ファンファイト!!
剛羽たち一同は、試合設備のある寮のエントランスホールに移動していた。寮内は外観通り、西洋風だ。
「神動、ポジションは?」
「わたしは球操手です!」
球操手。
球を念力のように浮かせて自由自在に操り、相手に壊されないようにするポジションだ。
「それじゃあ俺との1対1はできないな。野球で言うなら、後ろに誰もいない状況で投手が打者と対戦するようなもんだ」
「野球?」「あ、わたし知ってます!」
侍恩が首を傾げる横で、耀が「はいはーい!」と手を挙げる。
「小さい頃新聞で見ました! 記事の隅っこに、日本代表世界大会優勝って」
「ん…………俺が4歳のときだ」
剛羽はどこか遠くを見詰めながら、独り言のように呟いた。
「蓮剛羽。試合をするためには、守手がいればいいのだろう?」
侍恩はふんと得意げに鼻を鳴らし、自分の胸に手を添えた。
「だったら、僕がやる。それで異論はないな?」
「お前、守手できるのか?」
「当然だ。主を守るのが執事の仕事だからな」
「じゃあ頼むな。球は3個使う。3個全部割られたら、お前らの負けだ。それでいいか?」
「はい!」「耀様がいいというなら」
「よし……あー、そうだ。始める前にお手洗い借りていいか?」
トレイから戻ってきた剛羽は、上下のジャージを脱ぎ去り、手の平サイズの端末を取り出した。
《IKUSA》。
日本砕球連盟が学生砕球選手に所持を義務付けている携帯端末で、決闘の申請や各種データ管理、試合動画の閲覧などができる。
「個人戦はぁ……それでルールは……これです!」
たどたどしく《IKUSA》を操作した耀が個人戦の申請をし、剛羽がそれを承諾する。
両者の合意を確認。
指紋認証、異常なし。
《IKUSA》からの《闘技場》展開要請座標を特定。
当該座標、展開可能区域と確認。
『フィールド展開、フィールド展開、ご注意ください』
間もなく両陣営の足元――赤い絨毯に走っていた黒線が光り出す。
それらの線は俯瞰して見ると六角形を描いており、その外縁から3人を包むように半球状のスケルトングリーンの壁が展開された。
フィールド中央にある六角パネルが突き出し、筐体が顔を出す。
『《IKUSA》をセットしてください』
機械音声に促され、歩み寄った剛羽たちが端末を預けると、筐体は「認証しました」と格納して沈み落ちていく。
『蓮剛羽選手、神動耀選手、達花侍恩選手、復体に変身してください』
3人の身体が光の繭に包まれ、それが霧散すると、変身した剛羽たちが現れた。
これで何があっても死ぬことはない。
また、《闘技場》の機能のおかげで服も換装されているため、斬り裂かれるなどしても買い替えの心配もない。
肌の露出以外はまったく心配ない。
両者の変身が確認されると、《闘技場》内で黄色の粒子が蠢き出し、緑色へと変化しながらより集まって、建物や地面を形成。
壁もフィールドに合わせた風景を映し出す。
サボテン、カラカラに干からびた大地、入口がスイングドアの木組みの店、決闘者たちのいる道の両脇の店から顔を出すカウボーイ。
西部劇にでも出てきそうなフィールドだ。
間もなく、フィールドの天井から球が5個降ってくる。
犬をデフォルメしたようなデザインの球――犬球はふわふわと宙を泳ぎながら耀のもとに集まり、ぐるぐると囲むように飛び回る。
耀が手を使わずに浮かせ、動かしているのだ。
感覚的には、手先から伸びる不可視の糸で自身と球とを繋ぎ、コントロールしている……と、剛羽は球操手の友人から聞いている。
球を操作するのは誰にでもできることではなく、小学生の頃までにできない者は一生できない。
因みに、剛羽はできない。
「あの蓮蒼羽の息子で、闘王学園出身で、しかも元1位と対戦ですか……」
ストレッチしながら試合に備える剛羽を見据えながら、侍恩はぽつりと呟く。
闘王学園。日本学生砕球界の権威。
各年代の大会で毎年優勝争いする強豪で、入学できるだけで選手としての箔が付く。学生砕球界の憧れの的だ。
「でも、やってみないと分からないよ! ファンファイト!」
「ふぁ、ファンファイト!」
緊張した面持ちの侍恩とは対照的に、耀の目は爛々と輝き、フィールド中央に浮かぶカウントダウンを見詰めている。
闘王学園からやってきた少年との戦いに、少女の中で興奮が止まらない。
間もなく10から始まったカウントが0となり、「Break Out!!」と機械音声が試合開始のゴングを鳴らした。