α星
初投稿になります。
宜しくお願いします。
ジャンルを童話に変更しました。
こぐまは空に浮かんでいました。でも、どうして自分が空に上がったのか、分かりませんでした。
「どうして僕はここにいるんだろう」
いくら考えても、こぐまはちっとも思い出せません。何か深い理由があった気がしたのですが・・・。
こぐまは近くにいた女の人に尋ねました。
「君はどうして空に上がったの?」
椅子に腰掛けた女の人は、こぐまを見て言いました。
「わたくしは嘗て、誰よりも美しい王妃だったわ。けれどもわたくしは自分の美しさにうぬぼれて、海の神の娘を貶してしまったの。海の神はわたくしにお怒りになり、わたくしの娘を怪物の生贄にしたわ。そして死んだ後、空に上げられたの」
こぐまは恐ろしくなりました。
「娘さんは、怪物に食べられたの?」
女の人はいいえ、と首を振りました。
「自分の人生を全うしたわ」
こぐまは良かったと胸をなで下ろしましたが、不意に自分はどうなんだろうと不安になりました。
「僕も何か、神のお怒りに触れたのかな?」
「こぐま、お前は自分が何故ここへ来たのか分からないのね」
こぐまは何だか責められたような気がして、首を竦めました。
女の人は何も言わず、ただこぐまを見つめるだけです。
こぐまは慌てて、近くを通りかかったカニに尋ねました。
「おおい、大きなカニさん」
「ぼくを呼ぶのは誰だい?」
大きな大きな化けガニは、辺りをきょろきょろと見回しました。
こぐまはもう一度呼びかけました。
「僕だ、こぐまだよ。ねえカニさん、君はどうして空に上がったの?」
カニはこぐまを見つけて、話し始めました。
「ぼくは昔、大きな海蛇ヒドラの友達だったんだ。彼は水に棲む竜の一種で、とっても強かったんだよ」
そう語るカニは自慢げで嬉しそうでしたが、続きを話すとどんどんしょんぼりとしていきました。
「ある日ヒドラが狩人に退治されて、ぼくはその復讐をしようとした。・・・でもぼくは弱くて、何の仕返しも出来ずに、踏み潰されてしまったんだ」
こぐまは身を震わせました。
「それを哀れに思った女神ヘラ様が、ぼくを空へ上げて下さったんだよ」
「ヒドラはどうなったの?」
カニは大きなハサミで隣を示しました。少し離れたところに、これまた大きな海蛇の姿が見えます。
こぐまはあっ、と声を上げました。
カニはそんなこぐまを嬉しそうに見ています。
「友達の側に居られて、幸せかい?」
カニはしみじみと応えました。
「幸せだよ」
こぐまはカニの近くにいた、双子の男の子に声をかけました。カニは、そんなこぐまを眺めています。
「ねえ、君達はどうして空に上がったの?」
寄り添うように並んでいた二人は微笑みました。
「僕はカストル」
「僕はポルックス」
カストルとポルックスは交互に話し始めました。
「僕達はある国の王妃から生まれたんだけど」
「カストルは王の血をひく普通の人間で」
「ポルックスは大神ゼウスの血をひく不死身だったんだ」
双子は互いを見合って、苦笑しました。
「ところがある時、カストルは争いで命を落としてしまった」
「ポルックスは僕の死が悲しくて、大神ゼウスに願ったんだ」
「カストルの復活か」
「ポルックスの死を」
こぐまは息を飲みました。
「大神ゼウスは僕を哀れんで、不死身を解き」
「僕達を一緒に空へ上げて下さった」
こぐまは尋ねました。
「どうしてそんな事を願ったの?」
ポルックスは少し、バツが悪いというように頭を掻きました。
「悲しかったんだ。心が引き裂かれるようだった。・・・父と母には申し訳ない事をしたなって思う」
「君達の両親は悲しんだんじゃないの?」
「うん。ーーーでも僕には、唯一の半身を失う事が、耐えられなかったんだ。悲しくて寂しくて、どうして自分だけが不死身なのかってこの身を呪わしく思うくらいにね」
こぐまはカニと同じ事を、双子にも聞きました。
「一緒にいられて、幸せかい?」
双子は笑顔で言いました。
「幸せだよ」
こぐまとカニは双子と別れて少し歩きました。
すると七羽の真っ白なハトが、こっちへおいでと呼びかけて来ました。
「こんばんは、こぐま。こんばんは、カニ」
一羽のハトがそう挨拶すると、ハトは皆美しい娘に変化しました。
こぐまは驚きながら挨拶を返します。
カニは七人の姉妹に問いかけました。
「プレアデス、君達はどうしてぼくらを呼んだんだい?」
七人姉妹のひとりが応えました。
「さっきあなた方が双子と話しているのを聞いていたの。だから是非わたし達の話も聞いて欲しくて」
こぐまが頷くと、彼女達は順に語りました。
「嘗てわたしは達は月と狩りの女神に仕えていたの」
「ところがが荒くれ者の狩人に気に入られてしまって、後を追いかけ回されるはめになったの」
「逃げ惑うわたし達は女神様に助けを求めたわ」
「すると見かねた女神様は、わたし達をハトに変えて、服の裾に隠して下さったの」
「狩人が去った後、わたし達は飛んでここまで来たのよ」
一気に姉妹が喋ったので、またこぐまはびっくりしました。
「もう狩人は追って来ないの?」
そう尋ねると、姉妹は笑って言いました。
「わたし達には追いつけっこないわ!」
その様子があまりにも楽しげだったので、こぐまとカニも笑います。
姉妹のひとりが不意に、不思議そうに言いました。
それはひどく重たく、こぐまの心にのしかかりました。
「こぐま、あなたはどうして空へ上がって来たの?」
こぐまはだんだんと不安になってきました。
自分にいったい何があったのか。全く思い出せないのです。
とうとうこぐまは、さめざめと泣き始めてしまいました。
そんなこぐまを見て、カニは慌てました。
「カニさん、僕はどうして空にいるの? 分からないんだ。僕は自分の事が何ひとつ分からない。自分の名前さえも覚えていないんだ。ただただ、何かを探し続けている」
見かねたカニが、大きなハサミでそっとこぐまの頭を撫でました。
「ぼくが一緒に探すよ。君が生まれた場所、君が生きた道、君が空へ上がった理由。何だって探してあげる。ーーーだから泣かないで」
どうしてそこまでしてくれるのか、こぐまは途切れ途切れに聞きました。
カニは笑って言いました。
「僕らは同じ星じゃないか。仲間が自分の在り方を探しているんなら、手を貸すのは当たり前だよ!」
こぐまは、そんなカニが眩しくて、また涙を流しました。
その涙の意味はさっきとは全く違うものでした。
これらはギリシャ神話をもとに書いています。
諸説あるので調べてみると面白いと思います。