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砕球!! 改稿6回目  作者: 河越横町
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リスタート!


 時刻は夕方。


 優那たちと別れ、寮に戻ってきた剛羽は、耀を連れて寮の裏手にある麓の街並みを一望できる崖のところに行き、並んで腰を下ろしていた。


 侍恩には二人きりにして欲しいと席を外してもらった。


「蓮さん、今日はありがとうございました」


「今日何度目だ、それ? いいよ、何度も言わなくて」


「いえ、何度でも言わせてください。本当にすごく楽しくて……昨日ことが嘘みたいです」


「…………」


 声のトーンを下げた耀に変化を感じ取り、剛羽は続く言葉を待つ。


「でも、嘘じゃないんですよね。昨日、わたしがエイツヴォルフさんに手も足も出なかったのは本当のことなんです」


「……うん、そうだな」


 剛羽はただただ待つ。


 彼女なら立ち上がってくれると信じているから。


「でも、前に戦ったときよりも、エイツヴォルフさんの背中が近付いたような気がしました……それも、本当のことですよね?」


「ん、そうだ。この一週間で耀は強くなったよ」


 昨日のことも含めて。


「えへへ、ありがとうございます……でも、ここがゴールじゃないんです。ここで終わりにしたくないんです……少しだけ、昔の話をさせてください」


 耀は夕陽に染まる町を見下ろしながら、明るい調子で続ける。


「わたし、小さい頃はお父さんとお母さんから外に出ちゃダメだって、きつく言われてたんです……でも、ダメって言われるとやりたくなっちゃうじゃないですか? 窓から外を見ると、たまにわたしと同じくらいの子たちが楽しそうに話しながら歩いてて、羨ましいな~って思ってました」


「その頃から、トイレから出て達花のこと巻いてたのか?」


「え、なんで分かったんですか!?」


(やってたのかよ!?)


「……でも、夜は家の中にいても楽しかったんです。ジャスティン=エイツヴォルフさんはご存じですよね?」


「ああ、俺らの世代じゃ知らないやつはいないだろ」


「わたし、毎日ジャスティンさんの試合を観てました。あんなに憎たらしいくらい強いのに、ジャスティンさんのプレーには相手チームの観客席も大盛り上がりしてて……ジャスティンさんみたいになりたいって強く思いました。こんなふうにたくさんの人を笑顔にさせたいって、そんなプロ選手になりたいって」


 観客を楽しませるプロ選手。


 観客を楽しませるだけでも、プロ選手になるだけでもなく。


 この少女はそのどちらをも手に入れようとしている。


(ほんと、強欲なやつだな)


 耀のことを知らない者が聞けば苦笑するだろう。呆れられるだろう。


 しかし、剛羽は見てみたいと思った。


 耀がいつの日か、そんな選手になることを。


「それ、めちゃくちゃ難しいことだぞ?」


「はい……わたしがこの先どれだけ頑張っても届かない目標かもしれません」


 膝を抱えるようにした耀は、両手の指先をぴたりと合わせ、微笑む。


「ジャスティンさんみたいになれないどころか、プロ選手にもなれないかもしれません。そのために費やしてきた時間全てが無駄になるかもしれません。でも、いいんです。なりたいんです。わたしでもなれるかどうか、わたしの全てを賭けて挑戦してみたいんです……無謀ですか?」


「全然。むしろ、一番大事なもんを耀は持ってると、俺は思う。その気持ちがあれば、耀は絶対ジャスティンさんみたいに……いや、唯一無二の選手になれるよ」


 嬉しそうに笑みを浮かべ、頬を染める耀に、剛羽は続ける。


「比べるわけじゃないけどさ、砕球始めて一年もしない内に世界の天辺まで行った人がいるんだ。それを考えたら――」


「え、すごいです!? 誰ですか!?」


「あ……えっと」


 耀に顔を覗き込まれ、剛羽は気まずそうに顔を背ける。


 耀がチェイスしてくる。逃げられない。


「蓮さん、教えてください!」


「…………蓮蒼羽」


「え、それって……!?」


「ん、俺の父さんだ」


 蓮蒼羽。


 日本の砕球代表を初めて世界大会の決勝戦に導いた彼だが、その経歴は異色だ。


 彼は世界の頂点に立つ一年前、日本国内の野球のプロリーグに所属していた。


 そう、剛羽の父蓮蒼羽は元プロ野球選手だったのだ。


「父さん、砕球やる前は野球やってたんだ。耀、前に言ってたろ、新聞に野球の日本代表が世界大会で優勝したって載ってたの見たって。あれ、父さんもエースとして出てたんだ」


「すごいです! 世界大会で優勝したチームのエースさんなんて! そんなすごい人がどうして野球やめちゃったんですか?」


「《心力》が……いや、砕球って競技ができたからだよ」


「え……?」


「砕球なんてめちゃくちゃ楽しい競技が生まれちゃったもんだから、野球とかサッカーとか旧世代のスポーツは人気がなくなったんだ」


「……そうだったんですか。全然知りませんでした。野球、あんなに面白いのに」


 耀は残念そうに眉を八の字にしながら、ぶんぶんとエアスイングを披露する。


 気に入ってくれたよかったと、剛羽は小さく笑った。


「試合はもっと面白いぞ」


(俺たち第五世代が野球とかサッカーやったら面白いと思うんだけどな……)


 現代は砕球一強時代。


 日本国内では野球や大相撲、世界的に見ればサッカーやアメリカンフットボール、バスケットボール、一部の陸上競技が根強く支持されているが、かつてほどの人気はなく縮小傾向にあり、各競技のファンの年齢層も年々上昇している。


「スポンサーを砕球に取られたり、競技自体の人気がなくなって採算取れなくなったりしてチームが看板下ろす……ってのはまだマシな方で、中にはプロリーグ自体がなくなった競技もたくさんある。日本で言うなら、サッカーとかバスケとかな。野球も今じゃ四球団しかない……と、話が逸れたな」


 剛羽は恥ずかしそうに頬を掻く。


「とにかく、父さんは野球選手から砕球の選手になった。でも、それは野球人気がなくなったから、競技転向したんじゃない……砕球のプロリーグができてから毎年のように球団が他の競技のプロチームが消えてくの見て、やばいと思ったんだろうな。このままじゃ野球もダメになるって思った父さんは、後輩たちに道をつくるために砕球選手になったんだ」


「後輩さんに道を……?」


「ん。野球選手でも砕球選手として活躍できる。野球やりたくてもできない選手に新しい道をつくる……そのために、野球界を代表して父さんは砕球に転校したんだよ」


「かっこいいです! すごいです!」


 耀は鼻息を荒げて続ける。


「それで日本代表を世界大会の決勝戦まで導いたんですから大成功ですね! ……あ」


 とそこで、耀はしゅんと肩を落とす。


「……すみません、わたし……」


「いや、気ぃ使わなくていいよ。もう一〇年も前の話だし」


「でも……」


「文字通り死ぬ寸前まで練習して、練習して、日本を決勝まで連れて行って……そんなの普通は無理だ。父さん、かなり無理してたんだと思う。でも、野球選手から砕球選手に転向、って流れはつくれたんだ…………父さんも大成功だって向こうで満足してるよ」


「ぅう……ぅ……」


 その瞳に涙を浮かべる耀に、苦笑した剛羽は耀の頭を撫でてやる。


「なんで耀が泣くんだよ」


「だって、蓮さん、全然平気な顔するからぁ~」


「…………」


 目をこすりながらボロボロと涙を零す耀の姿に、不覚にも込み上げてくるものがあった剛羽は、耀の髪をくしゃっとさせてごまかす。


「ありがとな、耀。父さんのこと、かっこいいって言ってくれて」


 声が震えないように努める。


「五〇歳にもなって、今までやったこともない競技で世界目指そうなんて中々できないことだよな……だから、俺は父さんのことすごく尊敬してる。かっこいいって思ってる。だから、俺は頑張ってるやつのことが好きだよ。大好きだ」


「だだだだだすすすすす、きぃ!?」


「耀?」


「だすぅきぃ…………」


「耀!?」


 剛羽は突然顔を真っ赤にして倒れ込んだ耀を抱き起こす。


 幸い、耀はすぐに目を覚ました。


 耀はばっと勢いよく立ち上がり、両手の拳を突き上げる。


「わたし、もっと頑張ります!」


 両手を口に当てて、麓に向かって叫ぶ。


「頑張るぞ~!! お~う!!」


「お、おう……?」

(え、なになになになに?)


 目を瞬かせる剛羽。


 ちょっと耀のテンションに付いていけない。


「もう明日が待ち切れません! 今からボブと練習してきます!」


「耀」


 最後に一言だけ。


 剛羽は立ち止まって振り返り、「どうしました?」と首を傾げる耀に、微笑みかける。


「続けられそうか?」


 対する耀も、剛羽の機微を感じ取ったのだろうか。


 両拳をぐっと胸の横まで引き絞り、にこっと彼女らしい元気な笑みを浮かべる。


「はい! やりまくります!」


「ん、やりまくれ。あと、今日はシルヴィアにしとけ……って聞こえてないか」


 ぴょんぴょんと元気良く跳ねるようにして遠ざかっていく少女の背中に憂いはない。


 受け止めて、また進み出した。


 そして、この先も、何度も、昨日のようなことが少女の前に立ちはだかるだろう。


 練習して、潰されて、泣いて、立ち止まって。


 また、強くなる。


 少女にはそれができる。何度だって。


(あぁ……)


 そんな彼女がこの九十九学園にいると知ってしまった。


 しかも、違うチームの選手なのだと知ってしまった。


(迷ってるんだな、俺……)


 どうして上手く行かないのだろうか。


 耀がチーム九十九にいてくれれば、迷うことなんて何もないのに。


(やっぱ俺、耀と一緒に……)


 決別の日はすぐそこまで迫っていた。





 剛羽と耀が分かれたのを自室から双眼鏡で見届けた侍恩はベッドに腰掛け、手にした《IKUSA》をじっと見ていた。


 緊張で手が震える。

 動悸が激しい。

 検索欄には……達花侍恩の名が。


 そう、剛羽の助言を受けた侍恩は早速、端末の選手情報サイトにアクセスしようとしていたのだ。

 

 といっても、言われた昨日は散々悩んだ末、結局己の不甲斐なさに泣き寝入りしたのだが。

 

 今まで九十九学園の序列上位の選手を初め、色んな選手を検索にかけてきた。が、自分のことだけは一度として調べたことがなかったのだ。


 どうせ、データを見たところで鬱になることは分かりきっている。


 現に「達花」と打ち込んだだけで「達花侍恩 最弱」という予測変換が表示された。

 

 侍恩はふぅと大きく息を吐く。


 もう時間がない。

 だから、もう逃げるわけにはいかない。


 自分を知るためには、自分の戦績が事細かく記載された《IKUSA》の選手データを見るのが、一番合理的なのだから。


(これが一番合理的なのだ……っと、蓮の口癖がうつってしまったな)


 苦笑する侍恩。


 侍恩は表情を緊張で固めてから、検索ボタンをタッチする。


《最弱》である自分を知り、もっと強くなるために。


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