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「ミコトの初めてが、僕で嬉しい」
セシル君の一言に、頭がまた真っ白になる。えっと、それって一体どういう意味で……。困惑する私の顔を見て、セシル君が頭から手を離す。
「わからない?いや、僕も正直、とまどってるんだけど。うん。なんでこんな事に……人間の女なんて……嫌いだったはずなのに……」
セシル君もまた、困ったように眉尻を下げる。
「どうしてなんだろね。こんな気持ち初めてで、どうしていいかわからない」
「私に……言われても」
「だよね。うん。ごめん。でも、これだけは伝えてもいいかな」
そう言って、私の手を握り その赤い瞳を揺らしながら口にする。
「ミコトの初めてが、嫌な記憶にならないように。僕は、いい男になるから……それまで僕の事……ちゃんと 見てて欲しい」
「え?」
間抜けな顔でほおける私。セシル君は、悪戯っぽく笑う。
「初めてのキスの相手が、将来男前になったら、悪い想い出にならないよね?」
だから、ミコトが惚れてしまうくらい男前になるから。その時は、この日の事を許して欲しい。女の子のように綺麗で小さな彼が、そう笑っていう。その姿が、少しかっこよく見えて不覚にもドキッとした。
「ちょっと……それを言うなら、私だってセシル君の初めてを奪ったんだよ? それじゃ私まで綺麗にならなきゃいけないじゃない」
そう言って、ため息をつくと
「ミコトは、ミコトのままでいいよ。というか、あまり綺麗になっちゃだめだ」
っとわけのわからない事を言われた。うーん。綺麗になるなって、何気に酷いよね。そのままでいろって……やっぱり嫌われてるの?私?
ー小首を傾げる私の背後から、ぬっと大きな手が伸びてきた。そうしてそのまま抱きすくめられる。
「ぎゃああ!」
─バチーン!!
振り向き様に、その人物に平手打ちをしてしまう。
「たはー。お嬢さんの熱烈なお出迎え。身に染みるねぇ」
「ヴォルフ……。叩かれたくないなら、不用意に近づかないでって言ってるでしょ」
「それも、お嬢さんの愛情表現のひとつでしょ?……俺は全てを受け入れるさ」
「いや、違うから。愛なんて一ミリも混じってないから」
ナニを言ってるんだ……コイツは……と呆れた顔で見ると、セシル君が間に入り、私とヴォルフを引き離す。
「うん。愛どころか憎悪だよね。勘違いすんなって言ってやってよミコト。……こいつに遠慮なんかいらないからね」
ものすごく不機嫌そうな顔で、ヴォルフを睨むセシル君。その様子に、ヴォルフは一言。
「……へぇ。ふーん。そー。そういうこと……」
と呟き 私の顔を覗き込んだ。
「お嬢さん。セシルとなにがあったの?キスでもした?」
「へ?」
「セシル。魔法使ったでしょ? 魔力の痕跡が残ってる。その割に疲れてないみたいだしぃ?」
「それに、なーんか、 二人の空気が妙なんだよねぇ」
目を細め、面白くなさそうにこちらをみやるヴォルフ。
「こら、ヴォルフ……。神子殿に絡むなと言ってるだろう。それよりも、狩った獲物を捌いて食事にするぞ」
後方で、イノブタというブタとイノシンを足して、巨大化させたような獣を担いだ ルドルフさんが 仁王立ちしている。
うわっ。絵面が怖い!画面の暴力!
「へーへー。ほんと旦那は、俺に容赦ないんだから。俺だって頑張ってるんだから、ご褒美欲しいのに……」
ぶつぶついいながら 離れるヴォルフに、ホッと胸を撫で下ろす。そんな私と、その側にいるセシル君をチラッと見ると、ヴォルフが何かを呟いた。
でもそれは、小さくてよく聞こえなかったのだけど……。
──「ガキだと思って油断してたわ。注意すべきは、魔王様じゃなくセシルかよ……」