ちょっと話してきます
アリスに耀たちのスカウトを却下されてから一週間後。
春の大会を目前に控えたある日の夜。
剛羽は耀をコーチしに寮まで来てくれた優那を駅まで送るため、麓にある閑静な住宅街を歩いていた。
「――それでね、侍恩くんが跳ね返したボブくんがひかりちゃんに当たっちゃって。侍恩くん「僕は執事失格ですぅ」って崖のほうに行っちゃったから、わたしびっくりしたよ~」
「…………」
「こうくん?」
「え、あ、はい。あれですよね、ボブが達花を投げ飛ばして耀にぶつかったんですよね?」
「それ、侍恩くんがタイヤになってるよ!?」
「あー、じゃあボブが耀を投げ飛ばした、でしたっけ?」
「今度は耀ちゃんがタイヤになってる!?」
「冗談やめてくださいよ。耀はタイヤです」
「冗談じゃないよ!? 耀ちゃん、人間だよ!? こうくん、疲れてない? 大丈夫?」
そわそわし出した優那は自分と剛羽のおでこを合わせる。
「いや、熱は……」
「油断しちゃダメだよ」
おでこを離した優那は、ほっとしたように「ふぅ」と可愛らしく息を吐く。
「ん、よかった~。お熱はないみたい」
「あ、あの」
(近い近い近い……!!)
無防備な優那から、剛羽は顔を背けた。
もう小学生じゃないのだから男女の適切な距離感や、他人の目を意識してし欲しい。
いや、勿論べたべたされるのが嫌とかそういうわけじゃないけれども。
「たいへん! こうくん、顔真っ赤だよ! やっぱりお熱あるんだよ!」
「お、お熱はないです!」
「お熱、なんてこうくん可愛い~♪」
「せ……先輩が先に言いましたよね」
「ふふ、こうくん、付き合ってくれるから、つい」
「ついって……」
弄ばれた剛羽は、がくっと肩を落とした。本当にマイペースな人だ。
「…………なにかあったの?」
とそこで、不意に、優那の声の調子が真剣なものになった。
顔を覗き込まれた剛羽は「え?」と素っ頓狂な声を出してしまう。
「最近、元気ないよ」
「いや、まあ……はい。普通ですよ」
「うそ」
優那は剛羽の手を取り、ちょうど通り掛かった公園に入る。
「こうくん。はい、隣。座りなさい」
優那はベンチに腰掛け、あからさまに頬を膨らませ、自分の隣のスペースをぽんぽんと叩く……断れるはずがない。
観念した剛羽は、少し間を開けて腰を下ろした。
すぐに詰められた。
「そんなに元気ないように見えますか?」
「お姉ちゃんはなんでもお見通しです」
優那はふんと鼻を鳴らし、腰に両手を当てて自慢げに胸を張る。
「いつから気付いてたんですか?」
「う~んとね、気付いたんじゃなくて……こうくんが九十九くんのチームに入ったときから気にしてたの」
「えっと……?」
理解が追い付かない剛羽に、優那は遠い日を懐かしむような目をしながら続ける。
「わたしが九十九くんのチームにいたことは知ってる?」
「試合記録で見ました。でも、一年三ヶ月と一〇日前から試合に出なくなりましたよね?」
「こうくん細か過ぎ~……そっか、もうそんなに経ったんだね」
苦笑していた優那は、不意に辛そうに目線を落とす。
「ちょうどその頃にチームを脱けたの。わたしだけじゃなくて、たくさんの子がね」
「……なにか、あったんですか?」
剛羽の問いに優那は一瞬躊躇い、しかし口を開いた。
「チームの中でね、二つの意見がぶつかったの」
優那は剛羽の手をきゅっと握る。
「一つはチームでまとまって練習しようって意見の子たち。もう一つは、全体練習は自主参加で個人個人のやりたい練習を中心にしようって意見の子たち。それでみんなで話し合ったんだけど、このままじゃ決まらないからって、結局砕球の試合で勝った方の意見を採用することになったの」
「……個人練を中心にしようって言ったのは、九十九先輩たちですか?」
「うん、今高二の子たちが中心だったね」
剛羽は上体を屈め、考え込むように鼻と口の間に手を当てる。
優那の話の中で剛羽にとって一番の疑問は、何故そんなに偏った意見が出たのかということだ。
全体練習も個人練習もバランスよくやればいいだけの話である。
「私も個人練習をメニューに入れることには賛成だったんだけど……九十九くんたちの意見はそういう意味じゃなかったの」
「そういう意味じゃない?」
「簡潔に言うなら、個人練習をしようっていうのは、練習しないための口実づくりだったんだよ。少し前から九十九くんたち、練習にあんまり顔出してなかったから」
「先輩は……まとまって練習する方に賛成したんですよね?」
「うん、猫夢理ちゃんとか笑銃ちゃんとか、真面目に練習してた子たちが中心だったからね。やっぱり肩入れしちゃうよ」
争奪戦で対戦した猫夢理や笑銃も、耀や優那と同じく元チーム九十九の選手だったことに、剛羽は少なからず衝撃を受けた。
争奪戦で奥突が猫夢理のことを「裏切り者」と言っていたが、こういうことだったのか。
「でも負けちゃった。完膚無きまでに」
「そんなことが……決闘の後、優那先輩たちはどうしたんですか?」
「決闘に参加した子のほとんどが……他の学校に転校しちゃったの。きっと、居づらくなったんだね。私も、その子たちの期待に……応えられなかったから……九十九くんのチームを抜けて……うん」
それ以上は言葉にならない。
当時のことを思い出したのか、沈痛な面持ちを浮かべる優那。
剛羽は知る由もないが、優那が九十九のチームを自主的に辞めたのは、試合に負けて居場所がなくなったメンバーを引き留めて新しいチームをつくるためだった。
「あの子たちを……勝たせて……勝たせてあげられなかったよぉ……っ」
剛羽は隣で肩を震わせている優那の手を取り、そっと握る。
何と言葉を掛けていいか分からなかったから、そうしたのだ。
「こうくん、優しいね。大きくなっても、変わってない」
優那は剛羽にもたれかかるようにして、ぎゅうっと抱きしめる。
剛羽も彼女の背中に手を回して抱きしめ返し、宥めるように背中を擦る。
それからしばらく身体を密着させ合っていると、優那の震えが次第に収まってきたのが分かった。
「ごめんね……年上なのに取り乱して」
「年齢なんて関係ないですよ……話してくれてありがとうございます」
剛羽はどこかすっきりしたような表情で、微笑む。
一年前にチーム九十九で起こった出来事は、剛羽が一番嫌いな部類のものだ。
怠けものな天才が努力してきた人間をねじ伏せる……そんな光景、見たくない。
そんな思いを、努力した人間たちに絶対させたくない。
争奪戦の後、耀が涙を流していたのは、一年前のことが関係していたのだろうと、剛羽は思った。
と同時に、ある一つの疑問が湧いた。
耀を毛嫌いする、あの王女に対しての疑問だ。
「俺も、ちょっと話してきます」
この話は無印、G2と受け継がれてきたものです
ここは外せない……と思う。というか、結構気にってます笑