協力してくれマスわね、マシロくん?
夏の大会でシード権を獲得するためにも負けられない春の大会、初戦。
その試合会場への移動中、剛羽は金茶髪の少女と対面する。
「九十九先輩たち、今日も来てないんだな」
剛羽はジト目でアリスを見た。
「大会には来るんじゃなかったのか?」
「まだ初戦デスから。そんなに心配なさらずとも大丈夫デスわ」
アリスは堂々と張った胸にすっと手を置く。
「このアリスティナ=エイツヴォルフがチームを勝利に導いて差し上げマスから」
「お前、調子乗り過ぎ――」
「あら、お前だなんて失礼デスわね。返事してあげマセんわよ」
面倒臭そうな顔をする剛羽に対し、アリスはくいと顎を上向け、ふふんと嬉しそうに胸に手を当てる。
「ワタクシの名前はアリスティナ=エイツヴォルフ、デスわ」
「いや知ってるけど……じゃあ、アリス」
「ッッッ!!」
まるで銃で撃たれたかのように、うっと胸を抑えるアリス。
その仕草とは反対に、それはもう堪らないくらい嬉しそうだ。
「アリス?」
「い、いえ、何でもなくなくもありマセんことよ」
「ところでさ……一つ質問していいか?」
「どうぞ、何でも聞いてください」
「……なんで」
剛羽は自分たち二人しかいない車内を見渡す。
「なんで、遠征行くのにリムジンなんか出してんだよ!! 変な目立ち方するだろうが……」
常日頃から注目される身としては、もっと穏やかに生きたいのである。
自分とアリスが二人きりになるなど、記事にしてくださいと言っているようなものだ。
事実、数分前に「蓮ジュニアとアリスティナ第三王女が密会」という記事がネットに掲載されている。もうほんとやめて欲しい。
しかし、アリスはどこ吹く風だ。
「あらあら、もう忘れたのデスか? 元はと言えば、マシロくん、アナタがワタクシとお話したいと、アプローチしてきたのではないデスか。デスから、二人きりになれる状況を用意したのデスわ」
先日剛羽から「話がしたい」と言われたときは、わくわくさせられたものだ。
そのせいか、昨日は寝付きが悪かった。
そして迎えた「お話の日」。
これ以上ないくらい準備はばっちりだ。
どうだ~と誇らしげな顔をしたアリスは、優雅な所作でティーカップを口元に運ぶ。
学生の遠征に高級車を持ち出すような馬鹿なことをしていなければ、剛羽も見惚れていただろう。
「頼む、今すぐ降ろしてくれ。話は明日でもいいからさ」
「まったく、何を気にしてマスの? マシロくん、意外とビビりなんデスね。もっと堂々としていればいいのデスわ。目立つことの何が悪いというんデスの?」
「お前の頭が悪いことはよく分かったよ」
「まあ! またお前と言いましたわ!」
「ツッコむとこそこかよ!」
剛羽は思わず顔を覆った。
つい大声を出してしまった。
耀といい、アリスといい、クールキャラ泣かせのド阿呆だ。
彼女たち相手に落ち付いて話すのは疲れる。
もう色々どうでもよくなった剛羽は、はあと一つ息を吐く。
「そ、それよりデスわ」
先程までの尊大な態度はどこへやら、アリスは急にもじもじし出した。
この反応。論理的に判断するに――
「なんだ、トイレか?」
「違いマスわ!」
顔を真っ赤にしたアリスは、ぼそぼそと何事か呟く。
「え、なんだって?」
「デ、デスから……ワ、ワタクシに話があるのでは?」
「あ」と間抜けな声を出してしまう。
いきなり高級車なんぞに乗せられて落ち着かない上に、話が何度も脱線していたので、すっかり目的を忘れていた。
剛羽は真剣な表情で切り出す。
「耀と達花をスカウトしたい」
予想通り、アリスの表情が険しくなった。
「……その話は以前断ったはずデスが、ワタクシの記憶違いデスか?」
「いいや。もう一度、改めて検討してほしい」
「マシロくん、アナタ、案外しつこいんデスね。シンドウさんたちにチーム九十九にふさわしい力があるとは思えませんが」
「単に実力だけの話をしてるんじゃない。見て欲しいのは、見習って欲しいのは、あいつらの練習に対する姿勢だ」
自分でも気付かない内に、言葉に熱が籠る。
「ここに来てから、俺、耀たちの練習、毎日見てるんだ。だから分かる。あいつらの方が、俺らのチームよりもきちんと練習してるぞ」
「……なるほど、あの《心力》はマシロくんがコーチしたおかげデスか」
アリスはぼそりと呟いた後、茶化すような口調で続ける。
「ヒカリ、だなんて随分仲がいいんデスのね」
「はぐらかすなよ……今日だって、大会出るために朝早くに寮出てったぞ。俺たちみたいにバスが出ないから、電車乗り継いで行くんだとさ。それでも経験積むために文句言わずにやってるんだ。あいつらの向上心は本物だぞ」
「だから何だという話デス」
それは予想外に冷たい言葉。
不意に、アリスの纏う空気が、車内を流れる空気が変わる。
馬鹿で、頭のネジが抜けていそうな王女は、一転して一分の隙もない凍てつくようなオーラを放つ。
剛羽は思わず口を噤んだ。ぞっと、悪寒が背中を駆け抜ける。
「一々取り立てることでもありマセんわ。シンドウさんのチームの方が、練習量が多い? それはすごいデスわね――デスが、結果が伴っていないのもまた事実デスわ。一方で、ツクモ先輩たちはきちんと結果を出してマス。マシロくんからすれば不真面目に映るかもしれマセんが、九十九学園を彩玉四強に押し上げたのは紛れもなく彼らデスわ」
確かに、チーム練習に出ていないだけで、個人で練習しているのかもしれない。
何より、九十九たちのおかげで九十九学園が強豪校になったのは事実だ。
しかし、
「結果を出してる? 彩玉四強でか?」
「全国大会にも出たことが――」
「それは四年も前の話だろ」
アリスの次は剛羽の番だ。
少年もまた、王女に負けず劣らずの圧を放つ。
「全国に出たのは九十九先輩たちが転入してきた最初の年だけだろ。それからずっと予選で苦戦してる」
全国大会出場以降のここ三年間は、予選決勝にこそ駒を進めているが、優勝まではあと一歩届いていない。
剛羽に言わせれば、たかが県予選の決勝戦に進出した程度で満足されては困る。話にならない。
「このままじゃ、九十九学園が四強から落ちるのも遠くないぞ。実際、秋の大会で彩玉国際に負けそうだったろ」
「デスが、結局勝ったのは――」
「そうだよ。勝ったのは九十九学園だ。アリスの言う通り、結果は出してる。結果が大事だって話に、俺も異論はない。けどな、こんな体たらくで勝ちを拾い続けられるほど、砕球は甘くないぞ」
「……だから、シンドウさんたちをスカウトしてチームを活性化させたいと?」
「ああ、そうするのが合理的だ。明らかだろ」
「い、一軍の方々が納得してくれるとは思いマセんわ。九軍の選手と一緒に練習するなんて、彼らのプライドが――」
「ここは実力主義の九十九学園なんだろ? 仲良しごっこする場所じゃない」
もう十分なくらい、耀たちを獲得することの妥当性は分かってもらえたはずだ。が、
「……ダメデスわ」
「は?」
まさかの拒絶に、剛羽は言葉を失った。と同時に、ある確信を得た。
「ヒカリの入隊は絶対、絶~っ対認めマセんわ!」
まるで子どもが駄々をこねるように息巻くアリス。
そんな王女に、剛羽は冷静に切り返す。
「理由も言わないでダメとか言われても、納得できるわけないだろ。あいつらをスカウトしない理由を教えてくれ」
アリスは力強い眼差しを送る剛羽から逃れるように、顔を逸らす。が、手にしたティーカップがかたかたと揺れていることから、動揺しているのは明らかだ。
「じゃあ、聞き方を変える」
先日、約一年前にチーム九十九で起きた事件を聞いてから、疑問に思っていた。
「どうして、耀たちをチームから追放した?」
「ッ!? な、なんのことやら、デスわ……」
「とぼけるなよ」
「…………」
アリスは僅かな間口を噤んだが、すぐにふふんと鼻を鳴らして堂々と答える。
「マシロくんは知らないでしょうけど、アナタがここに来る前にチームで揉め事があったんデス」
「知ってる」
「ッ!?」
アリスは少し苛立ちながら続ける。
「でしたら、言わなくても分かるはずデスわ。シンドウさんたちはツクモ先輩たちと対立し、是非を決める試合で負けマシた。だから放出したのデス」
「いや、おかしいな」
「な、何を言ってマスの…………」
「追い出されたのは……いや、自分からチームを離れたのは、直接試合に出たやつらって聞いたぞ」
剛羽は知らないことだが、ある者は気まずくなって、ある者は己の限界を知って、ある者は再起を誓って、ある者は散り散りになった仲間を引き留めようとして、自らチームを離れたのだ。
だが、チーム神動の二人は違う。それは剛羽も知っている。
「その頃の耀たちは九軍の雑魚だったって聞いてる。《心力》すらろくに使えない選手が、試合に出られるはずがない」
「…………」
試合に参加し、負けた選手たちは自主的に辞めたと聞く。
しかし、耀たちは違う。
彼女たちは見ていることしかできなかったはずだ。
日々努力してきた人間が叩き潰されるその様を。
ということは、試合に参加したくてもできなかった耀たちを除隊させたのは――
「アリス、お前が耀たちを除隊させたんじゃないのか?」
「……そうデスわ」
はぁと、アリスは観念したように肩をすくめてみせる。
「ワタクシが、ワタクシの権限でシンドウさんを放出しマシた」
「なんで、そんなこと……」
耀たちを追い出したのがアリスだということは予想できていたが、その理由だけは分からなかった。
「マシロくんになら、話してもいいかもしれマセんわね」
アリスは「この話は内密にすると、約束してください」と前置きし、語り出す。
「シンドウさん……ヒカリは、ジャスティン=エイツヴォルフの娘なのデスわ」
神動耀という一人の少女について。
ジャスティン=エイツヴォルフ。
北欧の雄、アルディスタを統べる王族にして、砕球の世界的スター選手。
次期国王でありながら、砕球選手としての顔も持つジャスティンは良くも悪くも王のイメージを覆す存在だった。
親しみやすく、がさつで、たまに真面目で……フィールド内外で様々な事件を起こすトラブルメーカーだったが、当時五歳だった剛羽にとって、ジャスティンは父蒼羽と並ぶ憧れの選手だった。
しかし、剛羽の父蒼羽も出場した世界大会決勝戦で事件は起こる。
アルディスタ王国を砕球世界大会初出場、初優勝に導いたジャスティンが、試合後のヒーローインタビューの場で、極東の島国に暮らす女性にその娘に愛を叫んだのだ。
既に家庭をもっていた次期国王のまさかのスキャンダルは世界中を騒然とさせ、ジャスティンの不倫やその相手の女性、隠し子の話題は連日に渡って報道された。
中でも注目を集めた隠し子というのが――
「耀が、ジャスティンさんの……」
屈託のない笑顔を浮かべる少女が脳裏を過る。
人を魅了するプレーは確かに父譲りだ。
「でも、あいつ、両親はいるみたいなこと言ってたぞ?」
「ヒカリの言っている両親は、タチバナくんのパパとママデスわ。ヒカリは知らないことデスが」
「いや、でも……」
剛羽はジャスティンの隠し子に関する知識を引っ張り出す。
「隠し子は確か俺らより年下って……ッ!?」
「そうデスわ。ヒカリはワタクシたちの二歳年下デスわ。これはヒカリ本人も知らないことデスのよ」
年齢を誤魔化しているのは彼女のためだと、アリスは言う。
「でも、なんでそんな大事なこと俺に……」
どこから耀のことがバレるか分からない以上、情報はできる限り漏らさないべきだ。
動揺を隠せない剛羽に、アリスは真剣な眼差しを向ける。
「マシロくんだから、デス。アナタは知っているはずデスわ、有名な家族をもつことの意味を」
「…………」
「最初はヒカリを退学させようなんて思いマセんでしたわ。でも、チームで問題が起きた後、ヒカリがワタクシに試合を申し込んできて……その試合で考えが変わりマシたの」
剛羽が耀と決闘をして特異なものを感じた様に、アリスも耀と直接戦ったことで気付いてしまった。
彼女の力は決して開花させてはならないものだ、と。
「ヒカリがこのまま砕球を続けて有名な選手になってしまったら、いつの日か隠し子のことがバレてしまいマスわ。そうなってしまったら、あの娘は今のままじゃいられマセん。ワタクシやアナタのように――いやそれ以上に、苦しむはずデスわ。だから」
アリスは決意に満ちた瞳で、堂々と続ける。
「ワタクシはここであの娘の砕球選手としての未来を断ちマス」
「そんなこと、どうやってするんだ……?」
「難しいことではありマセんわ。新人戦が終わった後、彼女に全てを話しマス。そして退学してもらいマスわ」
「……耀のこと恨んでるから、退学させようとしてるわけじゃないんだよな?」
「ハイ。親のことは関係ありませんわ。ワタクシはヒカリを実の妹だと思ってマスもの」
「そっか……退学のこと、耀は知ってるのか?」
「ハイ、既に通知済みデスわ」
抜かりはないと、アリスは自慢げに胸を張る。
「新人戦がヒカリの最後の舞台デスわ」
「…………」
そんなことになっているとは知らなかった。
きっと、耀たちは余計な心配をかけまいと黙っていたのだろう。
「ヒカリを退学させるために、協力してくれマスわね、マシロくん?」
剛羽はアリスの言葉に反対することができなかった。
アリスも可愛い