賭けよーぜ
フィールド南端。
都市全体を囲み、侵略者を拒むように聳え立つ大城壁の前で、二人の少年の短く息を吐く音と得物同士がぶつかり合う音が連鎖していた。
「どーした、蓮ォ? テメー、こんなに弱かったかァ?」
(二段加速(クレスト=ダブル))
斬撃で応える剛羽だが、撃ち込んだ二本の小刀はことごとく弾かれる。
漆治を包むように滞留する黒い煙のようなものは、防御範囲が広い上に強固で、速度で振り回して隙を突きたい剛羽にとって天敵だ。
加速してもまるで物体の動きにぴたりと追従する影のように黒煙が鋭く反応し、裏を取らせてくれない。
今回は争奪戦でアリスと戦ったときのように、速度で有利を取れないのだ。
その原因は漆治の個心技《影武者》にある。
《影武者》。物体にできた影を吸収して《心力》に変換し、操る能力。
漆治は大城壁や周囲の建物の影をその手の大剣で斬ることで片っ端から掻き集め、それを自分の武器の燃料に変換できる。
そして、その影で錬成された物体――例えば黒煙――の反応速度は通常の《心力》出力速度を上回っている。
結果、剛羽の加速にもある程度余裕をもって対応できるのだ。
ならば、剛羽としては反応されても押し切れる出力――パワーで攻めたいところだが、そのパワーでも優位を取れていない。
漆治の《心力》は黒色。
剛羽と同じ異型で、基本四型で言うと紫型寄りの特徴がある。
練度が互角ならば、緑型の完成した武器と紫型の武器を撃ち合った場合、緑型が勝つ。が、こと武器の練度だけ比べると、漆治の方が優れているのだ。
『どうした蓮ジュニア!? 腰が引けているぞ!!』
『慎重だな。まあ普通に考えて当然か。漆治相手に踏み込み過ぎると死ぬからな』
「なー、蓮ォ」
不意に、漆治が手を止めて、口の端を吊り上げる。
対する剛羽は、漆治のその表情に呆れ顔になっていた。
このドレッドヘアーの少年がにぃっとした笑みを浮かべるとき、それは何かよからぬことを言い出す前触れだと、剛羽は三年以上の付き合いで理解しているのだ。
「賭けよーぜ」
「…………」
予想通り過ぎて言葉が出ない。
「オレとテメー、負けた方が勝った方のチームに行く。どーだ?」
「チーム九十九に戻るつもりはない」
「ちげーよ。テメーが入るのはオレのチームだ」
「……漆治のチーム?」
「そーだ。こんな田舎にもテメーみたいなまーまー使えるやつが何人かいるからな。そいつらゼーイン掻き集めて、オレのチームを作るのさ」
(お前何様だよ)
苦笑する剛羽。
というか、編入してきたばかりの漆治に、そこまで人望や求心力があるとは思えない。
「チームと言えば、お前、ハマ高に編入したんじゃなかったのか?」
「……誰から聞いたァ?」
「コーチだよ」
「首斬のヤローか……殺す」
「なあ漆治」
剛羽は元チームメイトである少年をじっと見詰めて訊ねる。
「ハマ高でなんかあったのか?」
「…………なんだァ急に?」
「だってそうだろ。合理的に考えて、何もないのにこんな時期に転校するはずがない」
「親のツゴーだよ」
「お前、親の言うことなんか聞かないだろ」
「はッ、違いねー!!」
けらけらと笑う漆治。
ぐだぐだ話している場合ではないが、剛羽は漆治の言葉を待つ。
そして間もなく、漆治が肩を竦めて溜息交じりに語り出す。
「ハマコーつったら、神奈河の強豪中の強豪だァ。だからよォ、オレとしたことが期待に胸を膨らませちまったぜェ。でも、蓋を開けてみりャどうだァ? 古クセー精神論振りかざすクソみてーなところだったぜェ」
「漆治……」
剛羽は心配するように呟いた。
この少年もまた、自分と同じように新天地で苦しんでいたのかもしれない、と。
「湿っぽい話は終わりだァ!!」
剛羽は大剣をひたすらかわす。
影のないところで戦おうと立ち回る。
「テメー、最初は九十九のチームにいたんだろォ? 弱小チームに入るとか何考えてんだ。俺がチームを強くしてやるぜ、ってかァ?」
「俺はあいつと一緒にやりたいって思っただけだ。だからここにいる」
「あー聞ーたぜェ、神動とかいう女に惚れたんだろ? そんなくだらねー理由で移籍すんなんて、すっかり丸くなっちまったなーおい!」
「……かもな」
「すかしてんじゃねーぞ!」
またも攻め込んでくる漆治。
しかし、剛羽のリアクションは違った。
後退するのではなく、前に出る。
(三段加速(クレスト=トリプル))
漆治が大剣を振り上げた瞬間に、ここまで使ってきた二段加速より速い動きで距離を詰め、跳び蹴りを見舞った。
漆治が肩に走った衝撃に顔をしかめる。
跳び蹴りのダメージによるものではない。
足裏から勢いよく伸び出た刀が黒煙を貫通し、漆治の肩を抉ったのだ。
《研磨》。
攻撃する直前に武器の威力――武器内部の《心力》を瞬間的に増大させる技能。
本来は武器と身体が繋がっている青・赤・紫型の型技だが、身体から武器を切り離してつくる――つくれる緑型でも理論上は可能だ。
とはいえ、瞬間出力が低い=業物を完成させるには時間がかかる緑型の《研磨》では、威力もたかが知れている。
即席で錬成した鈍らを《研磨》しても、やや威力が上がる程度。
漆治の黒煙は貫けない。
しかし、神経系や思考だけでなく《心力》出力速度も加速させられる剛羽ならば、わずか一瞬で業物を錬成できるし、その威力を一時的に引き上げる《研磨》もできるのだ。
それまでより速い加速。
《研磨》による威力向上。
この二点で、漆治の意表を突くことに成功した――が、
(ッ、浅い……!?)
並みの選手相手ならば、確実に仕留められたプレーだ。
(でも)
気落ちすることはない。
漆治の対応力には脱帽させられたが、今の攻防で黒煙の性質についてある見解を得たのだから。
(やっと見付けたぞ、あのモクモクの突破口)
剛羽は自身の予想を確かめるべく、加速して斬り掛かり、そのまま連続で四方八方から斬撃を浴びせ続ける。
『蓮ジュニアのラッシュ、ラッシュ、パトラッシュぅ! 目の覚めるような高速斬撃だ!』
『味方の球操手が拠点に着いたから、戦い方を変えてきたな』
『と言いますと?』
『ここまではフラッグの援護に行くために漆治のマークを引き剥がそうとしてたが、今は一対一に集中してる。漆治を落とすためにな』
「どうしたァ、蓮ォ! 軽過ぎて痛くも痒くもないぜ!」
黒煙に巻かれて姿は見えないが、黒煙の中から漆治の煽り立てる声が聞こえてくる。
「だったら引き籠ってないで反撃してみたら――ッ、と」
瞬間、黒煙から何本もの極太針が突き出す。
相手が速いならその軌道上に剣を置いておけばいい――そんな狙いを感じさせる漆治の反撃だが、剛羽の加速には通用しなかった。もの凄い機動力だ。
剛羽は突き出された針を小刀で斬り落とし、足裏から一瞬だけ生やした小刀を踵落としでもするように振り抜く。が、今度は弾かれた。
(ッ、《研磨》が弾かれた……!? さっきよりモクモクが頑丈になってる)
先程穴を開けられてから、黒煙の防御力に回す《心力》量を増やしたのだろう。
小刀の消耗がかなり速くなった。
(漆治が出力を調整したのか)
おそらく漆治は相手の攻撃力を想定して、黒煙の防御力を調整しているのだろう。
だから、初めて研磨で威力を上げた攻撃をしたときは漆治の想定を上回り、ダメージを与えられたのだ。
あの攻防は、黒煙が自動で出力調整をしていない何よりの証拠となる。
黒煙の出力調整は使い手主動。
まず一つ目の予測が、確信に変わった。
(あとはモクモクの動きか……あれはどっち主動だ?)