ごめんなさいすみません申し訳ございません全面的にわたしの責任です!
「――おい。最後までちゃんとやれよ」
学園の敷地内にあるチーム九十九専用の練習グラウンドに、剛羽の怒声が響く。
突然の出来事に、周囲にいた選手たちが、すぐさま剛羽ともう片方の少年の間に入り、落ち着けと宥めた。
しかし、文句を言われた少年は制止を振り切り、剛羽を突き飛ばす勢いで顔を近付ける。
「は? 最後までやったろ。適当言ってんじゃねえっての」
「適当なのはお前の練習態度だ。残り三本から緩めたろ。それじゃ練習になんねえよ」
「もう何十本もやったろ、三本くらい大して変わんねえっての」
面倒臭そうにそう言った少年を、剛羽はきつく睨む。
「最後の最後で抜いてるようなやつが、上のやつらに勝てるわけないだろうが」
「なにマジになってんだよ……つうかお前さ、まだ上に行けるとか思ってんのかよ? 闘王追い出されてここまで落ちてきたんだろ? お前が強かったのは小学生の頃までだろうが。少しは現実見ろっての、蓮ジュニア」
「……どうしてお前みたいなのがこのチームにいるんだ?」
「いきなりどうした、蓮ジュニア? カチンときちゃったか、へいへ~い」
「誤魔化すなよ」
煽ってくる少年を無視して、剛羽は問う。
その話ぶりこそ落ち着いているが、キレる一歩手前なのはよほど鈍くなければ分かる。
実際、チームメイトの何人かは喧嘩を未然に防ぐため、剛羽たちの挙動に集中していた。
「お前レベルの選手が一軍なんて何かの間違いじゃないか? 耀……神動たちの方が、ここにいるべき選手だ」
「ッ!? 新入りがぁ……舐めてんじゃねえぞ!!」
少年は剛羽に飛び掛かろうとするが、すぐに高三の先輩たちに取り押さえられた。
どうやら、耀たちと比較されたことが癇に障ったらしい。
身動きが取れない中、少年は口角を吊り上げ、馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「神動ってあの《最弱》と一緒にいるポンコツだろ? 手前は知らねえだろうがな、あいつら、元はここのC3、つまり9軍にいたんだぜ?」
「ッ……!? そう、なのか?」
「そうさ、だから俺があんな雑魚より劣ってるわけねえだろ! 俺は一軍、やつらは九軍、格も生まれ持ったもんも段違いなんだよ」
「昔の話だろ。あいつらはもう九軍レベルじゃない。真面目に練習してるからな」
「は、そんくらいで俺が抜かれるわけねえっての。俺だって努力してんだからよ」
「努力してる、か」
鼻で笑った剛羽は、真面目なトーンで続ける。言葉に怒りを滲ませて。
「努力を一緒くたにするな。お前の惰性と怠慢にまみれたクソみたいな努力と、あいつらのそれとじゃ、天地の差がある。お前のコールド負けだ。抜かれるのも時間の問題だな」
普段はクールな剛羽の鬼気迫る表情に、その場にいた全員が硬直した。
ただ一人、アリスを除いて。
「皆さん」
頭の上に猫耳のようにまとめた髪を二つ乗せた金茶髪の少女はぱんと手を打ち鳴らし、「早くダウンを始めましょう」と促す。
気まずさを覚えた剛羽は、周りから離れたところで一人、ストレッチを始めた。
「……マ、マシロくん」
そんな剛羽に話し掛けたのは、意外にもアリスだった。
腕を組み、胸を張っている偉そうなポーズはいつも通りだが、普段自信満々に視線を寄越してくる紫色の瞳がどういうわけかめちゃくちゃ泳いでいる。
(き、緊張しマスわ……)
当然だ。
これはアリスにとって、重大なミッションなのだから。
(でも、逃げちゃダメデスわよ、アリス! なぜなら!)
今、チームの雰囲気を乱した剛羽は心細いに違いない。
そんな彼の隣に寄り添えば「こいつ、いいやつだな」的なポジションを一気に確立できるはずだ。
(古今東西、ピンチのときに手を差し伸べてくれる存在を、人は求めているのデスわ)
(つまり! ここで弱ったマシロくんに話し掛けることで! 友達に! なれマスわ!)
「……なんだよ?」
「ワタクシがス、ストレッチ、手伝ってあげなくもなくもないデスわよ」
極度の緊張から、全力で空回りするアリス。
砕球の試合ではこんなヘマはしないというのに。
友達づくりの難しさに戦慄する。
こんな難しいミッションを幼少期から淡々とこなす一般市民に、敬意を表する。
「なくもなくもない、ってことは……」
「手伝うという意味デスわ! 言わせないでくださる!?」
「ややこしいな。最初からそう言ってくれよ」
「そ、それでどうしマスの!? やりマスの、やりマセんの!?」
「なに必死になってんの?」
剛羽は赤面する王女に内心首を傾げた。が、相手の厚意を無下にするのはよくない。
「じゃあ、頼むな」
「も、もっと感謝していいんデスのよ!」
アリスはそれはもう嬉しそうに自分の胸に手を添え、子どものような曇り一つない笑み浮かべる。
間もなく、アリスと柔軟体操を始めた剛羽は、ぽつりと呟いた。
「……なあ」
「な、なんデスか? もっと感謝する気に――」
「ありがとな……気ぃ遣ってくれて」
「ふぉうッ!?」
耳を赤くしながら素直に礼を言う剛羽。
正直、このままでは明日以降の練習に支障が出そうだったが、アリスが話し掛けてくれたことで、かなり気分が楽になった。
「どうした? もっと押してくれよ」
「こひゅぅ~」
「エイツヴォルフ!? 息しろ、息!」
剛羽はばたーんと背中から倒れそうになったアリスを支える。
一体何があったのか、王女は今にも気絶しそうだ。
遠巻きに見守っていたウェインたちが膨大な殺意と化して押し寄せてくるが、突如復活したアリスが、ばっと手の平を突き出してウェインたちを制する。
「し、心配には及びマセんわ…………その、あまりにも突然デシたので、心の準備というものが」
「まあとにかく、ありがとな」
「▽$&#@○~ッ!?」
チームメイトを気に掛けるだなんて意外といいところあるんだなと思ったところで、剛羽は踏み込んだ話題を切り出す。
「なあ、このチームっていつもこんな感じなのか?」
「こひゅ? こんな感じ、デスか……?」
「温過ぎだろ。高三の先輩たちはともかくさ、冨士原みたいに手抜きするやつもいるし、九十九先輩たちに限っては練習にすら顔出さないじゃないか。実力以前の問題だ。選手として論外だろ。なんで――」
「ごめんなさいすみません申し訳ございません全面的にわたしの責任です!」
割り込んできたのは、怯えたような声。
見れば、一人の少女が地面に付きそうな勢いで頭を下げていた。
「えっと……閑花だよな? なんでお前が謝るんだ?」
「シズカさんはツクモ先輩たちのお目付け役なのデスわ」
「は、はい、わたしがもっとしっかり先輩たちの手綱を握っていれば……」
びくびくしながら話す閑花だが、天然なのか使う言葉だけは強気だ。
そんな砕球に向いていなさそうな閑花だが、剛羽やアリスと同じくチーム九十九で練習参加率一〇〇%を維持している、数少ない一軍メンバーだ。好きだ。
「閑花、九十九先輩たち、なんで練習来ないんだ?」
「はい……」
閑花はメモ帳を見ながら、チーム九十九の主力選手の動向についてびくびくした様子で続ける。
「砂刀先輩は先日山に籠ると言った切り、連絡が付きません。駿牙先輩は「今日は湘南の風を浴びてくる」といって出かけられました。那須野先輩はシューティングゲームの大会が近いから、九十九先輩は気分じゃないから……だそうです」
「那須野先輩だけはまともな理由だな」
「あの、那須野先輩のシューティングゲームというのは……テレビゲームのことで」
「全員クソみたいな理由だな!!」
「ごめんなさいすみません申し訳ございません!!」
「マシロくん、シズカさんに当たっても仕方のないことデスわ」
「す……すまん」
つい声を荒げてしまったと、剛羽は眉間を押さえる。
「春の大会近いのに、先輩たちなにやってんだよ」
「わ、わたしの方からよく言って聞かせます!」
「なあ、耀……神動たちって、前はこのチームにいたんだろ?」
「……そうデスが、どうしたんデスか、いきなり?」
当時の耀たちの実力であればチームから追い出されても仕方ないだろう。
しかし、
「あいつら、今までは頑張り方が下手だっただけで、きちんとやれば――」
「却下デスわ」
話の途中で、アリスが掌を突き出してくる。
「……まだなにも言ってないぞ?」
「聞かなくとも分かりマスわ。「きちんとやれば戦力になるから合理的に考えてチームに入れようぜ、俺の大親友アリス!」とか言うつもりなんデスよね、違いマスか?」
「ッ!? 違くないです」
後半はこれっぽっちも思ってないが。
ズバリ言い当てられて、思わず敬語になってしまった。
「でも」
「でも、何デスか?」
「ひぃッ~!?」
「ッ……」
アリスの有無を言わせぬ剣幕に、閑花は言うに及ばず、剛羽ですら息を呑む。
試合で真剣勝負をしているとき――いや、それ以上の威圧感だ。
耀をスカウトしようと提案してから、どうも様子がおかしい。
あのタイヤ少女のことが嫌いなのだろうか。
仮にそうだとしたら、一つ疑問が湧く。
争奪戦のとき、何故アリスはチーム神動との対戦を断らなかったのだろうか。
「さ、無駄話は終わりデスわ。ストレッチを続けマスわよ。シズカさんも」
言われるままに、剛羽もストレッチを再開する。
だが、このまま「はいそうですか」と引き下がるつもりはない。
このチームは選手のやる気はともかく、戦力は充実しているし、設備も闘王学園と遜色ないほど整っている。
あとは怠け者な序列上位を刺激するような存在――そう、耀たちのような選手が必要だ。
耀たち下位選手が、主力選手たちを脅かすほどに成長すれば、チーム内での競争が生まれ、九十九たちに火を付けてくれるかもしれない。
それはチーム全体が成長する絶好のチャンスだ。
だからチーム九十九の練習態度を引き合いに、剛羽は耀たちを推薦したのだが……高一ながらチーム内でかなりの発言力をもつアリスから、強く断られてしまった。
まさか、あれだけ嫌がられるとは思わなかった。
「……はぁ」
剛羽は心底疲れた様に溜息を漏らす。
新参者の、しかも高一の自分がチームのことであれこれ口を出していいのかという不安もあるが、目の前の問題を解決せずにはいられない。
闘王学園ではチームの主将を任されていたからだろうか。
主力組の怠慢。主に高二以下の選手たちの無気力な練習態度。
(これはどうにかしないとダメだろ……)
そう思わずにはいられない剛羽であった。
閑花の性格がG2と比べてかなり変更されました笑
でも、こっちの方が好きかも笑