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砕球!! 改稿6回目  作者: 河越横町
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鵣憧 猫夢理(せきしょう ねむり)


 約一年半前、二月。

 鵣憧猫夢理、一四歳。


 当時九十九学園中等部二年だった猫夢理に、競技人生の中で一、二を争う事件が起こる。


 それはチーム九十九内で起きた九十九派と上妃派の闘争――ではない。


 事件が起きたのはその後だ。


 九十九派に敗れた猫夢理たちは新天地を求めた。


 今度こそ九十九たちを倒すために。


 しかし、完敗して尚そんな気概を持っていたのは、九十九学園に残ったメンバーの中では、猫夢理本人と笑銃の二人しかいなかった。


 自然、新チームでも衝突が起きた。

 

 九十九たちに負かされてもストイックに鍛錬に励む猫夢理は、チームメイトたちにも同等の努力を求め――結果、かつて同じ志をもって九十九たちに戦いを挑んだ仲間は、次々とチームを去った。


 中には、砕球を辞めた者も、普通科に転科した者も……退学の道を選んだ者もいる。

 

 真面目な猫夢理はひどくショックを受けた。

 

 九十九たちに負けたことより、仲間の心が折れてしまったことの方が悲しかった。

 

 自分のせいだと背負い込んだ。


 心が折れた仲間を責める気にはなれなかった。

 

 努力してきた人間からすれば、あの一敗はただの一敗以上の意味を持っていたのだろう。

 

 自分のように立ち直れる人間もいれば、そうでない人間もいるのだと悟った。


 自分は仲間が弱っていることに気付いてあげられず、あまつさえ止めを刺したのだ。

 

 それ以来、猫夢理はチームメイトにあれこれと言うことは控えるようになった。


 もうあのときのような気持ちになるのは御免なのだ……砕球を楽しもうと言っている耀には尚更言えない。

 

 しかし、彼女と同じチームになってしまったら、いつかまた自分はかっとなってキツいことを言ってしまうかもしれない。それは……嫌だ。


 だから、自分を親ってくれている彼女に厳しくして嫌われたくない。

 

 だから、自分は、あの少女と一緒には……。





(これ、本当に耀なの……!?)


 猫夢理は、たった今追い付いたポニーテールの少女にちらりと視線を送る。


 いつも笑顔で「楽しい試合にしましょう!」と言っている親友は、目下、苦悶の表情で手足を振り回していた。


 髪を振り乱し、口を大きく開け、ぜえぜえと音を立てて呼吸し、必死に一位を目指している。


 楽しいなんて言葉は、一切見受けられない。


 発しているのは、自分と同じ勝ちたいという気迫だ。


(なんで……)


 信じられない。


(なんでそんなに、必死なの、耀……!?)


 このギリギリの局面で、訊ねることなどできない。

 

 これは真剣勝負なのだ。


 戦場ここでは、親友もなにも関係ない。


 すっとその眼光を鋭くした猫夢理は、隣を走る競争相手に肩からぶつかっていった。

 

 観客たちの悲鳴とともに、少女がぐらりとよろめく。

 

 猫夢理は相手の速力が落ちた隙を突き、進路を邪魔するように身体を入れる。

 

 ゴールまで残り五〇メートル。耀との差は五メートルといったところか。


(あたしの勝ち……!!)


 しかし、勝利を確信した瞬間、


「――悪いな、鵣憧」


 右肩に衝撃が走る。


 果たして、猫夢理にぶつかってきたのは、


「――俺、ガキな男の子だからさ。言葉よりも行動で示す方が、手っ取り早いって思ったんだわ」


 にっと挑戦的な笑みを浮かべる耀だった。

 

 やり返された、あの耀に。肩をぶつけ返された。


(そう……そういうこと……)


 どうやら、この少女はただのエンジョイ派ではないらしい。


(ねえ、耀……)


 ずっと前から言いたかった。

 

 でも、思いを伝えられなかった。

 

 だって、自分と彼女は対極の存在だと思っていたから。


(あたし……)





 思い返してみれば、耀と初めて話したのは、猫夢理がテスト前に図書館で勉強していたときのことだった。


 猫夢理の座っていた長机の一列前で、二人組の男女が勉強していた。


 盗み聞きするつもりはなかったが、ちょうど休憩に入ったところで、二人の話が聞こえてくる。


「しおん、眠たいぃ……」


「耀様、寝てはダメです。きちんと勉強しなければ進級できませんよ」


「でも、わたしたち砕球科なんだよ? 砕球を頑張る生徒なんだよ? こんなの絶対おかしいよ~」


「そんなことでは、また下から数えた方が早い順位を取ってしまいますよ?」


「はうっ……しおんはすごいよね、いつも三位だし」


「勉強も選手としての実力もあるエイツヴォルフ殿に比べたら、まだまだですよ」


「エイツヴォルフさん、すごいよね。なんでもできちゃうもんね」


「はい、きっと相応の努力をしているのでしょう」


 あー勉強とか砕球の話になるとやっぱ一位のあいつの話になるか~……と、猫夢理が悔しがっていると。


「エイツヴォルフ殿は勿論ですが、僕らの学年にはもう一人、すごい方がいるのです」


「え、誰々!?」


「鵣憧猫夢理という方です」


 ぴくっと反応した猫夢理は耳を欹てる。


「彼女は砕球序列でもテストでも二位を取っているのですよ。テストは全学科中二位です」


「すご~い! かっこいい~!」


 嬉し恥ずかしで顔を真っ赤にする猫夢理。


「しかも」


「まだなにかあるの!?」


「はい、彼女は九十九学園の裏サイ――ぶぉほんで開催されたファン投票「君に決めた!」で見事一位を獲得したのです」


 がたっと、一位という言葉に、猫夢理は思わず立ち上がってガッツポーズしそうになってしまう。


 何とか堪えられたが、太腿で机の裏面を強打してしまった。


「一番人気! すごいな~、人気ってことはすごく可愛いんだろうな~」


「はい、あの毒舌が、蔑むような目が、抜群のスタイルが、ツンとした態度がいい、すごくいいと男子たちから人気なようです。ミンチされたいくらいだそうです」


 耀は両手で頬を挟み、うっとりと感嘆の溜息を洩らす。


「強くて、勉強もできて、人気もあって……はぁ、かっこいいなぁ~」


 慣れないくらい褒められて、猫夢理は顔を真っ赤にする。


 猫耳の生えた頭がくらくらと左右に揺れる。そして遂に、


「憧れちゃうな~」


 ゴンッ……!!


「え?」「敵か!?」


 興奮のあまり意識が朦朧としていた猫夢理は、頭を机に思い切り打ちつけてしまう。


「しおん、後ろの人だよ! たいへん、顔真っ赤だよ!? 保健室連れていかなくちゃ!」


「流石、耀様! なんて心の清い方なのでしょ……う? おや、この方は……鵣憧殿?」


「ぅう~……恥ずかしぃ」


 猫夢理は打ち付けたおでこを隠すように、腕で頭を覆う。


「あの……鵣憧さん、ですよね?」


「う、うん、そうだけど……?」


 近付いて顔を覗き込んできた耀を、猫夢理は腕の隙間から見上げる。


「わたし、神動耀って言います! 鵣憧さんのこと聞きました! すごいですね!」


「いや、でも二位だし……」


「いえいえ、二位だって簡単に取れる順位じゃないですよ! かっこいいです!」


「ちょ、ちょっと待って! 一回落ち着かせて! ……恥ずかしいからぁ~」


「恥ずかしい?」


 いやだって周りからは二位のことでイジられるしと、猫夢理は慣れない反応に戸惑ってしまう。が、可愛らしく首を傾げる少女からは、まったく悪意を感じられなくて……。


「……ありがと」


 猫夢理は腕の殻を取り払い、姿勢を正して座り直す。


「よ、良かったら、一緒に勉強しない?」


「え、いいんですか!?」


「耀様!? 僕というものがありなが――」


「是非お願いします、鵣憧さん!」「ふぇ!?」


「うん……あと」


 猫夢理は少し頬を染めながら、緩く外ハネした髪を弄る。


「猫夢理でいいわよ」


「わあ! はい、ねむりちゃん! じゃあ、わたしのことは耀って呼んでください!」


「分かったわ、耀」





 懐かしい出会いの記憶が去来する。


 あのとき、声を掛けてくれて嬉しかった。


 あのとき、友達になってよかった。


(あたし……)


 そして、この真剣勝負の場で、親友の新しい一面を見ることができてよかった。


 この少女とならきっと、本気でぶつかり合える。


 だから、もう一歩先に! もっと進んだ関係に!


(あたし、耀と一緒に!)


 猫夢理はふんと鼻を鳴らし、ツンと気取った表情で、耀に笑みをぶつけ返す。そして、


「勝つ!!」「一番!!」


 耀が、猫夢理が叫び、己を鼓舞する。


「「ぁああああああああああ!!」」


 二人は身体からの警告を無視してさらに速度を上げ、ゴールを駆け抜け……力尽きた。


 優勝者の名前がコールされ、その名を聞いた剛羽はぐっと拳を握り締める。


 そして『蓮ジュニア、個人九位にガッツポーズ!?』のタイトルで、珍プレーニュースの見出しを飾るのであった。


ねむりは作品を改稿しても生き残りそうなキャラです。気に入ってます笑


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