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砕球!! 改稿6回目  作者: 河越横町
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試合開始、そして驚愕

(2段加速(クレスト=ダブル))


 開始早々、剛羽は常人離れした動きで耀に迫る。

 

 相手の実力をじっくりと見ようなどという考えは毛頭ない。

 この初撃で終わればその程度ということだ。


 そして、目で追えるだけでまったく動けない耀のか細い首に、剛羽の錬成した2本の小刀が容赦なく迫り、


「耀様!」「あうっ!?」


 侍恩の背中を斬り裂いた。ギリギリで割り込まれた。


(ッ、反応された……!?)


 ぶしゅーっと侍恩の背中から、紅の飛沫が――否、黄色い粒子が漏れ出す。


 その粒子の正体は、《心力》の原子――《心素》だ。


 この《心素》が復体を形成しているため、《心素》が一定量以上漏出すると復体を維持できなくなり、変身が解除――敗北となる。


(なんだ、こいつ……?)


 剛羽は侍恩に鋭い眼差しを向ける。


 初撃こそ紙一重のタイミングだったが、侍恩の反応は良くなり、致命的なダメージを食らわないように対応してきている。


 身体能力強化の転身トランス系の選手ならば、2段加速に付いてこられても不思議ではない。が、侍恩からは、皮膚から動物のような毛皮が生えてきたり、耳や尻尾が生えたりといった転身系の特徴は見受けられない。


 そう、目で見て反応されたというよりは、まるでこちらの動きを先読みされているような……。


 さらに言えば、侍恩の復体は頑丈だ。


 斬撃を叩き込んでも、浅い傷しか与えられない。

 

 それでも剛羽は怯むことなく、耀を、彼女の操る球を狙って攻撃し続ける。

 

 対する侍恩は、間断なくダメージを受けながらも、身を盾にして耀を守る。反撃の機会を窺う。そして、


「しおん!」「はい!」


 今まさに小刀を振ろうとした剛羽の脇腹を、耀の操作した楕円形の犬球が急襲。


 身体をくの字に曲げた剛羽に、侍恩が正拳を撃ち出す。


 球操手が崩し、守手が獲る。


 攻撃側を脅かす積極的守備!


「なッ!?」「え!?」


 しかし、そこは元闘王学園の選手だ。


 踏んできた場数が違う。


 先程の耀の援護は、剛羽によって誘導されたもの。来ると分かっていれば対応できる。


 球を避けなかったのは、隙を見せて侍恩をこちらに引き寄せるため。


 相手が攻撃するときにできる隙を突くためだ!


「うぐッ」「しおん!?」


 向かってきた拳をかわした剛羽が、すれ違いざまにズバッと侍恩の胴を払う。


 またも微妙に打撃点をずらされた上に浅いダメージしか与えられなかったが、構わず続ける。


 ここが力の入れどころだと判断した剛羽は、常人離れした動きで斬撃を叩き込む。


 侍恩の全身が削られ、黄色の粒子が飛び散る。


 そして遂に、剛羽の振り抜いた小刀が、無防備な侍恩の首を撥ね飛ばさんと迫り――侍恩の腋から突然犬球が飛び出してきた。


「しおん!」「た、助かりました、耀様!」


 耀の操作した犬球が、剛羽の小刀を握った腕を急襲したのだ。


 剛羽は肩からもっていかれるような衝撃に大きく仰け反り、攻撃を中断させられてしまう。


(痛ッ……ナイス、救球レスキュー


 球操手は相手に球を壊させないようにするのが主な仕事だが、護衛役の守手がピンチとなれば相手に球をぶつけて攻撃を妨害することも要求される。


(コントロールもいいし、球も速い。500キロは出てるか?)


 一旦距離を取った剛羽は、自身の周りに球を浮遊させている耀を見据える。


 全球種中最も操作し易い犬球ドッグボールとはいえ、先程のプレーはそう簡単にできるものではない。


 侍恩に隠れて耀から見えづらい位置に立っていたのに、侍恩の腋を通して一分の狂いもなくこちらの手首にヒットさせられた。


 少しでもコースを誤れば味方にぶつかっていたし、最悪割られていた可能性もある……一目で分かる。


(いい球操手フラッグだ)


 と思ったのも束の間、


「あ、ごめん!」


「ッ~……こ、この程度まったく問題ありません、耀様!」


(さっきのマグレかよ……!?)


 侍恩のピンチを救うため、耀が素早く犬球を発射したが、狙いを誤ったのか、球は侍恩の脇腹に突き刺さる。

 

 その次は背中、その次は後頭部……とんでもない球速を叩き出す犬球が、侍恩の全身に何度も何度も噛み付く。


 結局、味方を救えたのは最初の1回だけだった。


 あまりにも酷い光景に、剛羽は溜息を付く。

 あんな球操手とは絶対組みたくないと、心から思った。

 

 当然、お粗末な連携でいつまでも凌げるはずがない。

 

 侍恩を斬り払って横に吹っ飛ばした剛羽が、球操手が孤立してしまう所謂「ハダカ」状態の耀に、螺旋回転しながら斬撃を繰り出す。


「あうち」「耀様!?」


 斬り飛ばされ、派手な音を立てながら酒場に姿を消す耀。


 耀は間一髪直撃こそ免れたが、その際身を守ろうと盾に使った球を1個割られてしまった。


 さらに、ぐるぐると目を回す耀が球を操作する意識を切ってしまったため、犬球2個が墜落し、恰好の的となる。


 その隙を見逃すほど、剛羽は甘くない。


 近くにあった犬球を1個斬り砕き、勝利まであと1個。


 そしてラスト1個に斬撃を加えようとしたところで、転倒していた侍恩が割り込んできた。


 侍恩が犬球を守るために斬撃を食らう。


(いい復体からだだな)


 中々戦死しない侍恩に驚きながらも、剛羽は小刀を鋭く、強く打ち込んでいく。


「付き合わせて悪かったな――落ちろッ」


 そして遂に、選手が戦死したことを演出する小規模な爆発が起こり、復体が限界を迎えた侍恩は《闘技場》の外に転送された。


 それを確認した剛羽は、油断なく、酒場から出てきた耀に視線を切り替える。

対する耀は、犬球をコントロールして背中に隠した。


 護衛はもういない。


 球操手と、その球を狙う球砕手の純粋な1対1。


 球砕手――攻撃側が、圧倒的に有利な構図だ。


 そして統計通り、剛羽が一方的に押し込んでいく。耀の身体に斬痕が刻まれていく。


(……弱過ぎる)


 正直、時間の無駄だ。合理的じゃない。


「試合なんかしてる場合じゃない――巻いてくぞ亀女!」


「そこはタイヤあうち!?」


 呆れ果てた剛羽は、超人的な速さで斬撃を放っていく。


(洲桜先生、こいつのどこが面白いんだ? タイヤのこと言ってたのか?)


 剛羽はこの寮に来る前のことを思い出す。


 ウイカは電話越しに言っていた。面白い女の子がいる、と。


 だが、蓋を開けてみればこの通り。

 

 ただのタイヤ好きの変な奴だ。


「これで終わりだ」


 剛羽は、地面に這いつくばった少女を見下ろした。そして、


「まだ……」


 ゆらゆらと立ち上がった耀を見て――少女の瞳にぞくりとさせられる。


「蓮、さん……まだ……終わって、ないです」


 その言葉に、一瞬だけだが、少女の新たな一面を垣間見たような気がした。


「ッ!? ……ん、そうだな」


 手も足も出ない力量差を目の当たりにしても、少女はまだ戦意を失っていない。


「でも、時間は有限だ。早く終わらせて早く練習しよう。それが一番合理的で、お互いのためになる」


 それだけ言って、剛羽はぐっと腰を落としてから耀に斬り掛かる。が、


「おっとっと」


「ヒカリン、エンジンかかってきたネ!」「流石です、耀様!」


 斬撃が空を斬る。一度や二度ではない。何度やっても、決定打を与えられない。


(反応されてる……!?)


 加速中の剛羽は、信じ難い光景に目を剥く。


 頸部や心臓部を狙っても、それに見せ掛けて球を斬り砕こうとしても、間一髪のところでずらされる。


 速度に目が慣れてきた……そんな次元の話ではない。


 試合開始当初は、今まで戦ってきた転身系以外の選手同様に、まったく身体で反応できていなかったというのに、ここにきて目で見て身体で反応し、かわしている。


「いっきますよぉ!」


 そして、驚異的な適応力は勿論だが、何より恐ろしいのは少女の目だ。


(俺に勝てるって、思ってるのか……?)


 味方の援護がない状況でも、その瞳に弱気な感情は見受けられない。


 戦う前までは威勢がいいやつなら今まで腐るほど見てきたが、そういうやつは大抵手も足も出なくなると途端に元気がなくなってしまうものだ。


 しかし、この少女は逆である。


 その海色の瞳は、試合開始前よりも苦境に立たされた今の方が輝いている。


 まるで! 


 まるで!!


(俺との勝負を楽しんでる……!?)


 復体とはいえ首や腕が千切れ飛ぶ、この激しい競技を楽しんでいる。


 得体の知れないものに剛羽が怯んだところで、耀が初めて攻勢に転じた。


「えい」「せい」「やあ」などと、少女の可愛らしい声が連続する。

 が、繰り出された紅色の陽炎を纏った拳はどれも虚しく空を切るばかり。

 剛羽にはかすりもしない。


 それでも、耀は懸命に攻撃し続ける。


(ッ……なんなんだ)


 力の差は歴然だというのに、少女の顔は笑っていた。

 

 動きのキレがどんどんよくなっている。


 そして遂に、耀の拳が剛羽を掠り始める。


 流れが耀に傾き始める。


(なにか……あるのか?)

 

 心なしか、少女が攻撃時に放出する紅色の陽炎――《心力》が強まった気がする。


 小さな火が点ったような感じだ……嫌な感じがする。


 勝負を長引かせてはダメだと、経験に基づく勘が警報を鳴らす。


 剛羽は耀から距離を取るため、大きく後退した。

 

 そのチャンスを逃さず、力を溜める。

 

 そして、ぐっと腰を落とした剛羽の全身が白い煙のような《心力》に巻かれるや否や、しゅんと風を鋭く切る音ともに掻き消えた。


 繰り出すのは、今までよりも一段上の加速。

 

 人間離れした反射速度を発揮する転身系でも、目で追うことしかできない高速斬撃!


(だったら、出す前に終わらせる――落ちろ!)


 ぎゅるるるると高速旋回しながら振り抜いた双刀は、耀の首元に吸い込まれ、


「……は?」「来タ!」


 ボキンと、根元から圧し折れた……!?


 突如、耀を中心に、紅色の風が主を守る壁となって巻き起こったのだ。


 紅風に吹っ飛ばされて壁に叩き付けられた剛羽は、眼前の光景を呆然と見やる。


 フィールド全体が更地になっていた。

 建物も何もかも、一瞬でゴミクズになっていた。


 あの耀がやったのだ。


 剛羽を吹き飛ばした紅色の突風で。


 今までとは比べ物にならない《心力》の出力で。


(なんなんだ……!?)


 瞬発力に優れた赤型(タイプ=スプリント)の割に出力が低いと思っていたが、考えを改める。


 ただの赤型ではない。


 消耗していたとはいえ、あれほど簡単に小刀が折れることなど滅多にない。

 

 ウイカの言う通り、確かに耀は特別な何かを持っている。


「神動耀、お前は一体……!?」

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