一〇〇〇〇〇敗(ぶき)
約二か月前、争奪戦後、すぐのこと。
剛羽は寮脇の空き地で練習中の侍恩に話し掛ける。
「どういう風の吹き回しだ? 園児向けとか言ってただろ」
そう、侍恩が手にしていたのは、剛羽が耀をコーチする際に使った補助武器庫だ。
対象年齢六歳以下。
砕球をする者なら小学三年生までには卒業する――しなくてはならない製品だ。
それ故に、侍恩も耀がホルダーを使うことに難色を示していたが、よもや嫌がっていた本人が使うことになるとは。
「ぼ、僕が何を使おうが、勝手だろう?」
馬鹿にしていた手前、侍恩はバツが悪そうにそっぽを向く。
その頬が少し紅くなっているのは、指摘しないであげたほうがいいだろう。
「投げるの手伝ってやるよ」
「頼む」
剛羽は侍恩に代わって、吊るされた巨大タイヤを思い切り投げ飛ばした。
侍恩はホルダーで錬成した円盾で、ゴオッと空気を裂きながら迫るボブを迎え撃つ。
ばーんと耳をつんざくほどの乾いた音が起こり、ぐっと押し込まれた侍恩の足元が電車道をつくる。が、それでも何とかボブの勢いを殺し切った。
円盾も壊れていない。それは奇跡のような光景だった。
ホルダーは確かに便利だが、威力・強度が低いという欠点をもつ。
なぜなら、ホルダーは使用者の《心力》を勝手に引き出して武器を錬成するため、安全上の理由から引き出す《心力》は少量なのだ。
錬成に用いる《心力》が少なければ、それだけ武器の威力・強度は低くなる。
それが、より高威力・高強度の武器を求める選手たちが、ホルダーを手放す所以だ。
しかし、それがどうだ。
今現実に、侍恩の円盾は壊れるどころか、ひびすら入っていない。
ホルダーで錬成できる、武器の強度の範疇を超えている。
「やっぱ達花は堅いな」
剛羽は特に驚いた様子もなく、感想を述べた。
侍恩の強みを考えれば、一連の事象は説明の付くものだからだ。
「まあ、一〇〇〇〇〇回も壊されれば、復体をつくる《心素》も丈夫になるよな。筋肉と一緒だ」
「正直喜んでいいのか複雑なところなのだが……」
「自信持てよ。達花が積み上げてきた一〇〇〇〇〇敗なんだからさ」
「…………うん」
侍恩は照れるように小さく頷いた。
「どうした、ウェイン・ラッシュフォード? この程度か?」
「調子に乗るなよ、《最弱》が」
ウェインは射殺すような視線を侍恩にぶつける。
「オマエのもっているものは仮初めの力だ……その虚飾、今すぐ引き剥がしてやる」
確かに《最弱》の盾は強固だ。が、その盾には明確な弱点がある。
ウェインは紫爪の威力を《研磨》で強化し、侍恩に突き出す。
それを掻い潜った侍恩は素早く前に踏み込み、ウェインの胸に盾を殴り付け――瞬間、盾が四散した……!?
「ッ!?」「俺の、勝ちだ!!」
一瞬の出来事だった。
侍恩が突き出した盾をあえて胸で受けたウェインは、盾を捕まえてぐっと引き寄せ、盾の取っ手――補助武器庫を刺し貫いたのだ。
「オマエの盾は確かに硬い……が」
ウェインはその手に掴んだ補助武器庫を握り潰す。
「ホルダーはそうじゃないだろ?」
そう、それが盾の――延いては侍恩の弱点。侍恩の堅い《心素》で錬成された盾に比べ、盾の取っ手部分である補助武器庫は脆いのだ。
「認めてやるよ、タチバナ……だが、勝ちを譲る気はない!」
しかし、勝利を確信したウェインの視界で紫色の光が峻烈に瞬き――
「僕の、勝ちだ……!!」
次の瞬間、突撃したウェインの胸部に紫色のナイフが突き立てられていた。
それは侍恩が補助武器庫なしに錬成した武器。
まさかあの《最弱》が武器錬成をできるようになっていたとは。
まさか高校生になってから武器錬成ができるようになるなど、誰が想像できただろうか。
執事養成学校からの間柄だったため、その可能性はないとウェインは判断してしまっていた。
「まだこんなに小さいものしかつくれないけど……」
補助武器庫を使い続けていく内に、侍恩は武器錬成の感覚を――補助武器庫を使わずに武器をつくる感覚を掴み始めていた。
やっと自分の力でつくることができた。
やっとウェインに勝つことができた。
ウェインが場外に転送されるのを見送った侍恩は、錬成したナイフを天高く突き上げ、涙を流しながら勝利の雄叫びを上げるのであった。
――チーム神動、1得点(内訳:敵選手1人撃破=1点×1)計9点




