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砕球!! 改稿6回目  作者: 河越横町
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つまり、もう勉強しなくてもいいってことですか!?


 争奪戦から二日後、月曜日。朝。


 朝食前の軽い練習を終えた耀と侍恩は、寮内の共同浴室で背中を流し合っていた。


「耀様、今日から各チームが新体制で動き出しますね」


「……うん」


「言わなくていいのですか?」


「……うん」


「差し出がましいようですが、耀様が言えばあの男はきっと……」


「ダメだよ」


 泡塗れの耀が振り返り、困ったように笑う。


「だって蓮さん、プロ目指してるんだよ? わたしたちのチームに誘ったら、迷惑かけちゃうよ。蓮さんの邪魔になるようなことしたくないもん」


「……そうですか、分かりました。さ、早く身体を洗って湯船に浸かりま――」


「達花、まだ入ってるか?」


「蓮さんッ!?」「なッ!?」


 ガラガラとドアが開かれる音と、バシャーンと水を打つ音が重なる。

「あ、いたいた。お前、長風呂だな。てか、一人だからってバシャバシャやるなよな……まあ、誰も見てないからやりたくなるってのは……なんか分かるよ」


「分かるな! そそそれより、どうしてここにいる蓮剛羽!」


 耀を潜水させた侍恩は、憤怒に顔を塗りたくる。


「貴様、もう風呂は済ませたのだろう!? こういうことを避けるために、先に入らせたというのに、この変態が!! 所詮は男――」


「言っとくけど、別に達花の鳩胸見に来たわけじゃないからな? ちょっと自意識過剰過ぎないか?」


「己ぇえ、度重なる協定違反! もう我慢の限界だ! ここで断つ! ッ……!?」


 勢いよく浴槽から飛び出そうとした侍恩だったが、潜水する耀に足をがしっと掴まれる。


 水中でぶくぶくと泡を漏らす耀はぶんぶんと首を振り、侍恩の何も実ってない股間をびしっびしっと何度も指差す……確かに、今全裸で飛び出して行ったらバレる。


「あぶぶぶぶぶ……!?」


 耀の限界も近い。


 穏便に済ませ、さっさと出て行ってもらおうと、侍恩は冷静さを取り戻した。


「さっさと上がれよ。飯が冷めるからな」


「お、応。わざわざ伝えに来てくれたこと感謝する。先に食べていてくれ。すぐに行く」


「ん、分かった。それじゃ」


「…………ふぅ」


「あー、そう言えば、耀どこに――」


「いいから早く行けい!」





 ……という騒がしい朝から始まり、時刻は早くも放課後。


「じゃあ、俺……チーム練行ってくる」


「応」「……」


 HRを終え、荷物をまとめた剛羽は席を立つ。


 耀から返事がないのは少し気になったが、構わず歩き出す。

 

 剛羽は、元闘王学園の先輩――九十九義経が率いるチーム九十九への入隊が決まっていた。


 尊敬する九十九と同じチームでやりたいという希望が叶った形だ。

 

 本日から早速、チーム九十九のA1、つまり一軍の練習に合流する。


 出足は順調だ。


 が、剛羽はどこか浮かない表情である。


 最初からコーチをするのは争奪戦までという約束だったが、耀たちを放り出す形になり、後ろめたさを拭えないのだ。


(立ち止まるな。振り向くな。俺のいるべき場所はチーム神動じゃない)


 それでも何とか止まらずに歩き続け、教室のドアが近付いたところで――




(…………やだ、行っちゃやだよ……行かないで、蓮さん)


 ――剛羽の背中が遠ざかっていく。


 ジャスティン=エイツヴォルフの試合を観て、砕球を知り。


 蓮剛羽という同年代のスター選手を知って、言葉を聞いて、強くなりたいと思った。


 そんな憧れの少年が九十九学園に編入してくると知った日は、夜も眠れなかった。


 あの寮にやってくると聞いた日は、衝動を抑え切れずに深夜までボブと練習した。


 ウイカのおかげで、コーチまでしてもらえた。


 肌と肌が触れ合うくらい近くで練習を見てくれた。


 争奪戦で心が折れたときには泥塗れの自分を抱きしめてくれた。


 名前で呼んでもらえた。


 自分が立ち直るまで見守ってくれた。


 励ましてくれた。

 

 もっともっと好きになった。

 

 ――剛羽の背中がどうしもないくらい遠ざかっていく。

 

 上げかけた右手を左手で抑える。


 胸が苦しい。

 

 もう二度と手の届かないところに行ってしまいそうで。

 

 胸から込み上げてきた奔流に支配され、視界が霞む。

 

 涙で濡れる。


「蓮さん…………行かないで」


 なんて、口に出して言えるはずないのに。


 この気持ちは胸にしまっておかなければいけないのに。


 ここで引き止めてしまっては、迷惑を掛けてしまうのに。


 ……そんなことは十分理解しているのに。


 身体が勝手に動き出し、その背中を追って駆け出し、そして――




「ッ……!?」


 剛羽は何者かにぎゅっとシャツを掴まれた。


 驚いて首だけ動かして振り返れば、そこには耀が。

 

 何も言わない。

 言ってこない。

 

 黙ったままで。

 頭を下げて、俯いたままで。

 

 けれど、シャツを掴んで離さないその手が、少女の気持ちを雄弁に語っていた。

 

 少女の前髪の影にきらりと光る雫を見付ける。

 

 思わず、ここが教室だということを忘れて、抱き締めたくなる。

 

 しかし、もう決めたのだ。

 

 耀の気持ちどうこうではなく、自分がこうしたいと決めたのだ。

 

 耀が砕球を続けると自分で決めたように。

 

 だから、衝動を抑えて、胸の痛みを堪えて――


「早く、行かないと……練習始まっちまう」


 耀の握る手が緩むのを待ってから、剛羽は教室を後にするのであった。





 剛羽が教室から出て行くのを確認してから。


 侍恩は重ねた両手を胸に抱えて俯く主に、気遣わしげに声を掛ける。


「耀様……」


「あはは、やっちゃった……」


 耀は頭にこつんと拳をぶつけ、苦笑いする。


 そして先程の行動が嘘だったかのように、明るい笑顔を浮かべる。


「しおん、今日もバリバリ練習しよ!」


「は、はい!」


 耀と侍恩は早速帰り支度を始めた。


 二人の表情には多少の憂いはあるものの活気がある。

 

 争奪戦が終わったばかりだというのに、耀も侍恩もモチベーションは高い。

 

 理由は、剛羽から掛けられた言葉のおかげだ。


 次の目標は、約二ヶ月後に行われる高校一年生以下を参加対象とした新人戦。


 チーム神動にとって、自分たちの力を試す絶好の機会である。


「新人戦まであと二ヶ月! たくさん練習して、楽しく、いい結果残そうね!」


「はい、勿論です」


 下を向いてる暇はない。

 次こそチャンスをものにしてみせる。

 そうすればきっと――


「シンドウさん、ちょっとお時間よろしくて?」


 不意に響く、独特なイントネーション。


 教室にやってきた声の主は、胸の前で腕を組み、偉そうに胸を張り、こちらに視線を送っている。


 頭に乗っかる猫耳のようにまとめた金茶髪が印象的な少女は、アリスティナ=エイツヴォルフだ。


 学年序列一位の王女が最弱チームの二人の何の用だと、教室に残っていた生徒たちはにわかにざわめき出す。


 まさかと息を呑んだ耀と侍恩は、顔を見合わせる。


 お互い、血が通っていないのではないかというくらい、顔が真っ青だった。





「……す、すいません。もう一度言ってもらっても……いいですか?」


 生徒会長室に呼び出されていた耀は、呆然とした表情になる。


「デスから」


 対して、テーブルを挟んで耀の向かい側に座っていたアリスは、足を組み直して淡々と続けた。


「チーム神動は解散。シンドウヒカリさん、タチバナシオンくん両名は退学デスわ」


「たい、がく……退学!? つ、つまり、もう勉強しなくてもいいいいいってことですね!?」


「ポジティブ過ぎです、耀様!? 落ち着いてください!」


 テーブルに身を乗り出す主を腰掛けさせ、侍恩はきっとアリスを睨む。


「チームから追い出すだけでなく、この仕打ち……いくら何でも横暴ではないですか。それに先日の争奪戦で、我々チーム神動はチーム九十九の主力であるあなたたちに――」


「アナタたちが勝てたのは、マシロくんのおかげデスわ。事実、シンドウさんとタチバナくんは一点も取ってマセん。違いマスか?」


「し、しかし!」


 退学処分。


 結果を残していなければ、いずれこうなるのではないかと、侍恩は予想していた。

 

 だから、焦っていた。


 力なきものは去る。

 砕球エリート校ではよくある話だ。


「――ま、普通に考えて、こんな惨めな戦績じゃ退学も当然だな」


 と、口を挟んだのは、生徒会長室の奥にある執務机に足を乗っけている、髪をツインドリルにした少年だ。


 九十九義経。

 チーム九十九の主将にして、九十九学園の生徒会長である。

 

 ほどよいボリュームのツインドリルヘアーや、可愛らしいぱっつん姫カットは女子のヘアスタイルそのものだが、見た目が中性的なのでまったく違和感がない。


 というか、その可愛さ、美しさは耀やアリスと同クラスだ。


「お前らのレベルは俺様のチームに――いや、この学園の最低水準にすら達してない。九十九のブランドに傷が付くレベルだ」

 

 その冷たい言葉に、しかし反論の余地がない事実に、耀も侍恩も言葉を失う。

 

 チームの解散。そして退学。

 

 再スタートを切ったばかりだというのに、突き付けられた現実は非情なものだった。





「耀様……やはり、蓮をチームにスカウトしませんか? あの者なら、きっと――」


 夕暮れの帰り道。

 

 校門を潜ったところで、侍恩はがっくりと肩を落とした主の背中に声を掛ける。

 

 耀は慌てて振り返った。


「そ、それはダメだよ!」


「ですが、このままでは……それに、蓮が入寮したときにチームに勧誘するつもりだったのではなかったのですか?」


「……うん」


 しょんぼりと頷く耀。


 決闘が終わった後、言おうと思っていたことは「争奪戦が終わるまでチームに入ってくれ」という条件付きではなく、「チームに入ってくれ」だ。

 

 しかし、結局耀は言い出せなかった。

 

 憧れの少年の足を引っ張りたくなかった。


「耀様……」


 主の思っていることを、侍恩はすぐに察する。そして、心の中で溜息を付く。

 

 こんな非常時でも、相手のことを考えているとは。

 

 主の決心が堅いのであれば、執事である侍恩は何も言えない。


 試しに聞いてみるだけ聞いてみては? と思うが、押し黙る。


「しおん」


 そんな執事の両肩に、耀の手が置かれる。

 

 大丈夫だと、安心させるように。


「退学って言っても新人戦の結果次第だよ。残り二ヶ月、わたしたちの頑張り次第で結果は変わると思うんだ。所属先を決めかねてる新入生の子たちが、このチームに入りたいと思うようなチームをつくろ!」


「はい、全力を尽くします」


 侍恩は力強く答え、耀と一緒に歩き出すのであった。


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