僕は耀様の執事です
《心力》。
生命の力、超常エネルギー。
現在全人類の5割以上が、この超科学的な力を扱えるようになっていた。
漫画の登場人物たちのように派手なことができるようになれば、それを使って何か楽しいことをしたいと思うのは自然なことだ。
そう、ということは!
人類の能力が変われば、スポーツも変わる!!
砕球。
ともすれば容易に人を殺め兼ねない《心力》を存分に発揮できる新世代の球技にして、史上最強のスポーツ。
《心力》を使った派手なアクションや闘士たちの熱き戦いは、民衆の心をがっしりと掴み、一躍人気スポーツへと昇進した。
21世紀を迎えた今、代表チームの活躍もあり、ここ日本でも砕球の人気は他の追随を許さない。
そんな日本にある砕球強豪校の1つ――私立九十九学園高等学校に、剛羽はやってきた。
4月、同校の管理する寮にて。
「あ、しおん!」
寮の中から姿を現した執事服姿の人物に、耀が親しげに声を掛ける。
侍恩と呼ばれた少年? は、背丈は160前半くらいで小さめだ。
しかし、弱々しい感じはまったくなく、黒い太縁眼鏡は聡明そうな雰囲気をより引き立て、襟首のあたりで切り揃えられた黒髪やぴんと伸びた背筋からは、頼もしい印象を受けた。
「誰だ?」
「わたしの執事です!」
「執事? てか、男……だよな?」
「いえ、しおんはおん――おんおん!」「?」
「耀様、ご無事ですか!?」
「う、うん! 無事だよ~」
「またトイレの窓から飛び降りて外に出ましたね? 危ないから止めてください」
「だってそうでもしないと、しおんを巻けないんだもん」
「巻かないでください!」
「大丈夫大丈夫、ちょっとそこまでボブとお散歩してただけだから」
「お散歩って……泥だらけではないですか」
心配そうに眉を曇らせた侍恩は、胸ポケットから取り出したナプキンで、「んー」と顎を上向ける耀の頬についた汚れを丁寧に拭き取っていく。
「いつも口を酸っぱくして言っていますが、勝手にどこかに行かれては困ります。もし耀様の身に何かあったら……」
「どんとうぉ~り~だよ」
「し、しかし」
サムズアップしながら暢気に笑う耀とは対照的に、侍恩と呼ばれた少年? は気が気でない様子だ。
本当に、耀の身を案じていたのだろう。
「失礼します」
侍恩はぽんぽんぽんと素早く耀のボディ&タイヤチェックを済ませたところで、ようやく安堵の息を漏らす。
「ご無事で何よりです。ですが、今後は必ず! 必ず、事前に一言お願いしますね。いえ、勿論そういうお茶目なところも狂おしいほど素敵ですが――ごほんっ」
わざとらしく空咳した侍恩は、人差し指をぴんと立てながら続ける。
「とにかくお出かけになる際はどこに何をされに行かれるのか、誰とお遊びなさるのか、何時頃帰宅なさるのか、きちんと僕にお伝えください。いいですか、必ずですよ?」
「しおん、わたし今年でもう16歳だよ?」
「耀様の身の安全のためです」
子ども扱いされてるなと、剛羽が鼻で笑う。と、笑われたことに気付いた耀が、顔を真っ赤にしながら侍恩に抗議する。
「も、もう子どもじゃないもん!」
「いいえ、子どもです。高校生は子どもです」
「だったら、しおんだって子どもぉ!」
「ふ、何を仰るのですか。僕は耀様の執事です」
「あぁ、ずるっこ!」
すっと胸に手を添えて誇らしげな表情をみせる侍恩に、耀は手を振り回す。
態度も口調も子どものそれだ。
「そしたら、わたしはしおんの主だから、子どもじゃないもん」
ぷいっとほっぺを膨らませながら耀がそっぽを向くと、侍恩は「なんっ!?」と呻く。
「だ、駄々を捏ねないでください!」
「うぅ……捏ねてないもん」
思い通りに行かずじわっと涙を浮かべた耀に、そんな子どもらしく愛らしい主の姿に、侍恩は頬を緩ませまくるが、すぐに表情だけは整えて対抗する。
「か、かわええですが、却下でひゅ!」
「しおんのいけずぅ! 分からずやぁ!」
「ぐはっ、で、でもダメです! 僕は心を鬼にすると決めたのです!」
「じゃあもういいもん、もうしおんとはおしゃべりしてあげない! ぜ、絶交しちゃうもんね! ほ、ほんとだからね!?」
「ぜ、絶交!? そんな……」
「あっ……うぅ」
ふんとそっぽを向いていた耀は、ちらりと視線を戻したところで侍恩が顔を真っ青にしていることに気付き、急にそわそわし出す。そして、
「しおんぅ」「耀様ぁ」
「大好きだよぉ~」「僕もですぅ~」
二人の少年少女は熱い抱擁を交わした。
「あほくさ」
時間の無駄だと判断した剛羽は、すーっと耀たちの横を通り過ぎようとする。が、
「ところで耀様、この男があの……」
「うん、蓮剛羽さん!」
剛羽が「抜いた!」と思った刹那、背後から伸びてきた耀の手にばしっと手を掴まれた。
耀と抱き合っていた侍恩が、じろりと剛羽を睨め付けてくる。
「なんだよ?」
「しおん、睨んじゃダメですよ。大事なお客様なんだから。まずは自己紹介!」
耀がそう取り成すと、侍恩はちっと本当に嫌そうな顔をしながら舌打ちした。が、びしっと姿勢を正し、堂々とした様子で話し出す。
「達花侍恩、貴様と同じ高校1年生だ。耀様の執事と砕球のコーチを任されている。以後よろしく」
「しおんがわたしにタイヤ練習を伝授してくれたんですよ!」
「あの無茶苦茶な練習考えたの、お前だったのか」
「蓮さん、日本の伝統的な練習を馬鹿にしちゃダメですよ?」
「……ん?」
「はい?」
剛羽と耀は首を傾けたまま見詰め合う。
2人の間に沈黙が落ちる。
「ですから、日本の伝統――」
「んな伝統はない!」
「えぇ!? でも、しおんが日本の伝統的な練……習……って、しおん!?」
さっと顔を背けた侍恩に、耀は顔を真っ赤にしてぷんすか怒り出す。
「騙したの!? ひどいよぉ~、うぇえええぇん」
「あ~ぁあ、泣かないでください、耀様~!? 伝統云々の話は言葉の綾と言いますか……」
「え、そうなの?」
「…………申し訳ございません。僕は嘘を付いていました」
明かされた真実に、瞠目する耀。
執事に謀られた主にどう声を掛ければいいのか、剛羽には分からなかった。
「モーニング、グッドモーニング!」
とそこで、元気のいい挨拶が。
見れば、幼女が寮の入り口からひょっこりと顔を出していた。
「ういかさん」「おはようございます、洲桜先生」
「どうしたのヒカリン、タッチー?」
先生だった。というか、寮長だった。
「今日もいい朝ダ!」
西洋人形のような外見のウイカは、腰まで伸びるサラサラな銀色の髪を揺らしながら、マゼンタ色の瞳を愛嬌たっぷりに輝かせ、耀たちと挨拶を交わす。
洲桜ウイカ。旧姓ウイカ・マリー。
学生時代に欧州から日本に砕球留学し、そのまま日本でプロ砕球選手として活躍していた。
勿論、剛羽はウイカのことを知っていたが、現役時代より随分髪が長くなっていたため、ぱっと見では気付かなかった。
「お、マッシー! 待ってたよイ!」
「ま……マッシー?」
その呼び方は正直やめて欲しいが、寮長自ら歩み寄ってきてくれているのだ。
円滑なコミュニケーションを取る上ではあだ名も必要かと合理的に判断した剛羽は、嫌がる気持などおくびにも出さない。
「蓮剛羽、マッシーです。今日からよろしくお願いします」
むしろ自分からそのあだ名を口にすることで、親しみやすさを演出する。
「うむ、くるしゅうないゾ、マッシー。それじゃあ早速部屋に案内するネ」
「その前にちょっといいですか」
寮に引き返そうとしたウイカを呼び止め、剛羽は続ける。
「洲桜先生、神動をコーチするのが入寮条件でしたよね?」
「うん、ワタシ感覚派だから教えるの苦手なんだよネ。ヒカリン」
試しに見せてあげようと、ウイカは耀と向かい合う。そしてばっと手を突き出した。
「《心力》はね、こウ! ばっテ! ばばって、出すんだヨ!」
「こうですか!」
「洲桜先生、僕に任せてください。耀様、こうです!」
謎の踊りを始める耀たち3人。
(ヨガでもやってるのか……?)
間違ったことを吹き込まれている。
「あ、もういいです、よく分かりました。俺が責任をもってコーチします。なので、先にこいつと試合やらせてください」
「ほほう、その心ハ?」
剛羽はじっと耀を見据える。耀がびしっと姿勢を正す。
「神動の実力、俺にみせてくれ。実際戦ってみるのが手っ取り早くて合理的だ」