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砕球!! 改稿6回目  作者: 河越横町
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ちょっと妬いちゃってたんだぞ?


 九十九との対談から一週間が過ぎたある日。

 

 剛羽は地元の病院に足を運んでいた。

 

 試合で怪我をしたので診察に来た、という理由ではない。

 

 窓口で一言断ってから、剛羽が向かった場所は――


「っ! 剛羽!」


 ちょうど休憩時間に入った母、蓮美咲の担当フロアだった。


 剛羽が受付の奥にちらりと見えた美咲をじっと見ていると、その視線に気付いた美咲が同僚との談笑を打ち切り、廊下に出てくる。


「もう、黙って見てないで声掛けなさいよ。ずっと見られてるから、知らない男の人からロックオンされちゃったのかと思ったじゃない」


「母さんのことそんな目で見る人いるの? もう今年で四〇なのに」


「お母さんいい大人だからそんな安い挑発されてもへっちゃらだけど息子が大きくなって社会に出てから困らないように手遅れにならないようにきちんと教育しておかないとね」


「ぷ……プロレス技はやばいって……く、苦しい」


 絞まる首も、美咲の言い訳も。


 ヘッドロックから解放されて安心したのも束の間、今度は美咲に抱きしめられた。


「あ~、剛羽の臭いがする」


「そりゃ俺だから…………それより母さん、ここ廊下だからさ。ほんとやめてください」


「お母さんは気にしないから」


「いや、俺が気にするんだって!」


 耳を赤くした剛羽は、ちょっと腕に力を入れて密着する美咲を剥がす。


「もう、昔はお母さんにべったりだったのに。お母さん、悲しいわ。ゆなちゃんにとられちゃったのね」


「いや、優那先輩とはそういうんじゃないから……てか、硬い」


「硬い!? そ、そりゃあ、お母さんのはゆなちゃんほどバインバインじゃないけど……ん? あれれ~? 剛羽、あなた、ゆなちゃんともう抱き合ったりしてるの~?」


「いや、あれは俺から望んだものじゃ……は!」


「そっか~、抱き合ってるのね。剛羽は年上のお姉さんが好みなんだ」


 迂闊な発言を悔いる剛羽を見ながら、美咲は片手を頬に当てて微笑む。


「そ……それより、場所移そうよ……ここで話すの微妙だし」


「じゃ、屋上行きましょ。今の時間は誰も使ってないから」





「いや~、それにしても剛羽から連絡くれるなんて珍しいわね」


 美咲が思い切り腕を伸ばして伸びをする。


 開放的な空間でやるのは気持ちよさそうだ。


「まあ、たまにわね」


 ベンチに腰掛ける剛羽がそう素っ気なく答えると、伸びをしていた美咲が不意に剛羽の隣に「よいしょっ!」と腰を下ろした。


「何かあったの?」


「…………」


「何かないとあなたから連絡することなんてないでしょ?」


「……まあ、ちょっとね」


「新しいチームのこと?」


 ぽんぽん言い当てられた剛羽は苦笑するしかない。


「なんで分かるの?」


「そりゃ剛羽のお母さんだからね」


 誇ることもなくさも当然に言ってのけた美咲は、ベンチの背もたれに身体を預け、また伸びをする。


「……仕事たいへん?」


「あはは、息子に心配されるなんて歳は取るもんだね~」


「たいへんでしょ?」


 しつこく訊くと、美咲は剛羽に柔らかい笑みを浮かべる。


「心配してくれてありがとね。お母さん、嬉しいわ。でも、剛羽と美羽を育てるのがお母さんの仕事よ。だから大丈夫。それより、お母さんは剛羽のことが心配だな」


 剛羽は美咲から視線を逸らし、屈むような姿勢で手を組む。


「……なんか、上手く行かない。俺がなにしたってどうにもならない感じで」


「……うん」


「すごい頑張ってるやつがいるんだ。夢叶えるために一生懸命練習してて、でも、俺とそいつは違うチームで、俺はそいつをチームに入れたいんだけど……」


「……うん」


「それは無理なことで……そいつは実績がないから退学させられる……」


 剛羽は唇を噛み、組んだ手が震えるくらい力を込める。


 美咲はそのきつく組まれた剛羽の手にそっと手を置いた。


「剛羽はその子を退学させたくないんだ」


 剛羽は目を閉じ、顔を逸らして小さく頷く。


「でも、それは俺のわがままだ……! そいつにとっては退学した方が幸せかもしれないんだよ……! でも、俺はあいつと……あいつと一緒に…………」


 アリスの言い分は正しいと認めてしまっている。


 そして自分の気持ちは正しくないとも思っている。


 それでも未練がましく悩んでる。

 

 耀の出生の秘密を知らされてから何日も経っているのに、全然気持ちを整理できない。


 切り替えられない。


 きっと、心のどこかで納得できていないせいだ。


 それも、これも、全部――


「俺が父さんみたいに強ければこんなこと思わなかった。俺が弱いから、こんなことで躓いてるんだ……父さんはずっと独りで戦ってたのに」


 自分の父は、野球から砕球に競技転向して……孤独だった。


 蓮蒼羽は砕球選手として日本代表を世界大会の決勝戦まで導き、野球選手が競技転向する成功例を、足掛かりをつくった……耀にはそう伝えたが、実はこの美談には裏が――話せなかった事実がある。


 それは――


「父さんは後輩たちのために道をつくったのに、そのために一年間毎日死ぬ思いで練習したのに……」


 練習だけでなく本番でも死と隣り合わせだった。


 そう、《心力》の存在が確認されて間もなかった蒼羽たち第一世代は、剛羽たち第五世代のように復体に変身することができなかったのだ。勿論、例外はあったけれど。


 故に、試合中に身体のどこかを損壊すれば、欠損部位から出るのは黄色の粒子ではなく鮮血だ。


 身を守るため、蒼羽はいつも胸当てや籠手などの防具を身に付けていた。


 しかし、そこまでして、命を賭けて戦った果てに蒼羽が手に入れたのは……古巣である野球界からの容赦のない批判だった。


「父さんは野球界じゃ嘘付き野郎の裏切り者扱いだ」


 それが蒼羽に襲い掛かった現実だ。


 蒼羽に類稀な《心力》の才能があると発覚したとき。


 例えば耀がバッティングセンターで飛んできたボールのコースを強引に変更したように、蒼羽がその力を野球でも使っていたのではないかと、輝かしい成績の数々はズルをした手に入れたものだと、球界の重鎮――名球会、選手会は糾弾した。

 

 勿論、蒼羽はそんなことはしていない。けれど、終ぞ誤解は解けなかった。

 

 野球界からは永久追放。残してきた記録の全てを無効にされた。

 

 まるで薬物や賭博など犯罪に手を染めた選手のような酷い扱いだった。

 

 野球選手の未来を思い、チームメイトと分かれを告げ、砕球の世界へ飛び出し。

 

 見事その役目を全うしたが。


 英雄に帰る場所はなかった。


「それでも、父さんは文句一つ言わなかった……! 野球選手のためにやってきたこと全部、全部、全部……! 無駄になったっていうのに……! 怒りもしなかった……なのに、俺はこんなことで……」


 剛羽は父蒼羽のことを心から尊敬している。


 だからこそ、憧れる存在のあまりの強さに、自分の弱さをこれでもかと実感するのだ。

 

 目を背けたくなるほどに。

 

 己の無力さに失望するほどに。


(何が蓮ジュニアだ……)


(何が元全国一位だ……)


 そんなもの、想像を絶する困難を乗り越えてきた蒼羽と比べたら……


 最後まで、最期まで報われなかった英雄と比べたら……


 積み上げてきた勝利も! 実績も! 何もかも!


(父さんと比べたら、全部大したことない無価値な――)


「――お母さんね」


 剛羽が激情に駆られたそのとき。


 不意に、美咲が俯いた剛羽を抱き寄せた。


「お母さんね……剛羽が砕球やってくれて良かったって思ってるんだ」


「…………」


 抱き寄せた息子の頭を何度も、何度もゆっくりと優しく撫でる。


「剛羽が保育園に移ったとき、剛羽は大丈夫だって言ってくれたけど、お母さんね、本当に心配だったの。剛羽に無理させてるんじゃないかって、辛いのに我慢してるんじゃないかって……でも、剛羽、一回だって保育園に行くの嫌がらなかった。美羽が家にいるときは面倒も見てくれた。だから、お母さん、甘えてたのかな……剛羽が蓮ジュニアって呼ばれて苦しんでることすぐに気付けなくて……」


「……別に、助けてなんて言ってないし」


 剛羽は美咲の手を軽く撥ねのけ、遠ざかる。


「俺の責任だよ」


「……なんて言うから、お母さん、ちょっと悲しかったんだよ?」


「なんでよ」


 困ったように笑う美咲に、剛羽も苦笑した。


 落ち着きを取り戻してきた剛羽に、美咲は慈愛の目を向ける。


「ジュニア、ジュニアって言われてたいへんなのに、剛羽、いつも楽しそうだった。考えてみれば、家族よりも長~い時間一緒にいるんだもんね。お母さんと話すときも砕球のことばっかり、ゆなちゃんたちのことばっかり話してたし……だからね、お母さんは剛羽が砕球やってくれて、続けてくれてよかったって思ってるんだよ……まあ、本音を言えば……お母さん、妬いちゃってたんだぞ?」


「歳考えて」


「何だとぉ! このこのぉ!」


 美咲に再び頭部をロックされ、肘で頭をぐりぐりされていた剛羽はふと気付く。


 ――家族よりも長~い時間一緒にいるんだもんね。


(……そっか、俺にとって砕球は、チームは……)


 家を出るときに振り返って見る玄関にも。

 家に帰ったときに見る玄関にも。


 耀たちを招いたときと同じように、そこには誰もいなかった。


 剛羽一人しかいなかった。

 

 けれど、グラウンドに行けば、いつだって優那たちが、炎児たちがいた。


 楽しいことも、苦しいことも、嬉しいことも、悲しいことも。


 それら全ての感情を分かち合えるチームメイトたちがいた。


 だから、グラウンドに行くのが楽しみだった。

 練習の日が、チームメイトのいる学校に行くのが待ち遠しかった。


 だから、蒼羽が、美咲が、妹の美羽が家にいなくても、寂しさに暮れることはなかった。

 

 きっと、チームは、その場所は剛羽にとってかけがえのないもので、温かいもので――


 ――マッシーはさ、どうして砕球続けてるノ?


(続ける理由、続けられる理由……見付けられたよ、ウイカさん)


(家族みたいな……もんだったのかな)


(そんな場所だから……)


(あいつらがいたから……)


(砕球……続けて来られたのかな)


 今まで出会ってきたたくさんのチームメイトたちが、剛羽の支えになっていた。


 決して家族の代用品ではない。

 

 もう一つ別の、違った形のかけがえのない家族だ。

 

 剛羽の表情から険が取れたところで、締め付けが緩む。


「……ふふふ」


「母さん……?」


「あとね、剛羽。あなた、一つ勘違いしてるわよ」


「え、なにを……?」


「お父さんのこと」


 剛羽を解放した美咲は「ん~」とまた伸びをし、ベンチに背中を預ける。


「お父さんはね、別に後輩たちのために砕球始めたわけじゃないわよ。お父さんは野球選手でもこんだけやれんだぞ~って、砕球の世界大会って大きな舞台で野球の宣伝するために参加したのよ」


「え……?」


 あまりの衝撃にそれしか言えないで固まる剛羽。


 美咲は当時のことを思い出したのか、口に手を当ててくすくすと笑う。


「あんな見た目だから何でも真面目にやってると思われがちだけど、意外とお茶目でめちゃくちゃなことするのよ? 可愛いでしょ~」


「なにそれ、惚気……?」


「そ~とも言う~」


 こんな一六年目の真実知りたくなかったと、剛羽はがっくりと肩を落とした。


 そんな息子に、美咲は続ける。


「あとね、お父さんは独りだったわけじゃないわよ。桑田さんがいて、原さんがいて……お父さんのこと随分支えてもらったんだから」


「……そっか」と素っ気なく答えた剛羽だが、どこか安心したように笑っていた。


「だからね、剛羽。お父さんの息子なら、お父さんに負けないくらいめちゃくちゃに、自分勝手にやってきなさい」


「それでもし、誰かを不幸にしたら……?」


「そのときはお母さんのところに来なさい。剛羽が何したって、お母さんはず~っと剛羽の味方なんだから」


「…………」


「こらこら、泣かないの。男の子でしょ?」


「いや、泣いてないから」


 慰めようとしてくる美咲の手を振り払い、剛羽は立ち上がる。


「ちょっと行ってくる…………ありがと、母さん」


「どういたしてまして」


 気持ちは固まった。


 柔らかく微笑む美咲に見送られ、剛羽は病院を後にした。


 そして――


この話を書いてるときの河越

「剛羽、ママンと長話しし過ぎ~」


あ~、どこを削るべきか……

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