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砕球!! 改稿6回目  作者: 河越横町
26/49

地元を案内しよう! その1

なんかジョジョみたいなタイトル笑

ハンティングに行こう!みたいな


 争奪戦翌日、日曜日。


 朝早くから寮を出て、剛羽が耀を連れて向かった場所は――


「あら、こうちゃん、久しぶりじゃない」

「あ~、こうはくんだ~」

「あれ、蓮ジュニアじゃね!?」

「マジでここに住んでんだ!?」

「撮れ、撮れ!」


 電車を乗り継いで一行がやってきたのは、剛羽の生まれ育った町だった。


 そして駅を出た歩くこと五分。


「……あの、蓮さん、ここは?」


 耀は目の前の寂れた外観の建物に首を傾げる。


 訊ねられた剛羽は、まず初めにやってきた二階建ての建物を懐かしそうに見上げた。


「バッティングセンター。まあ、今の若いやつは来たことないか」


「貴様もその若い奴に入るのだがな」


 剛羽たちは、入り口に置いてある耀と侍恩にとっては見慣れないポーズを取る、銅像の横を通って中に入っていく。


 幽霊屋敷のような外観から予想は付いていたが、中も中で酷い。


 内装はところどころ剥がれ落ち、クモの巣が散見され、プラスチックの塗装が剥がれたベンチは腰を下ろした途端に壊れそうで、ケチっているのか照明もちかちかしたままだ。


 当然の如く、休日だというのに剛羽たち以外に客はいない。


「耀様、お身体に障るとたいへんです。今すぐ出ましょう」


「待て待て、ちょっと待て。ちょっとボロいだけだ……こんにちは、繁盛してますね」


 剛羽は、入口から少し先にある受付まで歩いていき、そこで新聞を広げる老人に親しげに声を掛ける。


「冷やかしなら帰ってくれ……まったく、どこを読んでも砕球、砕球。野球の「や」の字もないわい」


 老人は剛羽に目もくれず、ぶつくさと文句を言う。


「ツーアウト、フルベース。迎えるバッターは4番ピッチャー蓮蒼羽。初球の入りは? アウトローにストレート? それともムービング系で芯を外す? それとも変化球?」


「ふん、蒼羽に小細工は通用せん。わしならまず全力のストレートを内角にずばっと投げ込むわい。それで外角を使えるようにして……って、小僧、若いのに野球を知って……ッ!?」


 新聞から顔を覗かせた老人は、眼鏡をかけなおして目の前に立つ剛羽をまじまじと見た。


 まるで死人にでも会ったように口をぽかんと開ける老人に、剛羽はにこっと笑いかけた。


「お久しぶりです、桑田さん」


「蒼羽のとこの坊主じゃねえか! どうした急に!?」


「こっちの方に戻って来たんで、挨拶ついでに久しぶりに打とうかなって」


「そうか、そうか! 打ってけ、打ってけ! 金はいらんぞ!」


「あ、言いましたね? 二言はなしですよ?」


 剛羽と桑田と呼ばれた老人は仲良さそうに受付を出て、店の奥にあるガラスで区切られた場所のドアを引き、中に入っていく。


 見れば、剛羽の潜ったドアの上には「150km/直球」と表記された板が張り付けられていた。


「お、おい、蓮……!」


 とそこで、入口で耀と一緒に置いてけぼりをくらっていた侍恩が声を上げる。


「そっちのお嬢さん二人は……?」


「僕は耀様の執事です」


「って、鳩胸張ってえばってるのは男です」


「休戦協定はどうした蓮!?」


「な~んだ、彼氏の掛け持ちしてるのかと思ったわい」


「なに言ってるんですか桑田さん」


「蓮、い、言っておくが、僕はまだそこまでは、きょ、許可していないからな! 耀様、恋愛は二十歳を過ぎてからですよ?」


「…………」


「耀様?」


「えっ!? う、うん、そうだね、お酒は二十歳過ぎてからじゃないと、あははは」


 噛み合わないことを言いながら笑う耀。


 明るく振舞っているが、心ここにあらずという感じだ。

 

 その理由は分かっているつもりなので、剛羽は今すぐどうこうしようとしない。


「お前らもそんなところで突っ立ってないでこっち来いよ」


「お、応」

「はい……」


 剛羽たちに続いて遠慮がちに近付いてきた耀と侍恩は、半開きにされたドアから漂ってきたゴムの臭いに顔をしかめる。


 ガラス製のドアを潜ると、今度はネットの張られた鉄格子のドアが現れる。


 その先は左右をネットで区切られた縦横二、三メートルの部屋になっているようだ。

 

 見れば、剛羽の入った部屋の両隣には、同じくネットで区切られた部屋が五つも横並びになっていた。


「じゃあ、まず俺が手本見せるから、そこで見ててくれ」


 そう言って、部屋の中にいた剛羽はスタンドに立てられていたバットを一本引き抜き、長方形に描かれた線の中で半身になって両足を開き、バットを両手で持って構え、ネットの張られていない前方――その先にある大きな黒色の筐体を睨む。


 そして耀たちと同じく、ガラスドアと鉄格子ドアの間の待機所にいる桑田がそこに据え置かれた筐体を弄ると、


「人が出てきましたよ、耀様!?」


 黒色の筐体に埋め込まれた縦長の画面が一つ点灯し、人を映し出す。


 間もなく、ゴーンと低い駆動音が屋内に響き渡り、


「人が動いたぁ!?」


 映像の人物が大きく振りかぶり、片足を上げ、上げた片足を前に踏み出して投げる動作に入った瞬間――


「ボールを投げたぁ!?」

「達花うるせえ!」


 映像の動きに合わせ、画面に小さく開けられた穴から白球が発射された……!?


 カキーン!


「蓮が打ったぁ!?」

「だからうるせえ!」


 そして唸りながら剛羽に向かって飛んできた白球は、剛羽に撃ち返されて黒色筐体の数メートル上に吊るされた的に弾丸ライナーで直撃。


 すると、それを祝福するようなメロディーが流れ始める。


「ホームラン。流石は蒼羽の息子じゃな」


「昔たくさん練習したおかげですよ」


 その後も、剛羽は快音を響かせていった。


「まあ、こんな感じだ」


「何だかよく分からなかったが、すごかったぞ、蓮!」


「そりゃどうも。とりあえずやってみろよ。耀もな」


「は、はい……」


 侍恩は剛羽への対抗心からか「170km/直球」の部屋に、耀は剛羽と入れ替わりで中にはいる。


「……って、マジか」


 剛羽は中に入った耀に声を掛ける。


「耀、ホームベースに立つのはダメだ」


 あろうことか、耀は五角形のゴム板の上に立ち、剣でも使うかのように正中線にバットを構えている。


 今の若い奴はバッターボックスもバットの構え方も知らないのかと、今の若い奴は嘆いた。


「右打ちなら、左手が下で右手が上だ。それから、ちょっと足開いて――」


 剛羽は耀の後に立って懇切丁寧にレクチャーする。


「あの映像の人が片足上げたら準備したほうがいいぞ……とまあ、こんな感じだ。大丈夫そうか?」


「あの、蓮さん」


「ん? 他にも聞きたいこと――」


「そうじゃ、なくて……そうじゃなくて…………」


 バットを肩に担いだ耀は顔を俯かせ、口ごもる。


「こんなとこで遊んでる場合じゃない?」


「ッ!?」


 耀はびくっと身体を震わせ、その目を大きく見開いた。


 嘘の付けない女の子だ。


 耀はこくんと頷き、しゅんと肩を落として続ける。


「……すいません。せっかく連れて来てもらったのに……でも、わたし…………」


「謝ることないぞ。選手として正しい意見だ」


 剛羽はぽんと耀の頭に手を置いた。


 ゲーム中の侍恩がこんとバットの先で地面を突く音が聞こえた。


 あの執事がどんな顔をしているか予想が付くので、剛羽は振り返らない。


 ひゅ~と冷やかす桑田も無視する。


「でもな、案外こういう無駄そうな、一見非合理的なことが役に立ったりするんだよ……俺が講習会で先生やったときみたいにな」


「……え?」


 頭に手を置かれていた耀は、首だけ後ろにそらす。


「実はさ、俺、講習会に出るの最初は反対してたんだよ。他人に教える暇があるなら自分の練習したいって、他人を強くするような真似したくないって、首斬かしらぎさん……コーチに猛反対してたんだ」


「そう、だったんですか……」


「でも、今なら言える。講習会に参加してよかったって。他人に教えるのって難しくてさ。分かったつもりでいたことがたくさんあったんだよな……それに、俺の生徒があのとき言ったこと忘れないで、砕球を続けてくれてるのは……なんか嬉しいよ」


「え、それって……?」


 元生徒に見詰められ、剛羽は照れくさそうに頬を染めた。


「ま、まあとにかく」と矢継ぎ早に続ける。


「とりあえず、やってみてくれ。意外と難しいからやりごたえあって楽しいぞ」


「楽しい……はい。やってみます」


 耀はバッターボックスに立って、バットを構える。


 それを見届けて、剛羽は待機所に移動した。


「蓮剛羽、話がある」


「俺はない……行くぞ、耀」


「は、はい!」


 剛羽が筐体のスタートボタンを押すと、画面に映し出された人が投球動作に入った。


 そして投げる動きに合わせて白球が発射され、耀がそれを打ち返す。


 打ち返された白球は火の出るような勢いで、前方の黒色筐体に張られたネットに直撃した。


 ピッチャー返し、と、剛羽は心中で呟く。


「バットの握り方も知らんかった嬢ちゃんが、いきなりなんて打球を……」


「凹むことないですよ。俺たちがやばいだけです」


「凹んでなんかないわい! わしも十年若ければあれくらい……ぐぬぬ」


「また腰やりますよ」


「年寄り扱いせんでくれ!」


 と、言い合っている間に、どんどん白球が投げ込まれる。


 それをことごとく弾き返す耀。


 しかし……。


「うん? きちんとミートできてないのお」


「ボールの上とか下とか叩いてますね……どうだ、耀、難しいだろ?」


「は、はい……はぁはぁ……ボール自体はよく見えるんですけど、なんだかこうもどかしい感じで、ふん! あ~、また上手く打てませんでした!? 蓮さんみたいに、カキーンってなりません!」


「くっ、こんなハエが止まりそうなスピードだというのに……何故だ、蓮!?」


「ハエは言い過ぎだ」


 そう、耀も侍恩もバットに当てることは難なくやってのけるが、打球の質自体はよくない。


 ボゴッという鈍い音を連発し、打球もボテボテのゴロや打ち損じたフライばかりだ。


「きちんとミートさせるのは結構難しかったろ?」


 一ゲーム二〇球を打ち終えて汗まみれの二人に、剛羽は飲み物を渡す。


 耀に「らしさ」が戻ってきたと、ちょっと安心する。


「蓮さん、もう一ゲームいいですか!?」


「おう、打て打て」


「僕も打ってくる! ボールが止まって見えているのだ、今度こそ!」


 再びゲームを開始した二人は、またもボコボコガキンガキンと快音とは程遠い打球音を響かせる。が、カキーンと、遂に耀が剛羽に並ぶほどのライナー性の打球を飛ばす。


 白球は黒色筐体の上部にある的に直撃し、ホームランを告げる音楽が流れ始めた。


「ぼ、坊主……い、今のは!?」


 桑田は眼鏡をくいと押し上げる。


 今確かに、アウトローいっぱいに投げ込まれたボールが、突如何かに引っ張られるようにしてど真ん中にコースを変更された。


「はい、耀も父さんと一緒なんです。でも、今のができるやつは俺らの世代だと結構いるんですよ?」


「恐ろしい時代じゃわい……」


 それから屋内に併設されたストラックアウトや卓球、サッカー、ボーリングを遊び尽くした剛羽たちは、桑田に別れを告げてバッティングセンターを後にした。


「あの、蓮さん! もし迷惑じゃなければですけど、蓮さんの家に行ってみたいです!」


「え……」


 剛羽は微妙な顔をして頬を掻く。


「特別見るものなんてないぞ?」


「……すいません、迷惑でしたか?」


「いや、そうじゃないけどさ……まあ、いいか」


 ここで断ると悪いと思い、剛羽は耀たちを連れて一週間ぶりに自宅へ戻った。


「ここが蓮さんの家!」


「アパートですね、耀様」


「築三〇年以上のボロアパートにようこそ……って、母さん、ここに鍵置いとくのは不用心過ぎだって」


 剛羽は何事か呟き、ドアに備え付けられた郵便受けから紐で繋がれた鍵を取り出し、鍵を開ける。


「ま、蓮さんのご家族にご挨拶すると思うと急に緊張してきました、ぅう~」


「いや、今日は誰もいない」


「む? 母親と三つ下の妹は出かけてるのか?」


「うわ、こんなやつまで俺の個人情報を…………垂れ流し過ぎだろ」


 まあ、家族構成がバレたのは蒼羽からだろうが。


「ただいま……って言っても、誰もいないんだけどな」


「挨拶は基本だ。耀様」


「うん! せーの」


「お邪魔しま~す!」

「お邪魔します」


 と、元気の良い久々の客人を招き入れたものの、本当に見るものなんて何もない。


「蓮さん、可愛いですね~」


「貴様にもこんな天使のような頃があったのだな……老いるとは汚れるということか」


「なに悟り開いてんだよ。てか、も……もういいだろ? 次行くぞ、次」


 アルバムに入っていた剛羽が小さい頃の写真を散々見られた後、剛羽たちは蓮家を後にする。


 とそこで、外に出た剛羽は振り返る。


 靴すら置かれていない、すっからかんの玄関。


 人気のないリビング。


(なんも変わってないな、俺が小さい頃から……)


 小学生の頃に見た光景と、高校生になった今見る光景が狂いなく重なる。


 そしてこの光景を見るときに胸に込み上げてくるものも、今も昔も――


「蓮さん、どうしました?」


「……いや、なんでもない」


 剛羽は耀と侍恩を追って、自宅を後にするのであった。


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