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砕球!! 改稿6回目  作者: 河越横町
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負けてばっかじゃ


「――神動」


「……はぁ、はぁ……」


 間もなく剛羽は耀を発見し、声を掛ける。が、耀はこちらに背中を向けたまま、ボブと格闘を続ける。


 無視されたのではない。

 剛羽の声が耳に入っていないのだ。

 

 ポニーテールを揺らしながら、一心不乱に練習する少女にはまったく隙がなかった。が、


「あ……」


 ボブを投げたところで、耀はくらりとよろめいてしまった。


 十分な体勢を取れない。このままでは――


「おっも……」


 バシーンと、耀の前に飛び込んだ剛羽が、ボブを止める。


 あまりの衝撃に、足が地面にめり込んだ。


 一方、耀はどうしてここに? と、突然目の前に現れた剛羽を見る。


「ッ、蓮、さん……? いつの間に」


「さっきからずっといた。声掛けても無視されたけどな」


「え、そうだったんですか!? すみません……」


「ほら、晩飯の時間だ。そろそろ帰るぞ」


 と、剛羽は寮に向かって歩き出したのだが……。


「……おい、もう止めろって」


 耀は再びタイヤ練習を始めた。


 ボブに吹っ飛ばされ、派手に地面を転がり、また立ち上がってボブを投げる。


「もっと練習しないと……ダメなんです。強くなるためには、もっと練習しないと」


「神動……」


 その姿にはまるで余裕がなかった。

 

 ここ一週間で何度も魅せてくれた笑顔も、今は苦悶の表情に上塗りされている。


 侍恩が有名になる前の自分と重なったのなら、耀は蓮ジュニアと呼ばれ始めた頃の自分と重なった。


「……蓮さん、覚えてますか?」


 肩を激しく上下させながら、耀は一旦練習を中断する。


「講習会で蓮さん、わたしに言ってくれました。努力すれば天才にも勝てるって。わたし、すごく感動しました。天才って言われてた蓮さんがそういうこと言うなんて、って……だから、わたし……たくさん、たくさん、たくさん頑張ります。そうすればきっと……」


 それから何度目だろうか。


 剛羽が見ている前でも、数え切れないくらい吹っ飛ばされた耀は、ボブのところまで身体を引き摺りながら戻る。


 が、そこで吊るされたボブにもたれかかるようにして倒れた。


「神動……」


 耀に体重を掛けられ、ボブを固定していた荒縄がぶちぶちっと千切れる。


 耀は落下したボブに寄り添ったまま、声を震わせた。


「蓮さんにコーチしでもらっで、今度こそエイツヴォルフさんに勝でるんじゃないかど思っでました。でも、今日の試合……わたじ、手も足も出なぐで……」


 耀は呼吸を、気持ちを整えるように間を置く。


 先程から気丈に振舞っているが、アリスに負けたことが堪えているのは明らかだ。


「ずっと思ってました……努力すれば、エイツヴォルフさんにも勝てるって。でも、わたしじゃエイツヴォルフさんには勝てないんでしょうか? 生まれたときから違うんでしょうか? わたしがやってきた練習って全部意味がなかったんでしょうか?」


 耀が何を言いたいのかよく分かった。


 血統。

 特に砕球界では才能よりも上位に位置する言葉で、アリスのような王族出身や日本の零史ぜろふみ御戦みいくさ家に代表される覇家イレブンズがいい例だ。

 

 一般的に《心力》の総量などは親子で因果関係がないとされているが、王族などは高確率で継承される。


 故に、一般人とアリスたちとでは、そもそもスタートラインが違うのだ。


「最初はこんなこと思わなかったんです。試合をするだけで楽しくて、でもそのうち……」


 試合をすればするだけ負けて。


 でも次こそはと、侍恩やウイカに見てもらいながら練習して。


 結局また負けて。


「わたし、試合を楽しみたいです。でも全然勝てないんじゃ……」


 耀は顔をくしゃくしゃにして、剛羽を見上げる。


「負けてばっかりじゃ、楽しくないです」




「…………」


 負けてばっかりじゃ楽しくない……。


 普通のことだ。

 何もおかしいことはない。

 

 しかし、剛羽からすれば、やはりその発言は意外なものだった。

 

 他でもないあの耀が言ったのだから。


 神動耀という選手は「楽しければOK」というエンジョイ派だと思っていたから。


(神動……お前今まで、ずっとその気持ち抱えてきたのか?)


 こうして剛羽に本音を吐き出すまで耀はずっと我慢していたのかと思うと……どうしようもなく胸が苦しくなる。


 闘王学園時代の嫌な記憶が蘇る。


 誰もが期待に胸を膨らませて門を叩き、やがて現実を知る。


 努力すれば必ず報われるわけじゃない。

 努力してもアリスのような天才に勝てるわけではない。


 そんなことはとっくの昔に気付いている。


 もう夢見がちな子どもではない……それでも!


「耀……!!」


「きゃっ!? ま、蓮、さん……?」


 剛羽は耀を抱きしめた……思わず名前で呼んでしまった。

 ちょっと恥ずかしい。


「蓮、さん……?」


 涙で視界がぼやけている耀は、何かあったのかと、こてんと首を傾げる。


 剛羽は弱り切った少女を見詰める。


 ここで潰れて欲しくないと思った。

 あの決闘のときのように、あきらめないで欲しかった。

 そして、少しでもその支えになれればと思った。


(そんな顔、するなよ)


(これ以上、そんな顔見せられたら)


(味方したくなるだろ…………でも、それは絶対ダメだ)


 自分はプロになるために九十九学園ここに来たのだから。


 選手も練習設備も貧弱な零細チームに入るわけにはいかない。

 

 一時の感情に流されるなど非合理的だ。


(俺は耀のコーチじゃない。俺も選手なんだ)


 二律背反の気持ちが激しくせめぎ合う。


 きっとチーム九十九に入るのが正解なのだ。

 

 九十九学園に来たのは、闘王学園で面識のあった九十九がいるからだ。


 彼と同じチームに入らなければ、九十九学園に来た意味がない。本末転倒である。


(……でも)


(ちょっと寄り道してもいいかな、父さん)


 剛羽は耀をそっと身体から離し、その涙で濡れた幼い顔を愛おしそうに見詰める。


「耀、お前に見せたいものがあるんだ」


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