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薪をくべ、木に吊るした鍋を火にかける。コトコトと煮込んだイノブタの肉と野菜や雑草?を、手持ちの固形調味料などで味付けしていく。
「うん。いい感じ」
辺りには美味しそうな匂いが漂う。
「旨そうだな」
私の肩越しに鍋を見つめ、嬉しそうに目を細めるヴォルフ。
「意外だったな。お嬢さんが料理できるなんて」
「まぁ、大学で独り暮らししてるし……人並みには」
「ダイガク?」
「あっ、なんでもない。料理は、多少できるだけよ。別にプロ並みに上手いってわけじゃないから。期待されても困るからね」
馴れてきたといっても、やっぱりつっけんどな態度になってしまう。うう。苦手意識はなかなか治らないなぁ。男っというか雄!っという感じのヴォルフに、普通に接する事ができれば、男性恐怖症も解消できそうなのに。
「味見させて」
そう言ったかと思うと、ヴォルフは後ろから私の手をとり、お玉に口をつけた。
「ん。んまい」
振り向いた私の至近距離で、ニカっと笑うヴォルフ。体が硬直する。石化させられた。お前はメデューサか!
「お嬢さんの 手料理。俺が一番にいただいちゃった。ご馳走さん」
そう言って私の手の甲にちゅっと口付けを落とす。
そうして片手をヒラヒラ振り、ルドルフさんの方へと歩いて行った。
うっわー!やっぱり、無理!無理無理無理!ヴォルフの所作は、初心者にはハードすぎる!心臓に悪いです!!慣れるだなんて馬鹿だった!慣れる訳がない、あんなの!
「何イチャイチャしてんの?僕に見せつけて楽しいわけ?」
顔に集まる熱を必死に逃がそうとアタフタする私に、声がかかる。不機嫌さを顕にしたセシル君が、ムスッとしながら近づいてきた。
「イチャイチャって……」
あれはヴォルフが、私を揶揄っているだけで……
「わかってる。別に僕が勝手にムカついただけ」
ぷいっと横を向き、ほんの少し口を尖らせているセシル君。その横顔が、なんだか可愛いくてふふふ。っと口元が綻ぶ。
「……また、笑ったよね。僕の事」
「えっ。笑ってない。笑ってない。気のせいだよ」
ヤバイ。バレてる。首を左右に振り、慌てて否定するけど……
「その顔ムカつく」
っと頬をむにゅっとつままれた。顔がムカつくって言われても。この顔で19年生きてますから……どうしようもないんですけど。
「ほら、ご飯できたんでしょ。用意手伝うから。早くして。ミコトの料理食べさせてよ」
僕だって、楽しみにしてるんだから。っと不貞腐れるセシル君。その言葉や態度に頬が緩む。 可愛い弟ができたみたいで、なんだか嬉しく感じた。
◇◇◇
「やっぱり、女の子の手料理は、違うねぇ」
「うむ。神子殿の料理か……かたじけない」
「ふーん。悪くないんじゃない」
そう言って、パクパクと皆が食べてくれる。
「んーんまい。俺って幸せ者だわ。お嬢さん。俺の嫁にこない?」
「体に染み渡るな。栄養のバランスもいい」
「……嫌いじゃない。また作ってよね」
おかわりもしてくれたので、鍋の中はすぐに空になる。
「また、作らせてもらうね」
私にできる事、少しでも増やしていきたい。
「うん。今は、無理だけど、そのうちイノブタも捌けるよう……頑張るから!その時は、ご指導どうぞ宜しくお願いします!」
ペコリと頭を下げる。
「は? いやいや、お嬢さんに獣を捌けとかやらせれるわけないじゃん」
「うむ。その……少々 エグいかと思うぞ」
私のお願いに、二人は若干……いや、かなり引いている。
「でも、こちらの世界の女性は、狩りの獲物をその場で捌けたりするんですよね? 私もそれくらいできるようになりたい……ううん。ならなくちゃ行けないんです!」
っと拳を握り、決意を胸にすると
「……馬鹿なの」
っとセシル君の呆れた声が……。私、何度この台詞聞くんでしょうか。おおう。また セシル君のありがたいご講義の時間ですね。しっかり学ばせていただきます!セシル先生!
「あのね。捌けたりするのは、偏狭の地の女性や魔族の一部だから。一般的な女性は、食材が肉の塊とか綺麗に処理された物を市場や店で購入してるの。ミコトにさっき話たのは、そういう人もいるって事で、常識を話たわけじゃない」
ああ、そういうのは 私の世界とも一緒なんだ。味付けの調味料とかも、似た名前で同じようなのばかりだったな。味覚も一緒みたいだし。ちょっとホッとした。
「でも、折角異世界に来てるんだもの。うん。普段できない事は、色々やってみたいな」
っとウキウキしてたら。
「チャレンジャーだねぇ」
「うむ。良い心がけだ」
「……やっぱ、変わってる」
っと呟かれた。
変わり者だって?それは、あっちの世界でも良く言われたもんね。
ええい。変人奇人は、褒め言葉だ! 私は、異世界でも 変わり者としての地位を確立してみせる!
人の記憶に残る 偉大な神子様にでもなってやるわ!