捉えたぞ
『ランダムセレクトされたフィールドは城塞都市! 拠点が一つしかない、地上戦メインのステージです!』
『まあ、普通にエイツヴォルフたちが有利なステージだな』
開幕速攻に失敗したアリスは、追い付いてきたリデルたちと合流する。
「はぁはぁはぁはぁ……」
「お姫様、大丈夫?」
息も絶え絶えなアリスを心配するように、リデルは顔を覗き込む。
アリスは普段はお馬鹿だが、試合のときはいつも真剣だ。
しかし、今日のアリスからはどこか焦りのようなものが見受けられた。
「お姫様……」
(あー、これは本気出さないとやばいやつかー……)
試合開始早々から激戦の予感に、リデルは内心がっくりと肩を落とした。
――敵味方入り乱れる中で相手の背後を突く。
それが奥突の得意な形だ。が、それは決して一対一が苦手というわけではない。
格下相手ならきちんと一人で狩り取れる。
だからこそ、奥突は焦っていた。
負ける。
戦闘の最中、奥突の心の中をその二文字が過る。
それは本来ありえないことだ。
なぜなら、
『達花選手、奥突選手を押し込んでいる!』
『おいおい、どうなってんだ? ドーピングでもしたのか?』
《最弱》とはこれまで何試合も戦ってきた。
チーム戦は勿論、個人戦で負けたことはない。
負けるかもしれないと思ったこともない。
なのに、ちょっと堅くて動けるくらいしか取り柄がないと思っていたのに、この状況は何だ。
こちらの刺突攻撃はことごとく弾かれ、その度に手甲型のレイピアが削られていく。
相手の少年が使う盾にただただ驚く。
補助武器庫で錬成したとは思えない強度だ。
このままではやられる。
そう判断した奥突は、躊躇なくプライドを投げ捨てた。
下で戦っている味方二人と合流し、三対二の数的有利な形をつくる。
「あれ、奥突、あんた逃げてきたの?」
「……うるさいですぜ」
馬鹿にしたように笑う猫夢理に奥突はそう呟き、気配を薄めて集団に溶け込んだ。
自分以外に四人もいれば十分に個心技の効力を発揮できる。
相手の意識から自分を消す。
相手に自分を認識させない。
それが奥突の能力の一つだ。
相手はこちらの個心技がどういうものか分かっていても、警戒していても対応できない。
あとは敵の背後を突き、一方的に屠るだけ。
刺突の瞬間に得物に《心力》を流し込んで威力を上げる《研磨》で、相手の心臓部を一撃で貫く――はずだった。
「うぐッ」「なん、ですぜッ!?」
攻撃は通った。
しかし、刺し貫いたのは侍恩の肩。
気配を消す個心技に対応されたのではない。
レイピアに《心力》を流し込んだところを反応されたのだ。
勘の鋭い侍恩だからこそ、紙一重のタイミングで反応され、狙いをずらされた。
しかし、奥突に非はない。
復体が堅い侍恩を貫くには《心力》で威力を上げるしかなかったのだから。
「捉、えたぞ……奥突」
侍恩はレイピアをがしっと掴む。
奥突は瞬時にレイピアから手放す。
瞬間、紫色の刺突剣はあっという間に霧散した。緑型以外の武器は身体から離れた途端にこうなるのだ。
武器を捨てた奥突は、態勢を立て直すため回避行動を取ろうとする。が、
「遅過ぎ!」「化け猫ぉ!!」
地面を這うようにして迫ってきた赤色の高周波ブレードを、奥突は極楯で受ける。
《心力》を全開で出力し、一瞬の攻防の中で猫夢理が脚を狙っていることを読んで、ピンポイントで防御してみせた。
火力のある猫夢理の攻撃を防ぐにはこれしかない。
全身を満遍なく覆って身を守る膜楯では単位面積あたりの防御力が低過ぎて破られる。
しかし、奥突の表情は尚も緊張したままだ。
なぜなら、自分の脚を焼き切ろうとする高周波ブレードは、あくまで崩しの一手だと気付いたから。
間一髪で防御できたのではなく、全力防御を引き出されたのだと分かったから。
更に言えば、猫夢理の攻撃は奥突の目線を下に下げさせるため。
本命は、がら空きな頭部めがけて、上から振り下ろされた円い盾だ……!!
「最、弱ぅ……!!」
それが奥突の断末魔となった。
頭の一部をべこりと凹まされ、選手戦死を意味する演出の小規模な爆発とともに、フィールド外に転送される。
――チーム神動、1得点(内訳:敵選手1人撃破=1点×1)計1点
「侍恩!」「了解!」
そして奥突を落としてからも、侍恩たちは攻撃の手を緩めない。
遁走する敵選手二人にすぐに追い付き、侍恩はその内の一人――練習中に剛羽と言い争っていた少年に、手にした盾を殴り付ける。
侍恩に攻撃された少年は、おそらくフィニッシュ役を任されたであろう猫夢理を警戒し、全身を《心力》で包む膜楯で迎え撃つ。
膜楯では猫夢理の攻撃を防ぎ切れないが、被弾箇所をずらせれば即死は回避できる。
(《最弱》弾いて、飛び込んできた孤猫をカウンターで殺す!)
しかし、少年の見通しは根底から崩れ去った。
「嘘、だろ……?」
バキバキ、と。
ガラスにヒビが入るような音とともに膜楯が粉砕された。あの《最弱》に。
問題なく、難なく弾き返せると思っていたあの《最弱》に、少年――冨士原秀家は刈り取られた。
――チーム神動、1得点(内訳:敵選手1人撃破=1点×1)計2点
一方、最後の一人となった少年は、冨士原が落とされたのを見た瞬間逃げ切れないと判断し、足を止めて殻に籠るように《心力》を球状に展開する。
殻楯。膜楯との違いは身体から離して、広域に盾を張ること。
身体から離しても消えない《心力》の特性をもつ、緑型ならではの防御方法だ。
しかし、殻楯の防御力は膜楯よりは高いが、極楯には及ばない。
これでは数秒前に無様な死に様を晒した冨士原の二の舞だ。が、タダで死ぬつもりはない。侍恩が殻楯を叩き割って中に侵入してきたところで、少年は突撃銃を急造する。
(《最弱》は危険だ――ここで落とす!)
一対二の状況で猫夢理を倒すことは現実的ではない。
冨士原がやろうとしたように捨て身のカウンターを敢行しても、猫夢理を撃破できる確率は限りなくゼロに近いだろう。
だから少年――熊谷敦盛は標的を侍恩に絞った。
仕方なく、ではない。
無理をして猫夢理の撃破を狙う以上に、侍恩を倒すことに価値を見出したのだ。
少年はゼロ距離射撃で――次の瞬間には背後を狙っているであろう猫夢理に斬り捨てられることを覚悟した上で、侍恩を道連れにしようと銃撃。
間もなく、熊谷は予想した通り背後の猫夢理に身体を二つに切断された。
上半身だけになった熊谷は、宙を泳ぎながら侍恩を見る。
侍恩の堅さは直前の冨士原との攻防で把握しているが、超至近距離から銃弾を食らえば致命傷は確実だ。が、
「どんだけ堅いんだよ、お前……」
盾すら貫けていなかった。
状況が一刻を争っていたため、威力よりも速度を重視して撃ったが、それでも驚きを隠せない。
道連れに失敗した熊谷は一人で退場。
決死の反撃は失敗に終わった。
――チーム神動、1得点(内訳:敵選手1人撃破=1点×1)計3点
「あーあー、あたしの点、ほとんど取られちゃったー」
奥突たちの小隊を全滅させた後、猫夢理は口を尖らせ、不満を露わにした。
「も、申し訳ありません、鵣憧殿」
「冗談よ、冗談……ていうか」
頬を染めた猫夢理は、ふんとそっぽを向く。
「下の名前でいいわよ。あんた男っぽくないし――じゃなくて! 付き合いも長いし」
「ッ! はい、猫夢理殿!」
ハイタッチを交わし、侍恩たちは駆け出した。
途中経過
チーム神動、計3点(内訳:敵選手3人撃破=1点×3)
チームエイツヴォルフ、計3点(内訳:敵球1個破壊=3点×1)
地味に熊谷がお気に入り笑
次作でも出したい