めきめき上達してるよ!
From母親
Subお母さんの宝物へ
『剛羽、元気? 環境が変わってたいへんでしょ? ゆなちゃんがいるから大丈夫だと思うけど、最近連絡がないからお母さん心配です(゜Д゜;≡;゜д゜) 恥ずかしがらないで、一週間に一回は電話で声聞かせてね♡ 美羽もお兄ちゃんに会いたがってるよ』
「……いや、別に恥ずかしがってるわけじゃないから」
母、蓮美咲から届いたメールに、剛羽はぽつりと呟く。
(てか、宝物とか恥ずかし、誰かに見られたらどうすんだよ……それに、大丈夫だと思うけど心配って……意味不明だわ)
まあ、仕方ないから今度電話でもしてやろうと、謎の上から目線で決心する剛羽。
蓮ジュニアと期待され、試合でも獅子奮迅の活躍を見せる彼だが、まだまだ一六歳の子どもである。
寮へと続く山道で立ち止まっていた剛羽は《IKUSA》の画面から目を離し、彼女たちの声が聞こえてくる頂上に向かって歩き始めた。
「ゆな先ぱ~~~~~~い」
「ひかりちゃ~~~~~~ん」
「あはははは! ゆーさんも耀も、力み過ぎておもろい顔になっとるで」
寮脇にある空き地にて、チーム鵣憧の守矢笑銃の応援を受けながら。
向かい合う耀と優那は、彼我の間に浮かぶ犬球に意識を集中させていた。
犬球は二人の間を絶えず行ったり来たりする。
球引き。
球操手の練習方法の一つで、物体を動かす力を鍛えるトレーニングだ。
重たいものでも操れるようになったり、球速が上がったりと、球操手の基本的な練習として知られている。
「お、球引きか」
「こうくん! お帰りなさい!」「お疲れ様です、蓮さん!」
「あれ、守矢……だよな?」
「マッシー、お疲れやね。お邪魔してるで~」
「あ……ああ、それは別に構わないん、だけど…………広まってる!?」
チーム練習を終えた剛羽が帰寮したところで、耀たちは休憩を取ることにした。
とそのとき、タオルに顔を埋めていた優那は、剛羽がどこか浮かない顔をしていることに気付く。すっと近付き、二人にしか聞こえない程度の声で訊ねる。
「……こうくん、なにかあったの?」
剛羽がこういう表情を見せるときは、まず間違いなく何かあるときだ。
小学生の頃、剛羽が優那のチームに入団した当初は、似たようなことが何度もあった。
何より、優那には剛羽がそんな顔をする心当たりがあった。
「ッ……いえ、なにも……」
剛羽は何か言いたげな優那に気付かぬふりをして、話題をすり替える。
「そ……それより、耀、どうですか?」
「……。うん、めきめき上達してるよ!」
「ゆーさんと毎日マンツーマンなんて羨ましいわ~、うちもコーチして欲しいなぁ」
「ゆな先ぱ~い、いつもありがとうございま~す!」
「おいで、耀ちゃ~ん!」
耀が優那の胸に飛び込み、気持ちよさそうに頬をすりすりさせる。
「蓮さん、今日はどんな練習をするんですか?」
優那に頭を撫で撫でされ、くすぐったそうに身を捩りながら、耀は剛羽を見上げる。
剛羽がチーム九十九に入ってから一週間。
チーム練習が終わった後、耀や侍恩を指導するのが剛羽の日課となっていた。
「つくるのはもう大丈夫そうだから、壊れ難くつくる練習するぞ」
「壊れ難く、ですか?」
「ああ、《心力》も筋肉みたいなもんだ。トレーニングすれば、それだけパワーが上がる。より威力の高い武器をつくれるようになるんだ」
「威力の! 高い! 武器!」
「早速始めるぞ。足開いて立ってくれ」
「それじゃあ、ゆーさんはうちがもらってくで~」
剛羽は目を輝かせる耀に肩幅程度に足を開かせ、ゆったりと構えさせる。
「出力を上げる練習は系統ごとに違う。耀は赤型だ。どんな特徴があるか覚えてるか?」
「はい! 赤型(タイプ=スプリント)は瞬間出力が他の三つに比べてすごく高いです。なので、練度が同じだったら、真正面から撃ち合ったら絶対負けません」
耀は何も見ずにすらすらと赤型の特性を述べる。
出会って間もない頃は自分の型に関する知識すら怪しかった。
「でも、一発あたりの出力できる時間が短いのと、短い間隔で何回も出力するとすぐ疲れちゃいます」
「ん、正解だ。まあ、要は短距離走には強いけど、長距離走は全然ダメってことだな。だから、赤型は短距離走をとことん極める。この練習でも出力するのはたったの一〇秒間だ」
「え、一〇秒だけですか!?」
「ああ。ただし、その一〇秒でめちゃくちゃ追い込む。全部出し切る」
剛羽は暗い笑みを浮かべる。
「もう限界だってくらい、それこそ果てしないくらい長く感じる、死の一〇秒間だ……逃げるなよ?」
キツい、辛い、やめたい……そんな感情が凝縮された一〇秒間。
ごくりと唾を呑んだ耀は、しかし力強く応え、鎧臓を意識する。
「逃げません! 一〇秒で! 全部ぅ! 出し切、るぅ~~~~~~!!」
耀の髪全体がふぁっと浮き、少女の全身から紅の《心力》が勢いよく噴出された。
剛羽、優那、笑銃の三人は「おぉ~」と口を揃えて称賛し、少し離れたところで練習していた侍恩はビクッと背筋を震わせる。
「ふんぬぅううううう~~~~~~!!」
耀はぎゅっと目を瞑り、歯を食いしばり、楽をしたい誘惑に抗って自分を自分で追い込む。
スタートから二秒経過。
鎧臓が心臓を握り潰そうとするほど圧迫する。
それでもまだ四秒。
心臓部を中心に急激にかかったストレスに力んだ顔をしかめる。
やっと半分、五秒。
しかし、ここからの時間経過は信じられないくらい緩慢なものとなる。
想像を絶する疲労に、耀は顔をぶんぶん横に振る。
力を緩めようとする弱い自分を意識の追い出し、全力でアクセルを踏む。
剛羽の合図はまだ来ない。
もう二、三〇秒はやっているのではないかと己の鈍った感覚を疑い、
「ぁ……ああああああ!」
我慢できずにシャウトする。
それでも出力は落とさない。
頭の血管がぶち切れるほど力み、滝のように勢いよく流れ落ちる汗に視界がぼやけ――
「よし、そこまで」
「ッ、ぶはぁ……はぁはぁはぁ」
耀はへなへなへなーと萎れるように地面にへたれ込んだ。
耀は「もう、限界です……」と弱音を吐き、しかし自分に打ち勝ったその表情はどこまでも誇らしげだ。
「お疲れ、ちゃんとできてたぞ」
「耀ちゃん、お疲れ様~。はい、ドリンク」
「頑張った耀にはご褒美や。うちがもてなしたるわ」
笑銃に団扇で扇いでもらいながら、耀は仰向けに寝っ転がった状態でやり切ったぞ~と気持ちよさそうに伸びをし――
「それじゃ、今から三分休憩な」
剛羽から掛けられた言葉に、耀は「ん?」と、ぴたっと動きを止める。
「ここまでで一セットだ」
「……セッ、ト?」
ゆっくりと身体を起こして首を傾げた耀に、剛羽は首を傾げる。
「ん? いや、誰も一回やったら終わりなんて言ってないぞ?」
「それって、つまり……」
やり切ったという自信に溢れていた耀の表情が、絶望に青く染まっていき――
「休憩が終わったら、また一〇秒間出してくれ。五セットやってもらうぞ」
「五セッ……トぉ……は、はいぃ~」
耀は気が遠くなり、目眩を感じた。
それでも、耀は優那たちにもてなされながら、剛羽から言い伝えられたメニューをメモする……強く、なるために。
目標があれば、どんな困難でも乗り越えられる。
そんな耀の様子に、剛羽は目を細める。
「キツいけど、ここで抜いたらアリスたちには勝てないぞ」
などと言わなくても、耀は立ち上がれる選手なのだと。
「それ、こないだの練習日記か?」
「はい、改良版です! V2です!」
よくぞ聞いてくれましたと、沈んだ気分を吹き飛ばした耀は、練習日記をばーんと開いて見せ付けてくる。
前回は走った距離しか書かれていなかったランニングについて、剛羽が指摘したペースやコースの他、その日の調子、誰と走ったのか等、耀独自の項目も追記されている。
「すご~い! ここまで書き込むなんて誰でもできることじゃないよ、耀ちゃん」
「耀がめっちゃ強い選手っぽいことしとる!?」
「強い!? 選手!? 嫌ですよ~、照れちゃいますよ~、笑銃ちゃん」
優那と笑銃から褒めそやされて満面の笑みの耀は、頭を掻きながら身をくねらせる。
耀はちらりと、剛羽に視線を送った。
「まあ……いいじゃん」
「ッ!!」耀はよしと小さく拳を握る。「ありがとうございます!」
「こうく~ん」
「マッシ~、照れまくりやね~」
「な……なんですか」
耳を赤くする剛羽と、そんな少年をににこにこと見守る優那と笑銃。
とても和やかな雰囲気だ。が、剛羽からすれば堪ったものではない。
いたたまれなくなった剛羽は、少し離れたところでボブと練習している眼鏡の少年の様子を見に行く。もとい、優那たちの前から尻尾を巻いて無様に逃げ出す。
避難先にされた侍恩は、大木の枝に吊るされたボブと格闘していた。
その手には、園児向けだの何だのと使うことに反対していた円筒形の物体が。
(あいつ……)
剛羽は笑みを噛み殺す。
補助武器庫の使用。
それは剛羽が思うに、達花侍恩という選手にとって最も合理的な選択だ。
(自分の武器、見付けたみたいだな)
耀といい、侍恩といい、成長することに余念がない。
(…………なんか、変だな)
耀と侍恩の姿に、嬉しくなっている自分がいる。
(自分のことでもないのに……)
嬉しいという感情を覚えている。
それはやがて剛羽が見付ける「続ける理由」に通じる芽。
四月中旬。
それは始まりを見付ける季節。
剛羽はまだその芽に触れない。
あー、こうくん可愛い←