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あぁ、腰が痛い。



整備されていないのであろう、先ほどから小石を踏んでは車が跳ねるため

乗っている私の体にじわじわとダメージが蓄積されていく。

締め切った車の中はじっとりとし、汗ばむ。

着物が汗を吸い、しっとりと肌に張り付くのも気持ち悪い。



あぁ、空気が吸いたい。



車の隙間から漏れる光を見つめてぼんやりと思う。

村を出てから、どのくらいたったのだろう。

一体どこへ連れていかれるのだろう。

ガラガラと音をたてて進む車は、まだまだ目的地が遠いことを唄っているようだった。







事の始まりは突然だった。






羽音はざね-!!」

舌ったらずな発音で私の名前を呼んだのは、3歳になったばかりの姪のはるだった。

今にも転びそうな勢いで走ってくる。

私は農作業の手を止めて、はるが飛び込んできたのを受け止めた。

はるは顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。


「どうしたの、はる。」

驚いて問いかける。普段から泣き虫ではあるがここまで泣きじゃくることはない。

「う~~~~~~。へ、変な人がかかさまとととさまをいじめる~。」

つっかえつっかえになりながら、はるは懸命に訴えた。

「姉さまと義兄さまが?!」

姉さまはあまり身体が強くない。それでも、両親が早くに亡くなってからは

親代わりとして身を削って私を育ててくれた、大切な家族だ。

ましてや今は身重である。

義兄さまだって村の男の中では線が細い。優しさをそのまま形にしたような義兄さまは

当然、喧嘩慣れなんてしていない。

お腹の子に障っていないだろうか・・・

「はる、急ごう。」

はるをおぶって家へ走る。

私が行ったところで、女の力で何が出来る訳でもないが、

それでも走らずにはいられなかった。






「姉さま‼︎」

家に飛び込んだ私の眼は、青ざめた顔をした姉さまと血を滲ませて倒れている義兄さまの姿を映した。

「羽音…だめよ。

来ちゃだめっ‼︎早く逃げなさいっ‼︎」

呆然としたように呟いた姉さまの声は、次第に強く、大きく。

悲鳴にも似た叫びとなって私へ届いた。


逃げる?


思考が一瞬、停止する。


何から?

誰から?

何が起きているの?



「捕まえた。」

やけにねっとりとした声に思考が動き出すのと、髪の毛を掴まれて身動きを封じられるのは同時だった。

「痛っ、は、離してよ!」

ちらりと視界に入った男の顔に見覚えはない。

「なんなのよ、あんた。

なんの用事?姉さまと義兄さまに酷いことして、はるを泣かせて、ただで済むと思ってんの⁈」

「相変わらず、威勢がいいのぉ。」

後ろからのんびりしたこえが聞こえた。

この声には覚えがある。

というか、死んでも忘れられない。

「2度と来るなって言わなかった?

この借金取りが。

お金なら全て返したじゃない‼︎」


両親亡き後、少額あった借金を手八丁口八丁で増大し、我が家を借金地獄に陥れたジジイ。つい先日、ようやく全てを返し終えたはずだ。

「あぁ、返してもらったね。借金分はね。

いいか、借金には利子が付くんだよ。利子分を請求しに来たのさ。」

「はぁ?

そんな話聞いてない‼︎」

「聞いていようが、聞いていなかろうが、世の中はそうなってるのさ。

さ、金を返しな。」

「あんたの眼は節穴か?

そんな金がこの家にあると思うか?」

私の前に立つジジイはワザとらしくため息を吐いた。


「無い?

はぁー、無いで済むほど世の中甘くないんだよ。

無いなら作れ。生娘ならそれなりの価値が付くだろう?」

「おやめください。

利子分は必ずお返ししますから、だから、羽音には手を出さないでください。」

姉さまが震えた声でジジイにすがる。

「では、先ほどの話は無かったことにしましょうかな。

その代わり、あんたが働いてもらおうか。

世の中広いもので、身重の女が良いという客は沢山いるんだよ。

あんたは器量も悪く無い。さぞかし可愛がられるだろうねぇ。」


吐き気がする。

姉さまをそんな目で見られたことに怒りを覚える。

「やめろ、ジジイ!

姉さまに手を出すなっ!」

やれやれ、と肩を竦めるジジイ。いちいち芝居がかって腹が立つ。

「互いに庇いあうのは美しいが、それじゃ腹は膨れんよ。」


どうすればいい?


押し黙った私を見て、思い出したようにジジイが喋り出す。

「そうそう、儂の知り合いが城下で人を募集していての」

チラチラとこちらを見る。

「春を売る仕事とは別らしいが…命の危険はあるらしい。

まぁ、ええ金になるそうだが。」

口元には笑みを浮かべて。

最初からこのジジイはそのつもりだったのだ。

最初から、私をその知り合いとやらに売るつもりで此処へ来たのか。

肩の力が抜ける。

「本当に、春は売らなくていいんだな。」

ぽとりと言葉を落とす。

ジジイの顔が厭らしく歪む。

その向こうで、姉さまが血の気を無くした紙のような顔を伏せた。

「決まりだな。」



こうして、逃げないように縄を巻かれ、

車に乗せられ、現在に至る。



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