼子が、母親に抱えられながら こちらに向かって懸命に手を振る。その姿を見て、自然と顔が綻んだ。
「……」
「不思議そうな顔をして。どうしたの?お嬢さん」
すぐ横に並んで歩く ヴォルフが、声をかけてくる。
「デート中に、余所見されると。少し寂しいんだけど」
「デートって……ただ、一緒に街を見回ってるだけじゃない」
間髪入れず訂正しておく。これが 男の人との初デート?……しかも相手がヴォルフ……。
いやいやいやと慌てて首を振る。これはデートじゃない。街の中を色々見たい。という私の希望に、この街に詳しいヴォルフが、買ってでてくれた。セシル君とルドルフさんは、旅の備品の買い出しがあるから、たまたま二人で行く事になっただけで……。そう、それだけ
「これは、デートなんかじゃない」
念を押すように呟く私に、ヴォルフが
「何もそこまで否定しなくても」
─っと吹き出した。
「今頃セシルの奴。荒れてるだろなぁ」
「セシル君?ああ。確かにすごく行きたがってたもんね。ルドルフさんにまで噛みついてたのは、驚いたけど」
僕も行く!絶対二人でなんか行かせない!って怒っていたけれど。結局、ルドルフさんに抱えられ 買い出しに連行されていった。あの悲壮感漂う顔を見てたら、なんだかドナドナの子牛を思い浮かべてしまったのだけれど……。
「そんなに 買い出し 嫌だったのかな」
「嫌なのは、そっちじゃないと思うけど」
「え?」
「いや……なんでもない」
セシル君には、後でお土産でも買ってあげよう。
それにしても……
「此処って……観光地みたい」
さっと見渡しただけで、様々な種族の姿が目につく。背の低いずんぐりむっくりとした髭もじゃの男達は、昼間から酒場で陽気に唄っている。その給侍をする背の高い色黒の女性の耳は、尖っていてまるでエルフのよう。角を生やした花売りの少女は、愛らしい顔を綻ばせながら、花冠を奨めてきた。
体型、色、声。見るもの見るものが、違っていて それでいて 誰もその事を気にかけていない。
すれ違う際、互いに微笑みあう者がいる程。
「ああ。そうだな。それで合ってるよ」
「えっ?そうなの?」
ヴォルフの返答に、少しびっくりする。そっか。観光地だから、色んな人が集まってるのか。
「まぁ、ここは 港街でもあるから。ほら、貿易の要。ここからもう少し歩けば、海が見える」
見に行ってみる?っというヴォルフの提案に、こくんと頷く。
「なら、舟で移動しようか。お嬢さん、お手をどうぞ」
そう言って、舟橋へと導かれる。
「揺れるから、気をつけて」
そう言って、二人乗りのゴンドラに先に乗り込んだヴォルフが、私をふわりと抱き上げ 席につく。
「ちょっと……」
「なに?お嬢さん?」
にこにこと笑うヴォルフの顔を、下から睨み付ける。
「なんで、この態勢なの?」
二人分のスペースがあるのに……私が座らされてるのは、ヴォルフの膝の上……。
「下ろして。下ろしなさいよ」
無理に下りようとしたら、ゴンドラが大きく揺れた。
「お客さん。動かないで。海に落ちると面倒だから」
船頭のおじさんに嗜められる。
「そうそう。じっと座ってなきゃ。おっこちちゃうよ。お嬢さん」
笑いながら、腰に回した手に力を入れてくる。近い!近すぎる!謀られた!海に行きたいだなんて言うんじゃなかった!
じと目で睨みあげると
「そんなに、見つめられると困るんだけど。俺も、我慢してるのに」
嫌、我慢してるの私なんですけど。困ってるの私なんだからね! 色々納得いかないんですけど!!
─はぁ、ほんとヴォルフには、振り回されてばかり……
「でも、よかった」
ヴォルフが、ふいに柔らかな視線を向けてきた。
「お嬢さん。男苦手だったんだろ?この様子じゃ、克服できたみたいで安心した」